始まりの時は満ちて。

2011年1月23日 § コメントする

青い扉をくぐってまず古賀が見たのは、たくさんのスタッフだった。前にはパイプ椅子が並べられ、スーツ姿の男性が数人座っている。まだ数に余裕があるところを見ると、まだ人は来るのだろう。

長く黒いカーテンで囲まれたスタジオの中心を押金が見ると、3つの早押し台と1つの司会者台があった。3つの早押し台には、それぞれのチーム名が白く刻まれたプレートが置かれている。

清水がその台の背後を見ると、『All Japan High School Quiz Championship』という文字のブロックが吊るされていた。・・・これ、日野春の使い回しだな。彼は見るなりそう思った。そして、それぞれの台についた3チーム。正面向かって右が神奈川工業、左が東大寺学園、そして真ん中が川越高校である。

「それじゃ、マイクとボタンのチェックをします。東大寺から順番にボタンを押して、大きな声でチーム名を叫んで下さい。それじゃ、まず東大寺」

パン!

 

「東大寺学園!」

 

「はい、それじゃ川越」

パン!

「・・・せ~の、川越高校!」

 

「最後、神奈川工業」

パン!

「神奈川工業!」

 

「ハイ、ありがとう」

装置の試験が終わったところで、

「よろしくお願いしまーす!」

と、9人の前に再び福澤アナが姿を現した。手には何枚かのカードを持っている。あれに決勝問題が書かれているのだろう。彼は、パラパラとそれに目を通し、司会者台でトントンと揃え、そして口を開いた。

「それじゃあ、参りましょうか」

スタッフの動きが少し大きくなった。クイ中達も、来るべきときが来た、という表情で福澤アナを見た。

「じゃあね、照明は上からだから、顔はちょっと上目にしておいた方がいいね。1チームずつ紹介していきますから、ライトで照らされたときにはまっすぐ前を向いて。インタビューなんかをしていくけれども、そんなに深く考えずに、緊張を解くくらいのものと思ってもらえればいいからね。カタくならなくても、オンエアではほとんど使われないから。僕の言ってることすらほとんどカットされちゃうくらいだから」

彼は9人にそう言葉をかける。言われるように正面を向いた古賀は、暗いスタジオを見回した。

映す側-つまり視る側-から見たスタジオは立派だが、こうして映される側から見てみると結構殺風景で、遊びの空間も多いように感じられる。ただ、これが普通なのかそうでないのかまでは彼には判じかねた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」

「お願いしまーす!」

「それでは本番参りまーす!5秒前、4、3、・・・」

「今世紀最後の夏を最高の夏に最高の夏にするのは一体どのチームでありましょうか?ライオンスペシャル全国高等学校クイズ選手権。3日間に渡って走り続けた特Q!FIRE号の旅。走行距離、およそ730キロ。駆け抜けた駅の数、163駅。50チームによって、しのぎを削りました。いよいよその、クライマックス、決勝戦を迎えようとしています。さあそれでは、日本一をかけて戦う3チームを紹介いたしましょう。まずは、神奈川県代表、神奈川工業高等学校!」

パチパチパチパチ!スタジオ内に拍手が響いた。

 

「私ですね、素直に言わせて頂くと、君達がここまで来るとは思っていませんでした」

「ハハハ!」

 

スタジオの全員に笑顔が浮かぶ。・・・正直に言わせてもらえれば、失礼ながら自分もそうだった。と、思っていたのは古賀である。4日前の機山館での開会式で

 

「天然ぽいね」

 

などという会話を押金と交わしたことを彼は思い出していた。よく思い出してみれば、クイ中達の両サイドに立っているチームは、両方ともあのとき彼らの話にのぼったチームである。感慨深いものがあった。

 

「ではお隣です。三重県代表、川越高等学校!」

 

パチパチパチ!クイ中達は、深く礼をした。

 

