眼下の暗闇、眼上の陽光。
2011年1月14日 § コメントする
一度は抜けた改札口をまた通る。向かって右手に進めばもと来たホームへ進む。だが、ここまで待たせといてそっちに進むことはないだろう。他方、左手の通路を見ると、曲がり角があって、そこから先をうかがうことはできない。
外での[トイレ休憩]中にこの駅の外観を眺めていると、駅舎から屋根付きの通路が伸びて、駅前の道路を横切り、その先の川が流れているらしい谷まで横切って、山にぶつかって、そこから先もまだ伸びているような、そんな雰囲気が認められた。恐らく、この改札口左手通路はその通路なのだろう。
その先がクイズの舞台であることだけには、疑いを挟む余地はない。
「それでは参りましょう」との羽鳥アナについて-このときもクイ中達はちゃっかりと彼の側にいた-高校生一行は歩き出した。
スタッフの指示から、「何か話しましょう」ということになる。
「それにしても君、そのアロハは凄いねえ」と、羽鳥アナ。
「それって金魚?」その話の話題は、リーダー2号の黄色い金魚アロハである。
「そうっすよ、凄いでしょ?どうですか?」
「う~ん、それは放送ギリギリだねえ」
「マジすか!?」
「フフ、どうするよ、おっしー?」
「放送禁止は困るなあ」
押金を始め、清水と古賀も大ウケである。
「そう言えば、改札口の方に[日本一のもぐら駅]ってあったけど、どういう意味だろうねえ?」
「さあ、どうなんでしょうねえ?」
「モグラでもいるんじゃないんですか?」
「どうなんだろうねえ?・・・なんか、だんだん涼しくなってきたねえ」
羽鳥アナの言葉にうなずく一行。彼ら彼女らは、少しずつ理解し始めてきた。この先に何があるのかを、[もぐら]という言葉の意味を、この先に待つのは、トンネル、しかも普通じゃないトンネルだろうということを。
「それにしても、これはカナリ気合の入ったトンネルやなあ」
と、押金。だが、壁にはガラス窓があり、思いっきり陽の光が射し込んでいた。
「ここ、まだ外ですよ」
とツッこむ古賀。
「あほー!わからんのか!?だからこそ気合入っとるんじゃあ!」
「・・・そういうもんなんですか?」
「そーゆーもんなんじゃあ!」
「・・・すいません、わかりました」
「よし、それならいい」
いつもの冗談トークである。そして、細い通路を抜けると、急に広い空間が広がった。横の窓からの光もまぶしいその空間だったが、一行の眼前を塞いだのは、斜めになった天井であった。
「はい、それじゃあここで一旦停まってね」
と、後ろのチームを待つ。恐らく、ここから地下に下っていくのだろう。だが、この下り通路の横幅は、クイ中達が普段利用しているような駅の階段のそれの比ではなかった。
細くて長い通路はたくさんあるが、広くて短い通路は意外と少ないものである。その幅から、地下への道のりの長さを察することは比較的容易であった。
そして、一行が入ってきた空間に目を転じて見ると、スタッフ一同がスタンバイし、かなりの数の機材が準備されている。目の前の深そうな通路と、これだけのスタッフ。少し勘が働けば、おぼろげながら予想というものもついてくる。そして、それはあまり楽しいものでもないということもわかっていた。
「それでは、皆さんにこの駅の日本一たる由縁をお見せしましょう!」
高校生達十数人がフロアに到着し、羽鳥アナについて再び歩きだした。
「・・・うわ」
「さあ、この駅の日本一!」
「おおー!」
「長さが338m。全部降りると、462段。これがこの駅の日本一です!」
今まで、これほどまでに深く伸びる階段を、3人は見たことがなかった。眼下の暗闇は、深く、重く、冷たい。
「はい、みなさん。降りるのは少し待って下さいね。この旅も3日目、かなりハードな日程でしたので、番組としては皆さんの体調が心配です。ですので、ここで看護婦さんに健康診断をして頂きます。それじゃあ、お願いします」
目を転じると、ナース服姿の女性がこちらに向かって歩いてきていた。古賀が見る限り、確かにその人は看護婦さんであった。あの、足を挫いた柏原高校のメンバーの具合を診ているところを、何度か目撃している。
他のスタッフも「看護婦さん」と呼んでいたのだから、正式な看護婦のはずである。古賀の脳裏に引っかかったのは、そちらに対する疑いではなく、その服装についてであった。何も、ナース服は白よりピンクの方がいいというような話ではない。
彼女は、今の今まで、他のスタッフ同様私服姿だったのである。なぜ、この期に及んでわざわざナース服を着る必要がある?
「それじゃあ、最初は山梨英和の伊東さんから」
彼女は、羽鳥アナに指名された英和チームの1人の手を取って、脈拍を測り始めた。先の問いに対する答えは明白だ。この場面には、放送の可能性があるということである。なぜ放送する?普通の健康診断なら、ひっそりとやってもいいではないか。やはり、答えは明白である。
これが、この次のクイズに関係あるということだ。
「どうですか?」
「はい、脈拍は問題ありません」
「それじゃあ次の人にいこうか」
脈拍だけで終わるのが、この健康診断に対する疑念をさらに強めさせた。普通、健康診断というものは、下まぶたの裏側の色を診てみたり、喉の方を診てみたりと、いろいろするものである。
以上の様々な要素から弾き出された答え、それは、NTVは高校生達の健康なんて(本格的には)気にしていないんだろうなあ、ということであった。
・・・とまあ、なんだかんだと言っても、健康診断と言われて脈を測られるのは、やはり緊張する。
「はい、もういいですよ」
「どうも」
「彼の脈拍はどうでした?」
「93ですね。問題ありません」
そして、「問題ない」と言われればやはり安心する。安心した古賀の次は、リーダーの押金である。
「86、問題ありませんね」
やはり一安心。3人のトリは清水。
「108ですね」
「108、少し高いですね。大丈夫なんですか?」
「はい、特に問題はありません」
お墨付きも得て、清水は小躍りした。
「脈拍トップやで~」
「やりましたねえ」
「おいしいなあ」
こういうところでは、何はともあれおいしいもの勝ちである。
「108ですね」
「あ、彼も少し高いですねえ」
最高脈拍数を清水とタイの数字で飾ったのは、東大寺の田部君であった。
「かっちゃん、並ばれたねえ」
古賀がそうつぶやいたとき。同じ東大寺の安達君には更なる診断が下された。
「ちょっと不整脈がありますねえ」
「・・・それって、大丈夫なんですか?」
「はい。あまり問題はありません」
[あまり]とはどこまでを[あまり]と言うのか、医療用語は[オペ]や[クランケ](記録班注:オペは手術、クランケは患者の意)くらいしか知らないので、それこそ[あまり]安心できるものではない。
だが、本人には嬉しいことではないだろうが、安達君に対する不整脈診断はTV的においしいものと感じられた。
「それでは参りましょうか」
と、(とりあえず)問題なしとの診断を受けた一行が羽鳥アナについてようやく階段を降りようとしたときだった。
「観光客が来るから少し待って!」
との遠藤氏の声。
故に、高校生達はその家族連れに道を譲る。
「はい、そっちに観光客が行くから少し待ちます。どうぞ」
無線で下に指示を送る遠藤氏。撮影スケジュールが押しているのかどうか知る由はないが、時間が有り余っている、とまではいかないだろう。この中断も、あまり愉快なものではないはずである。
だが、「折角の夏休みなんだから、思い出作ってもらわなきゃいけないだろう」と遠藤氏は言った。
「全員下まで降りた、はい了解。それじゃ本番、カメラスタンバイ。それじゃ高校生、降りるからね」
遠藤氏の号令で、全員が荷物を持って階段の第一段目に立つ。
「ハイ、それじゃ本番行きまーす。5秒前、4、3・・・」
「それじゃあ行きましょう。みんな荷物ちゃんと持ってるよね?持ってるね」
一行は、それぞれの荷物を携えてぞろぞろと階段を下り始めた。
「いやー、すごいねえ。駅の構内とは思えないよねえ」
とは羽鳥アナの弁。クイ中達、全く同感である。普通、こんな階段には、エスカレーターの類があって然るべきなのだ。それどころか、古賀にはここならケーブルカーを走らせてもイケるんじゃないのか?などという考えまで浮かんだ。
進行方向左手には、赤い看板に白抜きの文字で段数が示されていた。ようやく50。[終着駅]のプラットホームなど、見えるべくもない。
「みんな、ちゃんと付いてきてる?後ろの方が少し遅れてるね。じゃあちょっと待とうか」
数十段おきかに置かれている踊り場、それも上から数えて何番目のものだろうか、ようやく道のりの半分を示す数字が白字でペイントされた所までやってきた。
ふと両脇を見てみると、地下水が染み出てくるのだろう、それを流すための水路-と言うよりも斜面-があった。それにしても、かなり気温が下がってきた。
「まだ底が見えそうにないねえ。それじゃ、後ろの人達も追いついたみたいだから行こうか」
ふと清水は、当初掲げていた友達を作る計画を思い出した。そこで、大きな荷物を抱えた神奈川工業のメンバーに話しかけてみる。
「荷物たいへんそうやね」
「うん。けっこう重いんだよね」
「袋破れちゃったの?」
途中で破れてしまったのか、荷物袋を東京都指定ゴミ袋に入れて担いでいる。
「そうなの。だからスタッフにゴミ袋をもらったんだけど、誰かがほんとのゴミ袋と間違えてゴミ入れていったんだよねー。違うって!って感じやった」
「へぇーそれは失礼な話やな」
こうして、また友達の輪を広げることに清水は成功した。一方古賀は、今まで下ってきた道を振り返ってみた。まだ、闇の底に足を踏み入れているわけではなかったが、しかしそこから見る陽光は、遠く、そして、小さかった。
