砂浜を後にして、『さよなら』も言えずに。

2011年1月10日 § コメントする

「なあ古賀ちゃん」

「ん?どした、おっしー?」

「あの海の向こう、陸地っぽいなんかが見えるやろ?」

「・・・んー、あ、見えるねえ」

古賀が目を凝らすと、確かにそれらしい何かが見える。

 

「んで、あれがどうかしたん?」

「あれな、実はロッシーアなんやで」

「マジすか?えらい近いとこにあるんですねえ」

「そりゃもうロシアやでなあ」

休憩中のクイ中達。体が待ち望んでいた水分を補給し、だいぶ元気を取り戻していた。

「それにしてもきれいな海やねえ」

「そうだねえ」

「ここでだめやったらいっそ泳いでこうかなあ」

「水着持ってるの?」

「いや、替えのTシャツ一枚しかないけどね」

「僕らは制服だからねえ。ちょっと勇気がいるなあ」

「ほんとにフリーで来たかったなあ」

 

清水と磐田南チームは、滅多に来ない日本海を見ながらそんな言葉を交わしていた。

「それじゃあ行きますか」

頭の赤いタスキを固く結び直し、彼らは再び綱の方に向かった。
キーンコーンカーンコーン♪キーンコーンカーンコーン♪

 

もう12時と言えばいいのか、まだ12時と言えばいいのかは判じかねたが、クイ中達もこんなところで昼のチャイムを聞くなんて予想していなかった。時計は邪魔になるのでカバンにしまっていた上に、朝があまりに早かったために時間の感覚もわからなくなっていた。栃木県代表石橋高校チームが通過し、残り枠は2つ。
川越の前で綱を引いていたのは磐田南だった。その彼らが、濁った音のブザーと共にステージを降りた。3人には、どんな言葉をかけるべきかわからなかった。

「頑張ろう!」

「引っ張り抜こう!」

そんな言葉しか思い浮かばなかった。

「問題、ペルシャ語で『足を包むもの』と言う意味の、寝るときに欠かせないものといえばなに?」

パン!「赤チーム、川越高校!」

 

3周目、ここで落とせばもうチャンスはなかった。

 

「わかる、かっちゃん?」

「パジャマとちゃうか?」

「わからんけど、俺もパジャマだと思う。ほとんど勘やけど。おっしーは?」

「それでいこ」

「よし、それであかんだらしゃあない。いきましょ」

 

清水のその言葉にうなずき、古賀はガンマイクに向かって口を開いた。

 

「・・・パジャマ!」

・・・ティロリロン!

「っしゃー!」

「よし!次やで!」

 

クイ中達は最後のチャンスを手にするために、ステージに上がった。

「問題、光合成に必要なもの3つを答えなさい」

「いける!」聞いた瞬間にはそう感じる問題である。

しかし古賀には1つがどうしても思い出せなかった。左隣の清水の様子を見ると、彼からも自信の色は見えなかった。

古賀は押金の答えを待った。

「先鋒」その声に、押金は決断を迫られた。一番出てこないやつから答えなければならなかった。3つの中で、意外と出てこないやつは・・・

「・・・光」

その言葉に、古賀は小さく拳を握り締めた。どうしても出てこなかった3つ目の答えだった。

「中堅」何度も頭で復唱する。もう、二度と同じ轍を踏むわけにはいかなかった。どちらの方が出てきづらい答えか?そりゃあ字数の長い方・・・

「・・・二酸化炭素」その答えに、清水は安堵の色を見せた。古賀ちゃんは自分がわかっている答えを上手く避けてくれた。そう思いながら、マイクに口を近付けた。自分が知っている残りの1つは・・・「

・・・水」3人には長い沈黙だった。

 

だが、正解したという確信はあった。・・・ティロリロリロン!