「埼玉の川越高校ではありません、ということをしっかりと言っておかなければいけませんねえ。いろんな人から、『埼玉の川越高校でしょ?』とか言われるの?」

「はい」

「かなり・・・」

「はあ、そういうときは何て答えるんですか?」

・・・しまった、そこは普通にノーマークだった。クイ中達はそう思った。なんだかんだ言いながらもイッパイイッパイで、インタビュー対策はしていなかったのである。

・・・くそっ、何か考えてくりゃよかった。そうは思ったものの、後悔先に立たずである。

 

「・・・『三重です』と」

「『三重県の、川越高校です』と」

・・・普通だ。どっちつかずは逆に救えないんだろうな。

「はあ。さて、三重県代表が決勝進出を果たしたのは・・・」

・・・初めて、とクイ中の誰もが思った。

「第2回大会の県立伊勢高校以来2度目です」

「・・・へえ、そうだったんや」

「てっきり初めてかと思っとった」

「俺も」

つぶやく3人。

 

「そのときの成績は第3位ですね。2位以上になれば、歴代の三重県代表としては最高の成績となります」

「ところで、川越高校は県下でも有数の進学校らしいですねえ」

「・・・そうなんですか?」

と、懲りずに古賀。半ば本音である。・・・進学校は進学校だが、『県下有数』と言われては素直に首を縦に振れない。だが、言った後で悔やんだ。万が一放送されたら、リアルに痛い。

 

「素晴らしい学校です」

 

見ていられず、清水はフォローに入った。・・・古賀ちゃん、無理をするな。

 

「さて、まずは古賀君。今回のクイズで一番印象深かったことは何ですか?」

「・・・そうですね、日野春で一抜け出来たことと、鯨波で一生分綱を引いたことですかね」

「そうですか。学校ではバドミントン部に所属しているんですか。スポーツマンなんですね~」

断崖の際を行く古賀に、さらに追い討ちがかかった。・・・なぜ、ここにきて部活の話題にいくんですか、福澤さん!?本気でそう思った。

 

「はい、まあ」

 

・・・部活関係を突っ込んでも、何も出てこないんですよ。申し込み用紙には『得意技・もののけ姫』だとか、もっと掘り出し甲斐のあるネタを書いておいたのに・・・。

 

「腕前としては、どんな塩梅なの?」

 

この質問は古賀にとってトドメに等しいものだった。クイズにかまけて部活や練習会をサボった高校生に、その実力を聞いてはならない。

 

「・・・ボチボチ、ってところですかね」

 

彼の心中を知ってか知らずか-おそらくは後者だろうが-、福澤アナは追撃の手を緩めなかった。

 

「ボチボチというと?」

「・・・え~と、1回戦負けです」

・・・十中八九、カットだな。

 

「はあ、なるほど。さて、お父様の一孝さんからのメッセージです」

 

神奈川工業へのメッセージは全てそれぞれの母親からのものだったので、古賀は苦笑しながら少し不思議に思った。男子は父親からなのか?などと無根拠なことも考えている中、福澤アナは続けた。

 

「『自分の目指す物が手の届くところまできたのだから、悔いのないよう全力で頑張って下さい』と、結構冷静におっしゃっていたそうです」

自分で予想していた以上に感謝して聞いていた古賀に、福澤アナはまだ続けた。

 

「続いて、お母様の典子さんからのメッセージです」

 

・・・合わせ技ですか・・・。これには古賀も意表を衝かれた。

 

「『驚きました。まさか決勝までいってしまうなんて。今は、優勝して欲しいのが半分、して欲しくないのが半分です』と、いうことです。これ、どういうことなんでしょうかねえ?」

「・・・どういうことなんでしょう?」

 

そうは言いながらも、古賀は思った。うちの母親、目立つことがあんまり好きじゃないからなあ。

 