高校生達の心には、同じような思いがあった。次のクイズは、眼下の暗闇の中なのか、それとも眼上の陽光の中なのか。どちらに転んでも確実なことが一つ。
それは、自分達が踏んでいるこの階段は、クイズの素材として、無視するにはあまりにも惜しいものだということである。
土合、山々に囲まれての長過ぎる休息。
2011年1月11日 § コメントする
駅に降り立った高校生一行。右方向には駅舎があったが、すぐにはそこに行くなとのお達し。何かの準備をしているのだろう。と、すぐ近くにいつの間にやら羽鳥アナがいるのを発見したクイ中達。この千載一遇のチャンスを逃すテはなく、果敢にもアタックを敢行する。
「羽鳥さん、結局昨日は魚沼のお米、食べられましたか?」
「いや、結局食べられなかったんだよねえ。おいしかったんでしょ?」
「はい、めちゃめちゃおいしかったですよ」
「いいなあ」
そのとき、撮影スタッフからゴーサインが発令され、羽鳥アナからも
「それじゃ行こうか」
ということになる。思いがけず、司会者のすぐ側を歩くというベストポジションを手に入れたクイ中達は、張り切って羽鳥アナに付いて進み始めた。
「いやあ、こんなところまで来ちゃったけど、どうみんな?ここに来たことある人っている?」
誰の口からも、[YES]の意がこもった答えは出てこない。
「だよねえ。こんなこと言うとアレだけど、普通は来ないもんねえ、こんなとこ」
「そうっすねえ」
そして、駅舎の中へ入る一行。
「・・・はい、それじゃこれくらいでOKでーす!」
と、撮影-恐らくクイズの前置き部分と思われる-は終了。
トイレ休憩ということで、改札口と待合室を抜け、駅の出入り口へ。そして、出入り口の隣にあるトイレへと、かなりの人数が向かった。
越後湯沢で一度行っているはずのクイ中2号と3号も、その中の2人である。用を済ませ、手を洗うべく蛇口をひねると、かなり冷たい水が流れ出た。ここの標高は、かなり高いに違いない。
土合駅の改札口に駅員は見当たらず、もしかしたら無人駅なのでは?という疑問も湧いてきた。その改札口前にある待合室、そこのテーブルには書類やペットボトルといったものが並び、その側で羽鳥アナとスタッフが打ち合わせをしている。
そこに近付くこともできず、駅舎に入れない一行は、それぞれその前の階段に座り込んで時間をつぶしていた。クイ中達-どのチームでもきっとそうだろうが-の話の槍玉に上がったのは、入り口の上に掲げられた[日本一のもぐら駅]という看板であった。
「モグラって、漢字で土の竜って書くんやで」
と、古賀。こんなキャッチコピー(だかなんだか)を掲げている駅で出題されるにはちょうどいい問題だと彼は踏んでいた。
「へー、そうなんや。土の竜ねえ。…それにしても、どんな意味なんやろ?」
と、清水。
「モグラ・・・地下・・・あれや、日本一アンダーグラウンドな駅なんやわ。ショッカーみたいな地下組織が暗躍しとるんやで、きっと。なあ、おっしー?」
「そうそう、かなりアンダーグラウンドやでなあ、ヤクの密売なんか余裕でやっとるんやで。武器の取引とかもきっとやってる危険なブラックマーケットやわ」
古賀と押金は、そんなありもしない方向に話を拡大していった。
「・・・まさか、モグラの動物園があるなんてことはないだろうしねえ」
「わからんねえ。それにしても、長い休憩だねえ」
待ちくたびれたのか、もともとくたびれていたのか、神奈川工業チームの藤田さんはコンクリートの上で睡眠中であった。他にも、コンクリートを割って生えてきている雑草をいじっていたり、ボーっと景色を眺めていたりと様々である。
と、矢野さんがクイズミリオネアについて話しているのをクイ中達は聞きつけたので、その話に加わってみる。
「簡単だとかなんだかんだって言ってますけど、やっぱり1000万って凄いですよねえ」
「破産せんのかねえ?」
つい最近、シニアクイ中-と失礼にもクイ中達が勝手に名付けてしまった-の1人である永田喜彰氏(記録班注・・・の必要もない、はず:FNSクイズ王、第13回アメリカ横断ウルトラクイズの準優勝者である兵庫県在住の会社員の方)の1000万円ゲットをTVで見てしまった3号は、ふとフジTVの心配をしてしまった。
ちなみに、周知の事実だが高校生クイズは日テレの番組である・・・。
「そう言えばね、あの1000万って数字には少し秘密があるんだよ」
と、矢野さんは言った。
「え?なんなんですか?」
「景品法ではねえ、何かの賞金とかの最高額は、200万辺りが望ましいみたいになってるんだよね」
「え?マジすか?ミリオネアぶっちぎりじゃないすか」
「ところがさ、あれ、建前は5人で1組でしょ」
「あ!」
「・・・きたねー!」
200万×5=1000万である。
「ふふ、そんなもんだよ、TVって」
興味深い話である。あの、妙に不自然で強引な5人1組制にはそのような裏があったらしい。こういった裏話が聞けるのも、高校生クイズのいいトコなのだろう。話も一段落した時、クイ中達は目の前で羽ばたく赤い何かを見付けた。
「お、トンボや」
「赤トンボが飛んでるなんて、やっぱり涼しいんやねえ」
「よし!捕まえるで!」
押金の呼びかけで、クイ中達は久方ぶりの昆虫採集に励むことになった。
「よし、もし捕まえたらジュースおごったろ」
「マジで!?よっしゃ、なんかヤル気出て来たで~!」
高地の土合駅舎前、なかなかトンボを捕まえられない1号と2号を見くびった-と言っても、当の本人はとっくにトンボ捕りをギブアップしていたのだが-3号は、思わず口を滑らせた。
「なあ、トンボって英語で何て言ったけ?」
「ドラゴンフライやろ?」
古賀が答え、こうも加えた。
「ちなみに、蛍はファイアフライって言うんやで」
「へえ、そうなんや。・・・よし、これはもらったで~。・・・よっしゃ!古賀ちゃん、ジュースね」
清水、トンボのキャッチに成功。
「え、かっちゃん捕まえたん?負けてられへんなー」
と、さらに燃え始める押金。数分後、結局2人ともトンボを捕まえてしまう。
・・・長いトイレ休憩やなあ。時計を見た押金は、自分達がこの駅に降り立ってから余裕で30分は越えていることを確認した。本当に、トイレ休憩にしては長過ぎる。
まあ、古賀ちゃんあたりにはちょうどいい-ちなみに押金と清水が確認しただけでこの休憩中に2回は行っている-のかも知れないが。
そんなことを考えながら、ふと駅舎内の待合室を見てみると、羽鳥アナがシャドーピッチングをしていた。羽鳥さんも暇なのか・・・。そういえば彼、高校時代はピッチャーやってたんだよなあ。一方、古賀は特に何かを考えることもなくたたずんでいた。何の気なしに辺りを見回していると、近くにいた東大寺学園チームの左腕が目に付いた。忘れもしない、福澤アナが
「なかなかいい品」
と言った、あのCITIZEN製太陽電池腕時計(高校生クイズロゴ入り)である。
「あ、その時計してきたん?」
「うん、これしかいいのがなかったからね」
と、東大寺チーム。古賀も持ってこようか最後まで迷っていたのだが、なくすと大変なので、結局は大事に部屋に飾ったままにして置いたのであった。
そのとき、ついにスタッフから呼び声がかかった。
一体何の準備をしていたのかは不明だが、ようやく何かが動き始めた。
『何か』とは何か?全く予想がつかない。あの日本海の砂浜と違い、ここがどのような場所かを知る余地すら与えられていない。
唯一のヒントは、ただし、もしそれがヒントとなるのならば、この駅が[日本一のもぐら駅]であるということだけだった。
新潟から群馬、トンネルを抜けるとそこは山国。
2011年1月10日 § コメントする
乗り込んだ列車内は、微妙な込み具合。先客の人々の中には一行に向かって、どこのどいつだ?と言いたげな視線を投げかけてくる人もいたが、あまり気にせずに着席しようとする。
クイ中達も席を探すが、その車両には4人がけのボックス席が並んでいて、どのボックスにも大抵1人が座っていた。
「すいません、ここ、よろしいですか?」
仕方がないので、引け目を感じつつも、ある男性に相席を頼み込み、ようやく着席。天満さんは、各チームに朝食を配り始めた。透明なパックに入った朝食は、おむすび2個と、なぜか鶏の唐揚げ1つ、そしてウーロン茶である。
食事時間の飲み物は、スポンサーの関係からか今までジャワティやポカリスエットが配られていたが、ストックが尽きたのか、そんなことは元々どうでもよかったのか、全く別の会社の製品であった。
「…絶対足りんぞ」
古賀のそんなぼやきを、他の2人はそりゃそうだろうと思いながら聞いていた。しかし、グチっても得るものはないので、古賀も観念しておにぎりを口に運び始めた。
「これは魚沼産?」
「ふふ、どうなんやろねえ?」
相席の男性が降り、やっとリラックスし始めた3人。次の駅辺りで地元の女子高生達-もし中学生だったのならば、かなり老け顔ということになる-が乗ってきたのに古賀は気付いた。
とりあえず、彼女らを見て思うことは幾つかあったのだが、聞こえてしまうとアレなので、しばらく黙っておくことにした。押金にとっては、そんなことよりもトイレに行くことの方が重要問題となっていた。
「すいません、降りるまであとどのくらいですか?」
「どうしたの?」
「いや、トイレに行きたくなっちゃって」
「あ、おっしーも?俺もなんやけど」
天満さんに尋ねた押金に、古賀も同調する。
「ちょっと待っててね」
と、彼女は他のスタッフに相談しに行った。
「また古賀ちゃんトイレかー?」
と、清水。
「なんで?おっしーもやん」
「古賀ちゃんと一緒にしたらあかんよ。おっしーはまだ1回目やろ?」
「そうやて。一緒にせんといて」
「・・・は~、またイジメや」
「え?イジメってのは心外やな。そんなんうちらに対するイジメやん。なあ、おっしー?」
「なあ」