「よしっ!」

「よっしゃ!」

「うぉっしゃー!!」

押金と清水がわかっていたのは光と水、古賀は水と二酸化炭素。まさに3人の息がピタリと合った解答といえるだろう。歓喜の叫びと共に、押金は海を振り返り、清水は地を見据え、古賀は空を仰いだ。綱引き数十本目にして、クイ中、見事勝ち抜けである。

だが、これで残り枠は1つ。自分達が勝ち抜けたことで、共に縄を引いた仲間達のチャンスが大きく狭まったのも事実だった。

「頑張れよ!」

「絶対来いよ!」

赤チームにそんな言葉をかけ、握手をして、そして申し訳ない気持ちも半分抱えて、3人は綱を離れた。

「問題、8枚目のアルバムのタイトルは『8』、吉井和哉がボーカルの、この人気バンドは?」

 

「イエローモンキーや、引っ張れよ」

「頑張れ赤」

「来いよ、岐阜北」

3人は砂浜の上の方に立ち喉を潤しながら、眼下の綱引きを見つめていた。

「さあ、赤頑張れ!青が優勢だ、赤も引いてるぞ!さあ、決まるか?残りはあと1チーム!」

パン!

「くそっ!」

「やっぱりあの人数差はきついか?」

クイ中達はうなった。

「青チーム、神奈川工業!」

「The Yellow Monkey!」

ティロリロン!

「・・・次に何が来るかやね」

「うん」

「問題、インターネットシステム『WWW』、それぞれなんという言葉の略?」

「・・・これは抜けちまうかな」

「まず間違えないやろ」

「最後、岐阜北は無理かな」

「可能性があるのは最後の[Web]くらいやね。あの人達は多分知ってるわ」

 

それでも岐阜北がやってくるのを信じたかった。神奈川工業チームに恨みは全くなかったが、間違えるのを期待している自分達がいることに3人はとっくに気付いていた。

「World」「Wide」・・・最後だ。

「Web」

 

・・・ティロリロリロン!

 

「キャー!!」

 

クイ中達が見ていたのは、うなだれる赤チームの方向だった。
「それじゃ、勝ち抜けチームはお昼御飯があるのでこっちに来て下さーい!」

スタッフに引き連れられ、脱落チームに声をかける時も与えられず、9チームは砂浜を離れた。

「それじゃあみなさん、せっかく海まで来たんですから釣りでもして帰りましょう。スタッフから竿とバケツを受け取って下さい」

 

という羽鳥アナの声が聞こえた。

 

「敗者復活やな」

「絶対にそうやね」

 

古賀は外で足を洗っているので先に中の方に入った押金と清水は、東大寺学園チームの向かいに陣取った。

どうやらNTVご一行がこの海の家の一角を借り切っているらしいようで、関係者全員がここで昼を食べるようだ。

と、古賀がやってきて、座るなりカバンを開けた。取り出したのは、彼の[備え]の中核を成す常備薬セット。これが役に立つのも久しぶりだと思いながら、マキロンを傷口にかけた。

「大丈夫、古賀ちゃん?」

「ん、大丈夫。そんなに大したことない」

「ごめんな」

「気にしない気にしない」

と、古賀は薬をしまい、そして新潟からのプレゼントである、いまは忘れ形見となってしまったペットボトルに目をつけた。

「なんかこれ、めちゃめちゃ膨らんでるんですけど」

「炎天下に置かれてたからねえ」

「ちょっと開けてみましょ」

プシュー!

「だいぶ抜けたね」

 

そうこうしていると、昼食が運ばれてきた。

「よし!食べよう!」

「古賀ちゃん絶対おかしいわ。よう食う気になるなあ」

「朝飯が少なかったんやでしゃあないやん。オニギリ2個じゃ足らんでしょ」

 

隣の東大寺チームの面々も呆れ顔である。そんなことはどこ吹く風だったが、正直言えば古賀も、あのハードな運動の後には素麺のようなものの方が嬉しくはあった。特に、こういうコロッケみたいな揚げ物は・・・

 

「・・・おっしー、このコロッケ珍しい」

「なんで?」

「ほれ、カニクリームならぬ、エビチリのコロッケ」

「うわ、ほんまや。・・・結構いけるなあ」

 

押金と古賀が弁当の話に興じている間に意を決した清水、上京以来の計画を遂に敢行する。

「みんなは何年生?」

クイ中達に言わせれば、甲子園で言うPL学園、クイズ名門東大寺学園にアタック!