「続いて清水君」

「はい」

「お母さんの貴美子さんからのメッセージです。『そうなんですか!?せっかくそこまで行くことができたのだから、悔いのないようにがんばりなさい』とのことです。お母さん結果とか知らなかったみたいですね。旅の途中に連絡取ったりしていなかったの?」

「ええ、あまり・・・」

「そっかあ、じゃあけっこうサッパリした関係なんだねえ」

「そうですねえ、わりと」

 

別に仲が悪いわけではないが、これといって連絡してもしょうがないだろう、と思っていた清水は、この旅の間、家とほとんど連絡を取っていなかったことに気がついた。

しかし家出をしているわけでもないし、所在は分かっているのだから問題はない、と彼は一人で結論を出していた。

 

「押金君、お母さんの節子さんからメッセージ頂戴しました」

 

押金も苦笑した。

 

「『えらいことになりました!本人も、何があるかわからないと言っていたのでビックリです。今、家族は大いに盛り上がっています!』」

・・・盛り上がるだろうなあ。なにせ言った本人が一番驚いているんだから。押金は思った。

 

「という川越高校、埼玉県じゃありません、といったところで頑張って下さいね」

「さて、最後は奈良県代表、東大寺学園高等学校!」

パチパチパチパチ!

 

「名門東大寺であります。もし優勝すれば、同一高での2度目の優勝という快挙ですよ」

同一校でニ度目の優勝。意外と言えば意外なのだが、これまで19回行われた大会で同じ学校が二度優勝したことはない、らしい。確かに、クイ研が図書室に入れてもらった高校生クイズ第1回から第15回までの本に載っている優勝校はすべて違っていた。本が発行されなくなったそれ以降の大会でも、連続地区代表はあった-クイ中達の乏しい記憶では今回の高知県代表もそうであった-にせよ、二度の優勝をした学校はない。

 

「ラーメンが好きで、近畿のおいしい店は大体食べ歩きました」

 

と言う室田君に対し、福澤アナは店の名前を尋ねてメモを取って笑いを誘った。

・・・それにしても、まさか、東大寺と決勝で戦うことになるとは。それはクイ中全員の思いだった。3人にとって、東大寺は、甲子園で言えばPL学園のような存在なのである。

この旅では、いつでも彼らの危なげのない戦いぶり-この点では、川越クイ中と本当に対照的である-を驚きの眼で見てきた。・・・だが、ここまで来たからには、無様な戦いはできない。これが3人の総意だった。

 

「ではルールを説明します。ルールは、問答無用の早押しクイズです。お手つき誤答はマイナス1ポイントです。10ポイント先取で優勝決定、今世紀最後の高校生クイズ、第20回記念大会のチャンピオンと輝くわけでありますねえ」

福澤アナがルールを説明した。恐らく、この第20回大会で一番説明が楽なクイズだろう。

 

「・・・ちょっと手の重ね方を変えてみやん?」

 

清水が口を開いた。

 

「どういう風に?」

「古賀ちゃんと僕は手の平じゃなくて、指をボタンに置くんさ。んで、おっしーはその上に手を重ねる。これでそれぞれの力がボタンに伝わりやすいやろ?」

「お、そやね」

「じゃあこれでいこうか」

 

3人は清水の提案通りに手を重ね、クイ研の団扇は腰の後ろのベルトに差し、そして、始まりの時は満ちた。

 

 

「・・・それでは、参りましょう!ライオンスペシャル第20回全国高等学校クイズ選手権、決勝戦!