「はいはい、ごーめーんなさーいー」
結局いつもの負けパターンにはまった古賀がキリのいいところで白旗を揚げたとき、天満さんが戻ってきた。
「もう少ししたら通過待ちでしばらく停まるらしいから、そのときに行っておいで」
「はい、ありがとうございます」
「で、停車時間は?」
「大体5、6分」
「トイレはどこに?」
「階段上って、右に曲がって、左手の階段を下りたホーム」
「よっしゃ、行くぞおっしー」
「おう!」
「急いでねー」
「はい」
矢野さんに道順を聞いて、トイレにダッシュ-時間以外、特に切羽詰まっていたわけではないが-するクイ中2号と3号。まず階段を駆け上がる。
「右やな。どの階段を下るんや?」
越後湯沢駅、JR上越新幹線も停まり、冬にはスキーで賑わう駅である。
「あっち、表示があるわ」
「急げー!」
と、今度は駆け下りる。
「あった!」
ここまでで、大体1分半である。
「セーフ!」
「よし!間に合った!」
出発までに余裕を残して、2号と3号は無事帰還。
「みんないるね?」
「はい」
列車は再び出発した。走ること大体3分、列車が次に停まったのは、岩原スキー場前駅。スキー場前と言う割に、先程の女子高生を含めてかなりの数の高校生が下車していく。列車の扉が閉まり、動き出した風景の中で固まって歩くガン黒女子高生を見た古賀は、押金に呟いた。
「秋田とか、新潟とか、こういう雪の多い地方には、色白の美人が多いって聞いてたんですけどねぇ」
「ホントですねぇ」
「それじゃ、次の駅で降りるからね。荷物まとめて、忘れ物のないように」
そろそろ降りるとは聞いていたので、既に荷物はまとめてあった-と言ってもこの車内では一度もカバンを開けていない-3人。さて、どんな駅なのだろうか?と考えていた矢先、いきなりトンネルへ。
ここまでに結構な数のトンネルがあったためにそれほど気にはしなかったのだが、それでもかなり長いトンネルである。
「あ、もう群馬入りなの?」
時折蛍光灯が光を覗かせる、車窓の外の壁を見ていたクイ中達は、光に照らされた[新潟⇔群馬]という表示を見つけた。新潟と聞けば、県民の方々には大変失礼だが、東京からだいぶ離れているような、つまり、旅の終わりからはまだまだ遠いような気がした。しかし、群馬と聞けば、一気に東京に近付いたような気がする。
そう、既に、とうの昔にこの旅は折り返しているのである。勝ち抜けるにしろ、脱落するにしろ、始まりよりも終わりの方が近いところまで旅してきたことを考えると、3人の胸には驚きと寂しさがやってきた。
楽しい旅、素晴らしい旅ほど、終わりが近付くごとに何とも言えない思いが大きくなっていくものである。だが3人は、それぞれその思いを口にすることなく、自分の胸にしまいこんで、次の関門に向けての覚悟を固め始めた。そんな思いと裏腹に、列車を新しい光が包み込み始めた。名実共に、群馬県入りである。
トンネルを越えると、そこは山国。空の雲は白く、山の頂きは青かった。
周りの木々も緑鮮やかな一筋の線路、そこにまた、1つの駅。誰かが乗り込むことはない。
周知のことだが、この旅は非情なものである。駅がある限り、誰かが降りなければならない。
8月16日、朝陽は昨日と変わらず見えても。
2011年1月10日 § コメントする
[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]
・・・どういうことになっているのだろうか?
川越クイ研理事長、諸岡麻由子は古賀からの返事の意味を判じかねていた。
しかし、彼女を悩ませていたのは[爆勝コシヒカリ!]の部分ではなく-この点では、送った当人である古賀の予想と反していた-、後半の[明日早いのでもう休みます。]の部分であった。
[爆勝コシヒカリ!]なんて、どうせおっしー辺りが思いついた言葉だろう。だが、[明日早い]とはどういうことだろうか?クイ中達がNTV側から受け取っていたスケジュールを信じるならば、明日-いや、もう既に今日か-16日は大会3日目、17日は予備日となっていたからもう最終日ということになる。
今まで彼らからはほとんど連絡がなかったので全く様子がわからず、よしめぐと
「別に負けてきたって聞いても怒らへんのになあ」
と話していたほどである。負けてきたのが恥ずかしくて、帰っているのに連絡できないのか、それとも本当に連絡できないのか。[もう寝ます。]と送られてはそれ以上問い詰めることも出来ず-出来たとしても上手くはぐらかされるような気はするが-、仕方ないので彼女も3人の無事を祈りつつ眠りにつくことにした。
「・・・あ、おはようございます」
「お、おはよう」
「はよー」
「今何時?」
「5時45分くらい」
「・・・ちょっとトイレ行ってきます」
「お?早くも今日の1回目やな?」
「今日も記録を更新しそうな勢いやな」
「・・・なんでやねん」
起き抜けでテンション低調の古賀は、洗顔がてらトイレに向かう。どこのチームの部屋かは憶えていなかったが、ドアの外に昨日の祭会場で選んだ写真を飾っている部屋があった。
クイ中達が選んだあの集合写真は、いつの間にやらスタッフに回収されてて行方知れずである。記念に欲しかったなあ、と思いながら用を足し、洗面所に向かう。鏡を見ると、幸いにも寝癖はついていなかった。
大きなあくびをする自分の間抜けな表情を鏡で見たあと、古賀は蛇口をひねって水を出す。この辺り、夏でも朝晩はかなり涼しいようで、蛇口からほとばしる流水も結構冷たく感じられた。
顔に冷水を浴びせて頭を少しずつ覚醒させていると、右手に誰かの気配がした。タオルを取るついでにその方向を見てみると、ピンクのシャツ姿の女の子がいた。山梨英和のメンバーである。
「おはようございます」
先に挨拶してきてくれたのは彼女の方だった。
「あ、おはようございます」
古賀も挨拶を返し、着替えをするために部屋に戻った。今日も一日、あのアロハのお世話になるだろう。この一夜、スペアのシャツを着てはいたが、朝にはアロハに着替えるつもりであった。今更、アロハ以外のシャツに袖を通す理由などない。
「乾いてない・・・」
「俺のもや」
清水が昨晩風呂場で洗った靴下は、6時間弱の睡眠時間中に乾くことなく朝を迎えていた。
「どうするの?靴下はそれだけやろ?」
3人の中で古賀だけは、砂浜で靴下を脱いでいたので汚れることもなく、従って洗うこともなかったので無事-裏を返せば、初日からずっと履き続けている-であった。
「しゃあないで、手で持っていくしかないでしょ。ま、そのうち乾くんちゃう?」
「夏だしね」
とりあえず、靴下の乾燥については、太陽と時間とに下駄を預けることとなった。
「今日って16日やんね?」
「ん、そやで」
「もう日付があやふやになってきてるわ」
「やろなあ。ほんとにそういうのとは無縁の生活やもんね」
「・・・今日で決勝までいくのかなあ?」
「もらった日程表やと、もう明日は予備日になってたからね」
「やっぱり東京ですかね?」
「その可能性は大きいね。でもそうと決まったわけじゃないからね」
「先のことは考えやんと、1つ1つがんばってこ」
「やね。よっしゃ、忘れ物ないね?」
「ん、ないよ」
「じゃあ行きますか」
日が変わってもそのコンパクトさは一向に変わらないカバンを持って、クイ中達は部屋を後にした。6時間弱寝ただけの部屋だったが、それでも泊まった部屋を出るときには何か寂しいものを感じる。
川善旅館前で点呼をとり、高校生クイズ一行は目と鼻の先にある-道1本をまたげばすぐ、30秒で行ける距離である-JRの小出駅の入り口前に移動。皆、とても眠そうな面持ちである。クイ中達は、てっきり電車を待っているのだと思っていたが、彼らを迎えにきたのは列車ではなくバスだった。
「またバスかよ~」
と、クイ中2号はぼやいた。話を聞くに、一度原地区に戻って記念撮影をするらしい。確かに、一晩泊まらせてもらった-ことになっている-のだから、番組としては別れの挨拶くらい撮っておきたいのだろう。クイ中達も、昨晩渡辺さんと写真を撮ることができなかったので、それについての否やはなかった。
勝ち抜けチームだけが連れて行かれ、朝焼けに染まる昨晩の祭会場であった公民館前広場へ。時刻はまだ7時頃だというのにも関わらず、もう既に、何名かの地元の方は集まっていた。しかし、まだ渡辺さんの姿はない。
「それじゃあこっちの方で撮影するから」
とのスタッフの声に、各員集合。
「あ、渡辺さん!」
クイ中達が待ち侘びていた渡辺さんもやってきて、他のチームの方も揃ったようだ。スチール撮影かと思ったらそうではなく、スタッフ曰く
「映像を撮影して、それを写真みたいに使う」
らしい。
「それじゃあみなさん、カメラの方を向いてください」
との指示に従い、築山の上にセッティングされているカメラに全員が注目する。
「それじゃ行きまーす!5秒前、4、3、」
例のごとくのカウント後、数秒。
「はい、オッケーでーす!」
なんだか実感は湧きづらいが、撮影は終了。もう移動するようだが、各チームは地元の方との別れを惜しんでいて、少し間があるようだった。今しかないということで、クイ中達は昨日撮りそびれた渡辺さんとの写真を撮るために
「渡辺さん、一緒に写真に写ってもらっていいですか?」
とお願いする。奥さん共々快くOKしてくださったので、近くにいた人を捕まえてシャッターを押してもらった。
「それじゃあ、頑張ってね」
「はい!」
「ありがとうございました!」
「お世話になりました!」
心からの礼を言って、クイ中達はバスに戻った。
再びバス上の人となった高校生クイズ一行。つまり、クイ中2号のテンションは下がりっぱなしである。
彼につぶれてもらうわけにはいかないので、1号は彼の横に座ってなんとか彼の気を紛らわせようとしていた。