 

「3年生」

「あ、そうなんや。じゃあ先輩ですね。これに出るの、初めてでもないよね?」

「そうだね、僕ら2人は初めてだね。この人は去年も全国に出場してるから」

「え?マジで?すごいやん」

「え、去年のメンバーは?」

押金、古賀も話に加わった。

「『今年は出てる余裕なんてない』って言われた」

「なるほど。ところでさ、近畿の人らがみんな持ってるそのバンダナみたいなのって何?」

「あ、これは近畿大会の準決勝が各チームがグループに分かれてクイズをするっていう形式で、そのときにもらったのをみんな持ってきてたのさ」

「どこでも同じようなことやってたんだねえ。中部の準決勝もそんなやったわ。ええなあ、うちらのときにはそんなものもらえんかった」

 

実は一緒に乗っていた新幹線以来、開会式、日野春駅と、近くて遠かった憧れのチームと、遂にきちんとした会話を成立させることに成功したのである。

「それにしても、あっちの砂浜の人らはどこにいったんやろね?」

「いつのまにかいなくなったもんなあ」

「敗者復活だとは思うんやけどねえ」

 

そんな3人の視線の先で、海水浴客の子供が走っている。

「泳ぎたかったなあ」

「そやねえ」

「とりあえず写真だけ撮っとこうか。おっしー、なんかポーズ決めて」

「じゃあ、こんな感じ?」

「いいね」

「なんかそんな絵があったよね」

「[湖畔]やな?」

「そうそう、それそれ」

写真を撮り終えてしばらく、勝ち抜けチームはスタッフに連れられて鯨波海岸を離れた。

「この犬可愛い!」

 

鯨波駅に向かう道すがら山梨英和チームのそんな声を聞いた押金は、その犬を見てみた。

「確かに可愛いけどまだまだやなあ。うちのピットの方が可愛いで」

「ピット?」

「そ、ピット。ブラッド・ピットから取ったんやけどな」

「ふーん。あ、おっしー、後ろ」

「ん?あ、すいません」

と、押金と古賀が道を譲ったのは、女の子をおぶった柏原高校チームの青年だった。青チームの負傷者が誰だったのか、遅ればせながら気付いた。

「男やね」

「かっこええね」

鯨波駅にて、かなりの時間FIRE号を待つクイ中達。

「トイレどこやろ?」

「またトイレなん、古賀ちゃん?」

「またって、そんなに行ってるか?」

「めっちゃ行ってるやん。てか中部大会から行き過ぎやて」

「そんなに行ってたか?」

「よう言うわ。準決勝前なんて、移動前と移動後に行ってたやん」

「本番前に少しでも心配を減らそうとしてたの!」

苦しい言い訳である。

 

古賀がトイレから戻り、列車がやって来る側のホームへ移動。数分後、スタッフがえらく騒ぎ出した。「

何があったん?」

「なんか、スタッフの誰かが眼鏡を落としたらしいよ」

「ははは、ホンマに?」

「よくわからんけどそうみたい」

 

落とした本人はけっこう焦っている。スタッフの声に耳を傾けると、列車の到着は間近らしい。

それを聞いて、誰ともなく、ある疑問が浮かんだ。

「なあ、もしかして今回は見送りなしなん?」

「え?さよならも言えんとお別れ?」

「寂しいなあ」

 

中部大会から世話になってきた戦友達に対して、まともなお礼の言葉も言っていなかった。この番組のことだから、ギリギリのところでなんとかやってくるんじゃないのか。そんな期待をよそに、黄色と赤のストライプが入った白い列車がホームに入ってきた。

 

3人は、車両に乗り込んでも駅舎の方を見ていた。無人駅には、駅員の1人もいなかった。車輪が回り始めても、線路沿いに立っているんじゃないかと注意して見ていたが、FIRE号を見送る人影はなかった。

 
何時間にも及ぶ激闘。その結果は、地方以来の仲間との別れでもあった。『さよなら』も『ありがとう』も言えないまま、3人は熱い砂浜を、美しい海を後にした。

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