 

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戦いの扉の先。

2011年1月22日 § コメントする

古賀が日本テレビの扉をくぐって初めて思ったこと、それはやっぱり『マイスタ』のことだった。

彼は、あのスタジオはてっきり入り口すぐ側にあって、だから福澤さんや羽鳥さんはあんなに簡単に出入り出来ているのだと思っていた。

しかし、彼が建物に入ってすぐに目にしたのは、スタジオではなく2階に続く階段だった。よくよく考えれば普通はそうだよなあ、とやはり1人で納得しながら彼は他の8人と共に3人のスタッフに連れられて階段を昇り、2階へ。富田氏は、やはり手続きがあるのか受付けに行き、高校生たちはロビーのソファーで座って待つ。少し経つと呼ばれ、何やら書類にサインを求められた。

TV局に一般人が入るのは、こんなに面倒なことなんだなあと思いながら名前を書くクイ中達。その隣では、土居さんと矢野さんも同じ書類に名前を書いていた。

 

「あれ?2人もかかなきゃいけないんですか?」

 

「そうだよ。だって俺達バイトだもん」

 

「あ、そっか。でも、一応スタッフだから通してもらえるんじゃないんですか?」

 

「正社員じゃないからね」

 

「そういうもんなんすかー」

 

所定の欄を埋めて受付けの人に渡すと、なんだろう君のマークが入ったチケットのようなものを渡された。それには『1回入構許可証』と印刷されている。

 

「それを守衛さんに渡してゲートを通って」

 

と言われ、各々制服姿の守衛さんにゲートを開けてもらう。古賀は以前、TV局はテロなどによる乗っ取りの危険性を小さくするために、階段などの構造が複雑になっていたりセキュリティが厳しくなっていたりすると聞いたことがあったが、今その片鱗を身を持って味わった。

 

相変わらず重い荷物を担ぎながら、富田氏に従って歩く11人。

気象予報室と貼り紙された部屋や『ゴールデンタイム視聴率三冠王!』という社内ポスターなどの前を通り過ぎた先に、幾つかの椅子が並んだ広めのロビーがあった。そこでタバコを吸う人には、数人見覚えのある人が混じっている。

そして、その先には青く大きな両開きの扉。

 

「・・・このスタジオか」

 

誰ともなくつぶやいた。

 

「それじゃ、こっちに控え室があるから」

 

と、9人はその青い扉の横にある扉から、控え室に通された。

 

「お、いわゆる楽屋ですか?」

 

と古賀。

 

「あ、お菓子とジュースがある!」

 

との声も。確かに、テーブルの上を見ると菓子類盛り合わせとペットボトルが数本ある。お菓子はともかくとして、暑いので飲み物はクイ中達にとって嬉しいものだった。

 

 

「うわ!めっちゃ柔らかいやん!」

 

「何か、体操とかバレエとかやってたん?」

 

「いや、この子の趣味は柔軟体操だから」

 

「あ、そうなんすか」

 

楽屋では、神奈川工業の藤田さんがその柔軟性を披露していた。それに対抗して土居さんも挑戦してみるが、結果は、古賀に最高のシャッターチャンスを与えただけだった。

決勝戦は2時から行われると言われているが、まだ1時20分過ぎで時間は沢山ある。

東大寺、神奈川工業、そして川越の3チームは、決勝直前とは思えないほど和やかな雰囲気の中で待ち時間を過ごしていた。もっとピリピリしたムードを想像していた古賀にとってはそれが少し意外だった。

彼のイメージでは、こういうときにはそれぞれのチームが別の個所に固まって、話すときも小声で、というようになっていたのだ。だが、今の状況はそれとは全く逆であり、全員でテーブルを囲み、大声で談笑までしている。

彼にとってそれは嬉しかった。そして、もっと言ってしまえば、あえて決勝をやる必要はないんじゃないかとまで思い始めていた。しかし、その考えは振り切らなければならないとも自分でわかっている。ここまで来たら最後まではっきりとケリをつけなければ気がすまないのは、誰であろう自分自身なのだ。

決着をつけたい、つけたくない。両方ともが同じように自分の思いなのだと知っているからこそ、クイ中3号の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。そして、それは1号と2号も一緒だった。

この時間が、クイズも何も関係のない、ただ楽しい旅の延長のような気がしてならないのである。振り払おうとしても、雲はなかなか晴れない。そんな小さな葛藤を、彼らが笑顔の下で繰り返していたとき、どこへ行っていたのかいなくなっていた富田プロデューサーが控え室に戻ってきた。

 

「どのチームが優勝すると思う?」

 

ふと、彼は3チームにそんな疑問をぶつける。

・・・この人は自分達に、決勝前から心理戦でもやらせようってのか?