一方3号は特にすることもなく、窓際に座って外の風景を何の気なしに眺めていた。彼の隣では、山梨英和の1人-古賀の頼りない記憶によれば、この子は確かリーダーである-が、揺りかごを大きく揺らしているかのように気持ちよく寝ていた。
古賀も可能ならば寝ておきたかったが、枕か何かに頭を預けないと眠りづらいタイプなのでそれも難しかった。
横の壁やら窓に頭をつけると、バスの振動が直接伝わってくる。2号ほどではないにせよ、彼も乗り物には強くなく、乗合バスの比較的エキサイティングな振動を頭に受けてはただでは済みそうにない。
バスの車窓ではいろいろな風景が浮かんで消えてを繰り返していたが、最も古賀の目を惹いたのは、[田中真紀子] (記録班注:当時自由民主党所属の衆議院議員。元科学技術庁長官で、故田中角栄元総理大臣の娘) と大きく書かれた後援会の看板である。・・・そう言えば、あの人の地元は新潟だったなあ。ひょんなところからも、自分達が参加している旅のスケールの大きさを知る3号だった。
バスが停まったのは、昨日高校生達が降り立った浦佐駅であった。…結局、発つのはここからなんやな。クイ中達は思った。あの原地区はこの浦佐駅から結構離れた場所にある。
気のせいなのかも知れないが、川善旅館のすぐ前にあった小出駅の方が、幾分か原地区に近かったように思われた。
わざわざ浦佐に降りたのには何か理由があるのだろうか?勝ち抜けチームが乗ったバスから十数名の高校生達が降り、早朝の-昨日の昼間もそうであったのだが-閑散とした構内へと向かった。
脱落チームはどうしたのだろうか?たぶん、見送り場面撮影の詳細辺りをスタッフに聞かされているのだろう。未覚醒の頭でそんな風に見当付けながら、クイ中達は矢野さんの先導に付いて改札をくぐった。
当然ながら新幹線のホームには進まず、前日に降り立った在来線のホームへ向かう階段を下った。冬は雪国としてその名を響かせる新潟県。夏の夜-少なくとも昨晩は-でも、クイ中達にとってはなかなか涼しいものであった。とはいえ、やはり8月である。朝の陽射しは既に鋭く、熱かった。
「もうすぐ電車が来るからねえ。朝御飯は電車の中で食べてもらうから」
と、天満さん。その言葉の通り、弁当とお茶が入っているらしき段ボール箱が階段を下りたところの横に置かれていた。電車と言えば、FIRE号。高校生たちは当然のようにそう考えていたことだろう。無論、クイ中の3人もそうであった。
「はい、電車来たから下がってねえ」
との言葉に、ふと電車がやって来る方向-日本海側、つまり北-に一同は目を向けた。銀のボディに黄緑のライン、見紛う事なき、各駅停車の在来線である。
「はい、それじゃこれに乗ってねえ」
…え?特Q!FIRE号でぶらりクイズ列車の旅、ではなかったのか?多少は困惑した一同であったが、ここまでNTVの撮影に付き合っていると[こういうことになっているのだ]という妙な悟りも開けてくるらしく、素直にその言葉に従って水上行きの列車に乗車した。
8月16日、全国大会4日目。
今日も、どんな駅に降ろされるか、そこで何が起こるのか、全くわからない旅の始まりである。昨日と変わらず陽は昇っていたが、そう見えるだけだ。昨日と同じことなんて、今日という日には何一つ、そう、何一つ起こりはしない。
そして、新潟の夜も更けて。
2011年1月10日 § コメントする
「何か飲み物があればありがたいんですけどねえ」
厚かましくもそんなお願いをするクイ中3号。5チームが通されたのは、公民館2階の座敷。それぞれのチームが座り込むが、その間には微妙な隙間がある。ここは他のチームと親睦を深めるべきだろうか?いやしかし、みんな疲れてるだろうし、無神経なやつらだと思われるのも嫌だし・・・。そんな思いもあり、クイ中達は今一歩他チームとの会話に踏み出すことが出来ない。
「あれって、さっき使ってたやつの残りかね?」
「ん?そうっちゃう?」
見ると、おむすびが山となって、3枚の大皿に。ただし、どれがどれだかわからない。
「食べ比べればわかるかねえ?」
「無理。あんなもん、1回しか当たらんて」
そこに、矢野さんがペットボトル2本とコップを持ってきた。
「とりあえず、飲もか」
「あ、俺[なっちゃん]のリンゴがいい」
「はいはい。・・・コップ足らんね」
部屋にいるのは15人、コップの数はたぶん10に満たない。
「あ、僕らいらない」
と、言うチームもいたが、やっぱり足らない。
「うちら3人で1つ使うから、そっちで3つ使って」
と、クイ中達は山梨英和にコップを譲った。
「そう言やさ、これって当たってるのかな?」
「え?古賀ちゃん、それ当たり?」
古賀のつぶやきに反応した2人、その2人の声に反応した左隣の神奈川工業。
「・・・いや、『当たってるのかな?』って言っただけで、当たってるとは・・・」
「古賀ちゃーん、紛らわしいこと言わんといてー!」
「俺かー?やっぱり俺が悪いのか?」
「今のは古賀ちゃんが悪いやろー」
いつもの流れである。
「結構くさいよね」
とは、清水が聞き逃さなかった、東大寺学園のつぶやきである。彼らは、この旅の間ずっと同じ服のため、かなりきているらしい。だが、この部屋の中で着たきりでないのは、神奈川工業くらいであろう。
山梨英和も憶えている限りずっとあの[WeLove朗]のピンクシャツであったし、加治木高校もあのサウナスーツは暑くないのだろうか、少し心配である。
無論、川越クイ中もずっと同じ服装-アロハシャツもジーパンもパンツも-である。
山梨英和の1人が、背中の障子の向こうが気になったらしく、それを開けた。
「あ!なにかいる!」
ん?ゴキブリか?クイ中達がそう思っていると、
「あ、蝉だ」
とのこと。一昨日の、押金の予測どおり、彼女達はいいキャラクターを持っている。その押金も背中の襖の奥の部屋が気になったらしく、開けてみる。
「お?なんや、こっちの方が涼しいやん!」
「あ、ほんまやねえ」
「ん?なんかあるで」
見ると、床の間には武者人形が飾られていた。
「これは鑑定するといくらになるんでしょうかねえ?」
「50万くらいっちゃう?」
「マジっすか?」
あまり騒ぐのもよくないと思い、これくらいにしてもとの場所に戻る。
「ところでさ、なんでこんなところにトマトケチャップが置いてあるの?」
「なんでやろ?酒のつまみっちゃう?」
「えらいつまみやねえ。・・・ちょっとトイレ行ってくるわ」
「またトイレか、古賀ちゃん」
「これで今日は40回目やな?」
「記録更新おめでとう!」
「誰がそんなに行くかい!」
と、古賀は座敷を出た。恐らくこれはただの移動待ちではなくて、昨日と同じ、一種の[監禁]だろう。
と、古賀は思った。階下の会場を見る窓は全て曇りガラスか障子で-意図的であるにせよないにせよ-塞いである。たぶん、敗者復活クイズだろう。
「それ、もらっていいのかな?」
アルバイトスタッフの矢野さんが、高校生達に尋ねた。
「いいんじゃないすか?でもどれがどれだかわからんですよ」
「うまいこと当ててよ」
「もう2回目は無理だと思いますよ。・・・なんとなくこれかな?」
「ありがと。・・・」
「どうですか?」
「・・・あんまりおいしくない」
「あ、すいません。それならたぶんハズレのやつですわ」
「ところでさ、お世話になったうちからここに来るときに渡されたライトって返してくれた?」
矢野さん曰く、まだ見つからないらしい。現在何時か、時計を見るのも面倒くさいが、結構経っているのは確かであった。
「この扇風機、使えないのかなあ?」
と、神奈川工業の1人が部屋の真ん中に持ってきて、スイッチを入れた。
「あれ?これ動かない・・・」
「どうしたんすか?」
「スイッチが入らないの」
「ちょっといいですか?」
と、スイッチをひねるクイ中。だが、ひねれども回せども羽は回らずである。
「それじゃ高校生、出発しますよー」
と呼ばれたので、扇風機はそのままであった
「お!電波が立った!」
「え、ほんま?あ、留守電入っとる」
先の遠藤さんの言葉通り、原地区に泊まらない高校生達はその夜の宿舎に向かっていた。
「近くにコンビニあるかなあ?」
「なんで?」
「パンツと靴下買おうかなあって思って。特に靴下」
「ああ、2人は綱引きのときに脱がなかったもんね」
「ちょっと聞いてみよ。・・・すいません」
「何?」
「泊まるところの近くにコンビニってありますか?」
「うーん、たぶんないなあ。ありましたっけ?」
「ないね」
天満さんにも土居さんにもそう言われてはどうしようもない。勝ち抜け、脱落合わせて全10チームを乗せたバス-行きと同じようなバス-は、広い道からだんだんと細い道に入っていった。
なるほど、コンビニはなさそうである。そして、左手に見えてきたのは小出という駅であった。昨日に引き続いてか?嫌な予感はしたが、今夜は車中泊ということではなさそうである。駅前の[川善旅館]という旅館に到着した。時刻は11時を回っていた。
「なんかまともに風呂に入るのも久しぶりやなあ」
と、服を脱ぐクイ中3人。押金と清水は、ついでに靴下も洗うつもりらしい。
「うわ、ポケットにめっちゃ砂入っとる!」
「砂浜で結構倒れこんだでねえ」
「よっしゃ、一番乗りや」
と、扉を開ける。
「でも狭いねえ」
「こんなもんでしょ」
途中、矢野さんや、他のチームの面々も入ってくる。
「なんか、スタッフの人と風呂に入るのって面白いですねえ」
そういえば、今までまともに他チームやスタッフの人々と風呂に入ったことはなかった。押金と清水は出ても、相変わらず古賀は遅風呂である。久しぶりに、まともに湯船に浸かる古賀。左足の傷に、熱い湯がしみた。
「すいませ-ん、トイレってどこですかあ?」
風呂から出て、洗面所で靴下を絞っていた清水は、ふとトイレに行きたくなって、近くにいた加治木高校のメンバーに尋ねた。
「すぐそこですよ」
その言葉に後ろを向いて突き当たりまで行こうとした清水に、彼は再び言葉をかけた。
「・・・すぐそこですよ」
「え?」
「いや、後ろ・・・」
清水はその言葉に従って辺りを見回した。確かに、すぐ横にそれらしき扉がある。
「・・・あ、どうも」
「ちょっと、飲み物買いに行っていいですか?」
「あ、いいよ。あんまり遠くに行かないでね」
玄関の土居さんと天満さんに一声かけて、クイ中たちは旅館の外に出た。靴下は諦めたが、飲み物ぐらいは買っておきたい。
「遠いも近いもすぐそこなんやけどね」
「それな」
新潟の夜は、8月といえどもだいぶ涼しかった。それぞれ目的を果たし、3人は自室に戻った。
「明日何時起き?」
「6時半には出発らしいよ」
「んじゃ6時前、5時45分くらいか」
「ん?理事長からメール来てるわ。[どーよ?]だって。どーよ?」
「そやなあ、[爆勝コシヒカリ!]とでも入れといて。爆発の爆に勝利の勝やで」
「あ、笑うじゃないのね。了解」
と、古賀は押金の言葉に従って[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]と打ち込んだ。
「理事長、なんのこっちゃ?って感じやろね」
「それでわかったら凄いよ」
「まあ、残ってるってのはわかるでしょ。あ、プロ野球ニュースやってる?巨人どうなった?お!勝っとるやん!」
「なんや、負けりゃええのに。それにしてもTVもなんか久しぶりやわ」
「ズームインも見れやんもんね」
「明日もたぶん見れやんね」
「そやなあ。てか、靴下乾くかなあ?」
「どうでしょ?エアコンつけてりゃ乾燥するで乾くんちゃう?」
「だとええんやけどなあ。乾かんかったら乾かんかったやな」
清水は立ち上がって、再びアロハシャツの横に干してある靴下の状態を確かめた。3人とも、さすがにアロハで寝る気にはなれず、もう一着持ってきていたスペアのTシャツに久々に袖を通していた。但し、変わっているのはシャツのみで、ズボンもパンツもスペアはなしである。
「これってさ、目的地は東京じゃない?」
久しぶりに路線図をチェックしたクイ中達は、このままの針路を維持すれば、FIRE号は東京に向かうと判断した。
「佐渡ヶ島はなしかあ」
「ちょっと興味があったんだけどなあ」
「わからんよ。またスイッチバックするかも」
高校生クイズが養うものの第一には、疑う心がある。
「それじゃあ寝ますか」
「ん、おやすみ」
「おやすみー」
川越クイ中、その日の起床は午前5時55分-もしくは45分-、就寝は日付も変わっての午前0時30分であった。
川越高校、朝は早く夜も遅いという、長い長い2日目をようやく通過。無事に、という形容動詞をつけるには、あまりにもハードで、あまりにも大きな別れがあった1日である。ただ、それを越えるくらいの優しさにも助けられた。苦しい戦い、戦友との絆、旅先の恩、つくづく濃い1日が終わった。そして新潟の夜も更けて、3人が今するべきことは、やはり眠ることである。
輝く月の下、白い輝きは三分の一。
2011年1月10日 § コメントする
「中島誠之助先生でした。ありがとうございました!」
拍手に送られ、公民館前に待たせてあったらしいタクシーに乗って中島氏は原地区を後にした。
「通過クイズってどんなんなんやろね?」
「あれっちゃう?上から順に、1チームずつ問題が1問出されて、それに答えられれば通過。ダメなら列の後ろに戻ってもう一周」
「あ、あの司会用らしいテーブルみたいなやつの前で?」
「そうそう」
「それだと1番は他の様子が見れやんね」
「うん、そやね」
お宝はスタッフに回収され、準備は整ったらしい。
「それでは本番参りまーす。5秒前、4、3、」
例によって残りカウントは指で数えられ、収録は再開された。
「さあ、鑑定の結果はこのようになりましたが、つぎに皆さんを待つ通過クイズはこちらです!!」
羽鳥アナが手を伸ばしたその方向から、浴衣を着た女性が盆を持って歩いてきた。
「見えてきたでしょうか?」
その手の盆の上には、白い何かが3つ。
「何持ってんだあ?」
そのとき、古賀は全てを飲み込んだ。
「利き米や!」
「そう、こちらに3つのおむすびが用意してあります。皆さんもごちそうになったと思います。コシヒカリ、この中から、ここ魚沼産のコシヒカリを当てていただきます。題して、ザ・越後魚沼産おむすび当てクイズ!」
「うわー!」
「うそー!」
「ルールを説明します。皆さんが座っている順番にこの3つのおにぎりを30秒以内に食べ比べてもらい、1つだけある魚沼産コシヒカリで作ったおにぎりがどれかを答えていただきます。勝ち抜けチームは5チームです」
・・・こんなことなら、あの御飯をもう一杯食べておけばよかった。皆がそう思っているだろう。こんな形で半分も削ることに多少の理不尽さを感じながらも、クイ中達は約2時間前に食べていたあの御飯の味を反すうしようと努力していた。この形式なら、確かに自分達は有利だろう。
だからといって、実力かどうこうという問題でもないし、落としたときのリスクは鯨波の綱引きクイズ以上である。一度落とせば、勝ち抜けチーム数は5である、もう二度と順番が回ってこないかもしれない。抜けるには、当てるしかなかった。
「それでは、一番目は川越高校です。制限時間は30秒、よーい、スタート!」
とりあえず、光加減を見てみる。本物はツヤが違う、ような気がする。
「川越高校、まずはよく見ていますねえ」
次は味見である。時間は30秒、あまり頬張るのは得策ではない。それぞれの立ち位置から一番近いおにぎりを摘まむ。・・・まずい。なんじゃこりゃ?うちの米よりもマズイぞ。2番を摘まんだ押金は思った。
古賀にとって、3番のおむすびは結構おいしかった。これが当たりだろうか?だが、まだ2つ残っていた。次は右回りに食べるおむすびをチェンジ。・・・うまい!先程の2番とは、味に雲泥の差がある。
「めっちゃ3ぽい」
その言葉の根拠となるに値する味だ。・・・これは難しい。古賀は1番を食べて当惑した。こちらもうまいのである。こんな中から本物の魚沼コシヒカリを当てろと言うのか?胸のうちで毒づきながら、3つ目のおむすびである2番へと指を伸ばした。・・・これは違う。他の2つとの差が歴然としていた。1か、3。『めっちゃ3ぽい』と言ってしまった押金だったが、1番を食べてその意見が揺らいできた。こちらもうまい。クイ中達はそれぞれ3つを味見し、絞込みに入ろうとしていた。疑わしいものに手をつけ、摘まんで、口に運ぶ。
「時間です」
うそや!と、古賀はつぶやきたかった。30秒にしては短すぎる。
「どう?」
「・・・1か、3」
「2は違う・・・」
全く自信が持てない。
「それでは川越高校、答えは?」
古賀は、渡辺さん宅で一番御飯を食べた清水に手で合図した。清水は考えた。2は明らかに違う。問題は1と3。なんとなく、本当になんとなくだが、1番の方がおいしかったような気がした。1番は、米の香りがしたのである。あれだけの特盛をごちそうになったのだ。その舌がそう感じたのなら、その感覚に賭けよう。
「・・・1番」
・・・ティロリロリロリロリロン!!
「ウオー!」
「オッシャー!!」
「イヨッシャー!!」
「川越高校、見事正解です!」
「ハイ!」
「ハイ!」
「ハーイ!」
今までで一番リズミカルなハイタッチをそれぞれ交わしたクイ中達。
「いやあ、すごいねえ。どうだった?」
「おいしかったですから」
「渡辺さんちのお米は天下一品っすよ!」
「君は?」
「最っ高でしたね!」
「おめでとう!川越高校、勝ち抜けー!それじゃあ、せっかくだからおむすびも食べちゃって」
羽鳥アナのお言葉に甘え、3人それぞれおむすびを取り、脇に退がった。
スタッフの矢野さんからおしぼりと水も渡され、残りのおむすびを頬張る3人。空を見上げると、きれいな月である。
「すごすぎる」
「やりましたねえ」
「ほんとに当たっちゃうとはね」
「渡辺さんに感謝感謝だね」
「ほんま、新潟に足向けて寝れやんわ」
現在、味見中なのは2番手東大寺学園である。
「では、東大寺学園。答えは?」
「・・・2番」
・・・ティロリロリロリロリロン!
「うわっ」
「当ててきたねえ」
「来たねえ」
おにぎりを食べながら残りチームの動向をうかがっていると、次に正解のブザーを鳴らしたのは東大寺学園だった。清水-実は古賀もだったのだが-は、東大寺が落ちるとしたらおそらくここだろう、と考えていた。だからここで彼らが勝ち抜けてきたことに、正直なところ少々残念な気持ちもあった。が、もうしばらくこのクイズの名門、『東大寺学園』とともに旅を続けられることがうれしかった。
「おめでとう!」
「お疲れ!」
こちらに歩いてきた東大寺学園を拍手で迎えるクイ中達であった。
「なんか、これめっちゃまずいんやけど・・・」
とぼやいたのは清水である。彼が取ったのは、3人の誰もがニセモノと見抜くほどまずかった2番のおにぎりであった。
「あ、それきっと2番やわ。たぶん、当たりは俺が食ってるヤツだと思う」
「古賀ちゃんか、持ってったのは」
「古賀ちゃーん」
「俺か?俺が悪いのか?」
「おう、古賀ちゃんが悪い」
「ごーめーんー。許してーなー」
そんな会話の最中、次に正解のブザーを鳴らしたのは3番手加治木高校であった。
「すごいなあ。なんでこんなに当たるんやろ?」
クイ中達は半分勘で当たっているため、彼らにとって、この連続正解は驚嘆に値するものである。
「おめでとう!」
「すごいなあ。すぐにわかった?」
「なんか、1つだけまずいのがあった」
「あ、あれか。やっぱりあれはわかるんだ」
その次の金大附属、中央高校は連続してはずしてしまう。残り枠は後2つ、未試食のチームは次の神奈川工業を含めて5である。ティロリロリロリロン!
「お、ついに当てたか」
「女の子チームが残ったね」
「こうなると、金大と中央は厳しいよね。2周目に行くには4チーム連続ではずさなきゃいけないから」
続いては、神奈川工業と同じくメンバー全員が女子の山梨英和。
「・・・1番」
ティロリロリロリロン!ギリギリのところでの勝ち抜けである。彼女達も心からの
「おめでとう!」
との声と、拍手に迎えられた。
「あの3チームは特に辛いやろうな」
「何も出来ずに脱落やもんな」
「自分達の間違いならともかくな・・・」
「ありがとうございました!」
「次も頑張ってね」
「あ、そうだ。住所教えてもらえますか?」
おむすび当てクイズの収録終了後、少し自由時間があったので、クイ中達は渡辺さんにあらためて礼をつげに行った。古賀は、出来るときに尋ねておこうと渡辺さんにメモ帳を渡した。昼間の経験から、こういうことは出来るだけ早く聞いておくべきだと考え始めたのだ。
「それじゃ、勝者チームはこっちにきてくれる?」
スタッフに呼ばれて、3人は公民館の入り口に向かった。目を転じてみると、柏原チームが涙を流しているのが見えた。
月の輝く夜空の下、舌が憶える味の記憶を頼りに夜の部の勝ち抜けを決めた3人。自分達の力だけではきっと無理であった。旅先で受けた優しさ、絶対に忘れてはならない。
ルーペを通して見抜かれる価値は。
2011年1月10日 § コメントする
「おっしー。がんばってアピールしたってな。渡辺さんにも話題を振ったりしていけばいいと思
「あのさあ、かっちゃんがいろいろとしゃべってもらえやん?」
「あ、うん、ええよ。それじゃあ、ものすごく涙腺を誘うエピソードで、中島さんの心をしっかりとつかむわ」
こんなやり取りがなされている間に、鑑定は山梨英和高校へと移っていった。
「山梨英和高校って、清里に行く途中に寮があるでしょ?」
「はい」
「どんな子達が通ってる学校かと思ってたけど、やっと会えましたねえ」
「お?これは先生、評価上がりますか?」
「甘いからねえ」
「さあ山梨英和、アピールのチャンスですよ」
清里か・・・清泉寮でソフトクリーム食ったぐらいの記憶しかないなあ。
古賀の清里に関する知識はこの程度である。山梨英和が私立の学校だということは知っていたが、どうやら清里にある全寮制か、少なくとも寮付きの学校らしい、と古賀は勝手に解釈した。
「ぜひ、『いい仕事』のお言葉を」
ワラで作られた[せなっこうじ]を持ってきた英和高校、中島氏に果敢にアタックをかける。
「山梨英和、攻めてきましたねえ。先生、どうですか?」
「ええ、そりゃもうこれはいい仕事してますよ」
会場は大喝采。
「生『いい仕事』聞いちゃった」
「本物だよ」
クイ中達も大喜びである。
「でも仕事と値段は別ですからねえ。はい、出ました」
「それでは山梨英和高校の評価額はおいくらでしょうか?」
TVでやってるような、ティロロロロロロといった感じの音が流れると思っていたクイ中達にとっては、音もなく数字を出す電光掲示板は少し拍子抜けするものだった。まあ、コレがTVというものなのだろう。現れた数字は5000。やはり、ワラ細工では難しかったのだろうか?
「ほら、このシャッターの音。もうあんまりないよ、こんなにいい音だすのものは」
「カシャッ!」
その音に、会場からは溜息が漏れる。
「あちらにいる方のカメラなんですけど」
と、年季の入った一眼レフカメラを持ってきた佐賀西高校チームは、会場にいるお世話になったご家族の方を手で示した。
「あ、アルバムに写っていたお父さんとお母さんですか。どうぞこちらに」
と、羽鳥アナは夫妻を佐賀西の横へと呼んだ。夫妻はアピールを必死で考える清水ら、川越高校チームの横を通り過ぎた。
「あれいいね。僕らも渡辺さん来てるし、そこんとこもアピールしとこうか」
古賀の言葉に
「そこらへんはすでに計画済みさ。涙の出てくるようなエピソードで攻めるよ」
と、すでにアピールタイムのときに話すことが、大体頭の中でまとまった清水が答えた。
「おう、んじゃ頼むで」
正面に目を戻すと、電光掲示板が回り始めた。
「佐賀西高校の鑑定額は2500円でした。あっと、お父さん、がっくしと片膝をついてズボンが汚れてしまいました」
そんな値段にも関わらず、中島さんは
「音がいい」
と言って最後にまたシャッターを鳴らした。カシャッ!
白ヘルメットの金沢大学附属高校が持ってきたのは、いかにもな感じの古文書と古地図であった。
「なるほど、この辺りの地図ですかねえ」
と、中島氏もかなりの注目をしている。
「それでは、金沢大学附属高校、先生の鑑定はおいくらでしょう?」
結構高そうだな、そんな3人の予想に、数字はたがわなかった。
「金沢大学附属高校、35000円です!どういったものなんでしょうか、先生?」
「これはねえ、地図が高かったんですよ」
「それでは、石橋高校の評価額はおいくらでしょう?」
石橋高校チームが持ってきていたのは、南総里見八犬伝数冊であった。先の古文書と地図には結構な額がついたので、クイ中達もそれなりの額を予想していた。今のところ、トップバッターの東大寺学園に及ぶチームは現れていない。
「2000円!がっくし石橋高校」
「これはねえ、八犬伝は数が出てるんですよ。ですから、初版本でもない限り難しいんですよ。それと、全巻そろってないのが残念ですねえ」
やはり、見るべきところはきちんと見ている。
「戦争に関するアンティークとして見ちゃうと、どうしてもこんな値段になっちゃうんだよねえ。でもねえ、お金には出来ない価値があるんだから、大事にして欲しいですね」
柏原高校が持ってきた戦時中の水筒も3500円という大分低い評価となった。『お金に出来ない価値』という言葉も、鑑定額が低かった人を慰めるために言っているんだろうが、時には結構残酷な言葉にもなるよな、と古賀は思った。
カンフー服のメンバーを始めとした大阪市立中央高校チームは、珍しい2レンズのカメラを持ってきた。あの2レンズは、写真を撮影する上で一体どんな役に立っているのだろうか?
カメラに詳しくないのでよくわからない古賀に、もう1つある疑問が浮かんだ。なんか順番が妙な感じがするんだけどなあ。中央高校は、鯨波ではもう少し早く抜けていたと思うのだが。
「さあ、中央高校、先生の鑑定はおいくらでしょう?・・・28000円です!」
同じカメラだったが、中央と佐賀西は明暗を分ける結果となってしまった。
「こういうコレクションはですね、たまにあっちゃいけないコインが入ってたりするんですよね」
「つまりそれは…」
「ニセモノって事です。うん、これは大丈夫だね」
加治木高校が持ってきたのは、かなりの数の古銭コレクションである。まだ、東大寺学園を超える額を叩き出したチームはいない。今のところ、鑑定待ちをしているのは神奈川工業チームと川越高校チーム。
ここまでの順番がおかしいような気もしていたが、やはり綱引きの順なのだろう。ずっと綱を引いていた自分達に、抜けた高校の順番がきちんと憶えろと言う方が難しい。きっと思い違いだったのだ。
「よっしゃ、次やね」
「いよいよやな。かっちゃん、アピールはよろしくね」
「おう、任しといて」
「それでは、加治木高校の評価額はおいくらでしょう?」
43000円、東大寺には及ばなかったが、数が効いたのだろうか、なかなかの高額鑑定となった。よし、いよいよだ。クイ中達が、羽鳥アナの呼び声を待ち受けていたそのとき
「それでは、次は神奈川工業です」
どういうことだ?3人の脳裏に、同じ疑問が浮かんだ。綱引き勝ち抜けの順番なら、8番目が川越、9番目が神奈川工業だったはずである。よく考えてみれば、敗者復活の金大附属はだいぶ前に鑑定を終えている。
鑑定の順番の根拠は一体何なのか?そんなことを考えていると、既に神奈川工業のアピールは始まっていた。
「斧がキチンと取り外し出来るんですよ」
「ほうほう。あ、この、手にある本はきちんと文字が読めるんですねえ」
「ページもきちんとあるんですよ」
「ああ、これはさすがにいい仕事してますねえ」
「おおっと、また出ました、『いい仕事』です!」
神奈川工業が持ってきたのは、二宮金次郎の像であった。あれのでっかいやつは夜に運動場を走り回るんだよな、などと古賀は再び埒もないことを考えていた。
「さあ、神奈川工業、先生の鑑定はおいくらでしょう?」
赤い光が示したのは、12000円。クイ中達の予想よりも低い額であった。こうしてみると、東大寺の65000円はかなり高い壁だと言える。彼らはあれだけの数の写真から、よくいい写真を選んだものである。さて、次は自分達だ。3人は、今度こそ必ずかかるはずの、羽鳥アナの呼び声を待った。
「これはですね、私達がお世話になった、渡辺公一さん、あちらにいらっしゃるんですが」
と清水はその方向を手で示し、渡辺さんへ話を振る、という当初の計画をまず果たす。
「そちらのお宅にあった人形で、約240年間代々続くって言われる歴史の中で、いつ頃からあったのかわからないくらい古いんです。江戸時代末期か?なんて話も聞いて、その歴史に惹かれて選びました」
中島氏の眼が、人形の折れてる方の角に向いた。
「角が折れちゃってるんですけど、それすらもいつ折れたかわからないくらい古いんですよ」
古賀も、話題が折れている角に向く前に先手を打った。少しでも好意的に見てもらわなければならない。
「ああ、中にクモの巣張ってるねえ」
・・・やはり、見るところは見てくる人である。
「クモも安心して巣を張れるような、そんな場所なんですよ」
清水がかなり苦しい言い訳をして、話を丸くおさめた。
「さあ、川越高校もどんどんアピールしていかないと」
羽鳥アナがクイ中達を促す。
「でもこんな風に力強く見つめられるとやりづらいねえ。この人形、彼に似ていない?」
と、中島氏は清水と人形を見比べて言う。
「きっと縁があるんですよ」
と、古賀がもう一押し。その言葉には中島氏も苦笑いをし、それを見た古賀も深追いしすぎたと少し後悔した。
「それでは評価の方に参りましょうか。どれくらいになると思う?」
「そうですねえ・・・」
安いかもしれない、という不安を打ち砕くように
「10万円ぐらい、いや100万ぐらいかな」
と清水は言った。
「そうですかあ。じゃあ鑑定結果を見てみましょうか。川越高校、先生の鑑定はおいくらになるでしょう?」
くどいようだが、赤い明滅には電子音もドラムロールもない。いくらになるのか?
いつも清水が言うように、1番でなくてもいい。ただ勝ち抜けることが出来ればいい。だが、出来るだけ高額であってくれ・・・。クイ中達が注視する中で、赤い光はやはり音もなく数字を形作った
。1と、後は0の羅列。一瞬は、10000円かと思われた。とりあえず、下の方の桁から数えてみる。一、十、百、千、万、十万・・・。十万!?
「おおーっ!」
「あっ!!」
「うおーっ!」
「おっと、川越高校の鑑定額は100,000円です!」
「おっしゃーっ!」
「ヨッシャー!!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
古賀は、渡辺さんのいる方に向かって二度の礼をした。2人もそれに続いて礼をする。喜びのあまり、古賀は夜空を仰いでのガッツポーズ。
「先生、これはどういったものなんでしょうか?」
「これはですねえ、江戸時代後期に作られた泥人形ですね。残念なのは、この兜が折れちゃってるのよねえ。でもね、いいこと?お人形ってのは顔が命だから、ほらこれ、染み1つないでしょ?これが買えますね」
「よかったですねえ、川越高校。お父さんにもう一度お礼をしてね」
そのとおり、3人はもう一度深く礼をして1位の席に向かった。
「さあ、川越高校が1位に踊り出ました」
このテの関門で1位になれるとは、クイ中達も全く予想していなかった。渡辺さんに感謝しつつ、ルーペ越しに現れた価値を助けにして、次の関門、本当の問題に挑む。
本物を見抜く本物。
2011年1月10日 § コメントする
「もうどこかのチームが着いてるかね」
「さあ、どうでしょ?なんかあんまりいないみたいやけどねえ」
カメラクルー1班を引き連れたクイ中3人と渡辺さんが会場入り。しかし、まだどのチームも着いていなかったらしい。
「さあ、三重代表川越高校が一番乗りです。大事そうに風呂敷包みを持っていますねえ」
この場合、一番乗りには何か特典があるのだろうか?そんなことを考えながら、クイ中達は通されるままに羽鳥アナの近くへと陣取った。
「お宝は見つかりましたか?」
「はい、このとおりです」
「どうでした、夕御飯は?」
「刺身とか、いごっていう料理もごちそうになりました」
「いごってなんですか?」
「なんか、海藻を煮詰めたものを固めた料理らしいです」
「へえ、他には?ご飯はどうだった?」
「もちろんおいしかったです。本場のコシヒカリですから」
「魚沼の米ですよ」
「いいですねえ、司会の僕は晩御飯まだなんですよ」
「あ、そうなんすか?」
そういえば、羽鳥アナと本格的に絡むのは初めてではなかろうか?そう思った矢先に、次のチームがやってきた。
「さあ、次のチームは奈良代表東大寺学園です」
彼らの包みは長細いものであった。
「何持ってきたん?」
クイ中達は、羽鳥アナとのトークを終えた東大寺に探りを入れてみたりする。
「掛軸。そっちは?」
「人形。自信ある?」
「ないねえ」
掛軸・・・鑑定品目の王道である。
「ライトはどうしました?」
突然、スタッフの人が聞いてきた。どうやら、渡辺さんが渡されたライトのことらしい。
「あ、それなら僕らがお世話になった渡辺さんが持ってますよ」
「あ、そう。ありがとう」
・・・ところで、あまり考えていなかったのだが本当にお宝鑑定をするのだろうか?いきなり、『その重さによって、このクイズの結果が左右されます』なんてことにならないだろうか?などという埒もない考えが古賀の脳裏に浮かんだ。だが、それもすぐに消し飛んだ。高校生クイズとはいえ、そこまでひねることはないだろう。それに、重さネタは既に今日行われている。
「どうでした、御飯は?」
「おいしかったんですけど、食べてる途中に電話がかかってきて、ほとんど食べられなかったんです」
「それは軽ーい司会者批判ですか?」
山梨英和高校の女の子の苦情に、上手く切り返す羽鳥アナ。会場は笑いに包まれる。彼は福澤アナの代役を見事に果たしているな。クイ中達は、羽鳥アナのことを高く評価していた。全チームが会場に到着して少し、どこかで見たような、眼鏡にスーツ姿の男性が櫓前のテーブルに着いた。
「なあ古賀ちゃん。あれって、『いい仕事』のあの人っちゃう?」
「え?あ、ほんまや!本物の中島誠之助や!『いい仕事』や!」
彼が出向いたということは、やはりお宝鑑定を行うのだろう。なにやらスタッフと打ち合わせをしたらしい彼は、公民館の方へと戻っていった。まもなく本番である。
「本番5秒前、4、3・・・」
2,1、0は指で示され、夜の部の本番が始まった。
「ええ、皆さんにお宝を持ってきてもらいました。これからですね、そのお宝を鑑定いたします。鑑定と言えばこの方です、中島誠之助先生でございます。どうぞー!」
「はい、どうもどうも」
「本物です!いい仕事をしております!よろしくお願いします」
会場を包む拍手。かなりの数の人が集まっているようだ。夜だからそう感じるのか、夕方よりも人が多いような気がする。
「ここではみなさんが持ってきたお宝を鑑定し、その順位によって通過クイズに挑む順番を決定いたします。勝ち抜けチーム数は5です。それでは鑑定の方に参りましょう。トップバッターは、奈良代表、東大寺学園」
なるほど、ここも綱引きの順らしい。まあここは、先に行っても後に行っても大して変わらないだろう。
「東大寺が持ってきたのは、掛軸ですねえ」
「なるほど、いきなり掛軸ですか。はい、それじゃここを持ってね」
と、中島氏は東大寺チームの1人に掛軸の端を持たせて、つつーっとそれを広げた。その手の動きにも、プロの技のようなものが感じられる。
「『ほうがんしじょうめい・・・なんとか』って書いてありますねえ。これは部屋かどこかに飾ってあったものだね?」
「はい」
「ああ、ほら、この軸のところに埃が」
「あ、先生、そんなところまで」
と羽鳥アナが言葉をかけようとすると、中島氏は息を吹きかけて埃を散らせた。やはりプロらしい。
「さあ、東大寺学園の評価額はおいくらでしょう?」
会場の全員の眼が、電光掲示板に釘付けとなった。それは、赤い光の棒を音もなく明滅させ、そして5つの数字を示した。
「65,000円です!」
はたしてこの金額は高いのだろうか?それとも、それほどでもないのだろうか?彼らがトップバッターであるゆえに、3人は決めあぐねた。
本物を見抜く、本物の鑑定人が現れた。それぞれのチームが、自分達の持ってきた品を、期待と不安を込めて見つめている。中島氏の鑑定する、宝の過去が持つ価値。それに、彼らはどんな未来を見出せるのか?それを見抜くことだけは、どんな鑑定士にも難しいだろう。
古さで勝負、歴史の重さを心の頼みに。
2011年1月10日 § コメントする
「この家で一番古い品ってなんですかねえ?」
「一番古いとなると、これかねえ。ちょっと角が折れてるけど」
と、渡辺さんが手で示したのは、言葉通りの古さを感じさせる人形だった。
「武者人形・・・」
確かに、向かって右側の角が折れてしまっているが、それ以外は色も鮮やかで勇ましさの感じられる人形である。材質は、泥のようである。
「何かエピソードか何かは?」
「エピソードねえ。それはうちのじいちゃんの方が」
と、渡辺さんはお父さんに話を振る。
「うーん、なにせ、あんまり古くてわかんないんだよねえ」
「・・・なるほど。この角が壊れたのはいつくらいに?」
「それもわかんないんだよねえ。かなり古いからねえ」
「この家は大体何年くらい続いてるんですか?」
「そうだなあ、大体240年くらいかなあ」
「じゃあこの人形はずっとこの家にあるんですか?」
「そうだねえ。もの心ついたときにはあったから、全然わからんね」
「んじゃあ、これは第一候補やね。何か他に良さそうなものありますかね?」
「んー、どうだろうねえ」
とりあえず、3人で部屋を探し回ることに。
「あの額に入ってる書はどういったものですか?」
「うーん、あれは大臣になった人の書いたやつだけど、結構新しいからねえ」
「そうですか」
「あの壺なんてどんなもんですか?」
「あれは何かのお祝いにもらったやつだからねえ」
「それじゃこの掛け軸は?」
「それもそんなに大したことないはずだよ」
「・・・どうします?」
「やっぱりあの人形かなあ?」
「・・・そやね。価値はわからんけど、古さなら十分やからね。そっちで勝負しましょうや」
「よし、そうしよ」
「決まった?それならきちんとお願いしようか」
「それじゃ、この人形をお借りします」
「どうぞ。風呂敷か何かに包んだ方がいいね」
と、風呂敷まで持ってきてくれた。
「すいません、トイレお借りしてもよろしいですか?」
「あ、どうぞ。そこの扉を出て、奥に少し行ったら右側ですよ」
「あ、どうもすいません」
「古賀ちゃん、またトイレか?」
「ええやん、行かせてえな」
と、古賀はトイレを探しに向かった。彼がトイレの間に、押金が人形を梱包する。大切なお宝に、何かあっては事である。
「それでいいの?」
スタッフ氏が清水に話し掛けてきた。
「はい」
このおじさん、この期に及んで何を言ってくれるのか?
「本当にそれでいいの?」
「はい。僕らは古さで勝負しますから」
少しして、古賀が戻ってきた。
「・・・?この鉄瓶は?」
「あ、それももらったものだから」
「あ、そうですか。ところで、ここには囲炉裏があったんですか?」
すると、おじいさんがやってきた。
「そうそう。この部屋の壁は黒くなってるだろ?火を焚くとススがでるだろ?それが壁に付くんだ。このススが虫を防いでね」
「・・・じいちゃん、趣旨が変わってきてるよ。家自慢じゃないんだから」
「そうか?」
渡辺家のおじいちゃん、お孫さんにツッコミをいれられる。時計を見ると、時間ももう頃合である。
「それじゃ、もうそろそろ行こうか」
「そやね」
と、立ち上がったそのとき
「テーブルこのままで行くのかい?」
つくづくもっともな事だ。食べっぱなしでは失礼至極である。
「んじゃ、持ってきますわ」
「ああ、いいよいいよ」
「じゃあ、せめて盆の上にだけでも」
と、3人は卓上の皿を盆に片付ける。
「一緒に来て頂けますか?」
「いいですよ」
快く同行を引き受けて下さった渡辺さんと共に、クイ中達は玄関に立った。
「じゃあお人形お借りします!」
「御飯、ごちそうさまでした!」
「お世話になりました!」
心からのお礼を言い、武者人形と荷物を持って、3人は渡辺さん宅を出た。
「それじゃお父さんにこのライトをもってもらいましょうか」
「はい」
と、渡辺さんはスタッフ氏から携行ライトを受け取った。時計を見ると、まだ8時10分。5分もあれば余裕で会場まで着ける。急ぐ必要もないだろう。
写真を選ぶ前から、遅かれ早かれこのような形でクイズが行われるのは予想はされていた。不安を無視することは不可能だが、今更じたばたしても仕方がなかった。『古さで勝負』の言葉は強がりのそれかもしれない。
だが、今は手にある人形が見てきた歴史を信じたかった。
輝く御飯と、特盛と、電話のベルと。
2011年1月10日 § コメントする
中に通された3人がまず見たのは、テーブルの上に並べられた料理の数々であった。とりあえず、着席。テーブルを隔てて左前方のTVを見ると、中日の選手がバッターボックスに立っていた。
すると、スタッフがチャンネルをいじって巨人戦に変えた。さすがに他局の野球を放送しているTVの撮影は出来ないのだろう。照明の調節やらカメラの調整やらが行われている間に、3人は部屋の隅に据え付けられたCCDを発見した。とりあえず、手を振ってみる。あらためて家族の皆さん-渡辺さん、奥さん、お父さん、息子さん-に自己紹介をしたクイ中達。
「それじゃあ食べてください」
と言われて、箸を取り、待ち望んでいた食事の時を迎える。そこに、奥さんがお盆に御飯をのせてやってきた。
「自分のところの田んぼで作ったお米ですからね」
「正真正銘、魚沼のコシヒカリ」
「え?本当すか!?」
「野菜もほとんどうちで作ったものですよ」
このとき3人は、原という地区の名前しか教えられていなかったこの地一体が、おいしい米で名高いあの魚沼だということを初めて知る。
「やっぱね、ツヤが違うね、ツヤが」
と、清水。
「頂きまーす!」
と3人は輝く御飯を口に運ぶ。古賀の感動は言葉にならず、眼をつむって、ただただうなずくだけであった。
「温かい御飯なんていつ以来やろ?」
ようやく古賀の口から出た言葉。思えば、品川を発って以来温かい御飯とは縁遠い旅が続いていたものである。
「どんな風な旅をしてきたの?」
「はい。ええと、まず東京の品川駅を出まして、そこから山梨まで電車で行きましたね」
「その山梨の夜に、46チームで早押しクイズをやりましたね。一応一抜けでした」
「へえ、それはすごいねえ」
「その夜は電車の中で寝まして、その間に長野を通過しました。直江津のあたりで少しずつ落とされて、鯨波海岸ってところで綱引きクイズをやったんですよ」
「綱引きクイズ?」
「はい、全チームが半分に分かれて、それで綱引きをするんです。引き勝った方の先頭チームがクイズに答えて、さらに通過クイズをするんです。ダメだったら列の一番後ろに戻って、またもう一周。僕らは結局9チーム通過のうちの8番目でした」
「もう一生分綱引きをしましたね」
「普通は1年に1回するかしないかやもんね」
「ところで、こちらではお米と野菜以外に何か作ってるんですか?」
「花を作ってるね。あの仏壇に飾ってある花もうちで作った花なんだよ」
「へえ」テーブルの上には刺身や肉、野菜と盛り沢山である。その中の1つが古賀の目を惹いた。「これなんですか?」
「これは[いご]といって、海藻を煮詰めたものを固めたものです。うちのが作ったんですよ」
「へえ」
と、古賀は皿に取って口に運ぶ。独特の味わいである。
「あ、結構おいしいです」
「あ、古賀ちゃん、醤油取って」
「はいよ」
古賀以外の2人も食が進んでいる。今までのような緊張の直後の食事ではないためであろう。
「おかわりはどうですか?」
「あ、いいんですか?頂きます」
だが、おかわり1号は古賀であった。
「そういえば、三重の川越町ってどこかわかります?」
「さあ、ちょっと知らないねえ」
「埼玉の方は有名だけどねえ」息子さんも知らない様である。「よく言われます。桑名市ってわかりますよね?」
「はい」
「四日市市もわかりますよね?ちょうどその間にある結構小さな町ですよ。何で有名だろう?」
「火力発電所じゃない?」
「まあ、そんくらいの町です」
「でも優勝出来れば結構有名になるんじゃない?」
「出来ればいいんですけどねえ」
「そう言えば、優勝の賞品は何なの?」
「『21世紀、新世紀への旅』って言ってますけどねえ。要は世界で一番早い初日の出が見れる旅だとか」
「『それならトンガ王国だ』ってうちのある先生が言ってましたけどねえ」
「へえ。君達海外旅行は?」
「僕らはないですねえ。古賀ちゃんぐらいか?」
「あ、そうや。春休みに学校の海外研修に行ったわ」
「それは何かの試験か何かがあって?」
「いや、行きたい人が自腹で行く研修です。春休みの2週間ぐらいでしたかね」
「うちの学校、英語に力入れてましてね、僕のクラスからも1人、1年間の海外留学に行きました」
「あ、僕らのクラスからも行ったよね?」
「おお、行った行った」
「おかわりどうします?」
再三おかわりを勧めてくださるので、断ると失礼かなと思った清水は
「あ、じゃあ少しだけお願いします」
と言い、茶碗を差し出した。奥さんが戻ってきて、その手の盆にのせられていた茶碗を見たとき、清水はびっくりした。大盛、いや、むしろ特盛という形容の方が正確だろう。
「かっちゃん食えよ」
「出されたものは食うのが礼儀やぞ」
「全然オッケー。なんたって本場のコシヒカリだからさあ」
と、清水はその茶碗に箸を運んだ。食べきれるだろうか、という不安はあったものの、清水は勢いよく目の前の特盛を食べ始めた。
「お父さんのコップが空だけど」
と、スタッフの声。
「おっしー、お酌して」
との言葉に、リーダー押金は立ち上がる。まず、
「あ、どうも」
と言う渡辺さんにお注ぎする。次の息子さんには、「あ、俺は飲まないから」と言われたのでビンを置いて席に戻る。
「俺お酌なんて生まれて初めて」
「うそ?」
「ほんまに?」
「お父さんには?」
「ない」
スタッフの誘導から、息子さんがパソコンで作成した、祭のポスターのことが話題になっていた。その途中、不意に部屋の電話が鳴った。「はい、はい。高校生の方と代わってくれって」と、奥さんが押金に受話器を差し出した。
「はい、お電話代わりました」
『こんばんは、司会の羽鳥です』
「あ、こんばんは」
『御飯頂いてますか?』
「あ、はい」
羽鳥アナ直々に電話をかけてきたということは・・・、押金は思った。なにかあるってことじゃないだろうか?
『これからクイズを行います。よく聞いてください。そのお宅にある一番古くて価値のあるお宝を、8時15分までに探してお祭の会場まで持ってきてください。よろしいですか?』
「あ、はい」
この番組が、今日という日を易々と終わらせてくれるはずもない。そう思いながら、押金はチームメイトに電話の内容を告げた。
「クイズだって」
「エエーッ!?」
「マジでー!?」
「モ―――――ッ!!」あの『今日は畳の上でゆっくりと』って言葉はなんだったんやねん!と、胸の内で毒づきながらも、古賀は「んで、どんなクイズ?」と尋ねた。「何か、この家で一番古くて価値のあるお宝を探して、8時15分までに例の祭の会場まで持って来いってさ」
「・・・今何時?」
「・・・7時40分」
「そんなにゆっくりしとれやんね」
「それじゃ早速探したいんですけどいいですか?」
「家の中を探して回るんだから、きちんとお願いした方がいいんじゃない?」とスタッフ氏。やはりもっともな話である。3人は起立。「ごちそうさまでした。家の中を探してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。ところで、何かよさそうなものありますか?」
「それじゃこっちに」
輝く御飯に感動し、特盛に驚いた3人だったが、その幸せも、電話のベルに終結を迎える。
高校生クイズをなめると痛い目に遭う。その言葉を忘れてかけていた罰を身をもって受け、クイ中達はこの夜本当の関門に挑み始める。