と、古賀は思った。だが、サッカーや柔道などならともかく、クイズでは必勝の秘策などないのだから腹を探り合っても仕方ない。ならばMr.Tはどんな意図で質問をしたのだろう?そうは考えながらも、質問に対する答えは決めた。

一瞬だけ横に座るチームメイトの眼を見たが、2人の選ぶ答えもきっと同じだろう。

 

・・・

 

「なんで私らのとこにはどこも指ささないの?」

 

と、冗談ぽく言った神奈川工業の3人。その彼女達は東大寺を指し、東大寺は川越を指していた。

流れとしては、クイ中達は神奈川工業を指すべきだったろう。

しかし、彼女達には悪いと思ったが、ずっと憧れてきた東大寺学園を指さないわけにはいかなかった。

 

「やっぱり東大寺が本命かあ」

 

そこに演出の遠藤氏が、タバコを吸いながらやってきた。昨日までの高校生クイズのスタッフTシャツと違い、きちんとした襟付きのシャツを着ていた。

周りや控え室の外をよく見てみれば、ロゴ入りスタッフTシャツを着ていたのはバイトの土居さんと矢野さんくらいで、日テレ正社員-少なくとも正式な番組関係者-はほとんど全員が私服(?)姿である。不意にMr.Tが遠藤氏を見、彼を注意する

 

「高校生の前で煙草吸うってのはよくないんじゃないのか?」

 

「あ、そうですね」

 

と、遠藤氏は火を消した。そのやりとりを真横で見ていたクイ中達は思った。

・・・よく考えてみれば、この2人が会話しているところをまともに見たのはこれが初めてじゃないのか?

以外にない取り合わせだよな・・・。

 

聴き慣れた声に、部屋の9人はその目をドアの方に向けた。

 

「あ!」

 

「わ!」

 

「福澤さんだ!」

 

そこには高校生クイズ司会者、福澤朗アナウンサーが立っていたのである。9人にとっては、あの日野春駅以来3日ぶりの再会であった。

 

「あと10分くらいで本番です。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「第20回大会、優勝すれば新世紀の旅と研修費用ですか~」

 

そう言えば、優勝賞品は『新世紀の旅』っていう話だったなあ。忘れていたわけではないが、古賀はあらためて思い出した。

・・・ん?

研修費用?

 

「え?優勝って、旅行だけじゃないんですか?」

 

「ん~、まあそれは最後のお楽しみですかね」

・・・毎回、賞品は旅行だということはなんとなく知っていた。研修費用も毎回のことなのだろうか?だとしたら、今のでいつも番組を見てないのがバレバレだな。クイ中歴2、3ヶ月の3号はそう思った。

 

「それじゃもうすぐ本番ですけど、リラックスしていきましょう。では、よろしくお願いします」

 

「お願いしまーす!」

 

 

古賀は2度目のトイレに立った。毎度毎度のこととなってしまったが、本番中にトイレに行きたくなって集中出来ないより何倍もマシである。もうすぐスタジオ入りだった。

やっぱりトイレに行きたくなるのは緊張しているからなのだろう。

…決勝はどんなものになるのだろうか?

トイレを出、彼は歩きながら考えた。日野春で1抜け、鯨波で最後から2抜け、原地区で1抜け、そして土合でギリギリの4位抜け。

FIRE号を降りて行われてきたクイズを、自分達はやたらと浮沈の激しい順位で通過してきた。

・・・だが、この折れ線グラフから考えれば、・・・もしかしたら決勝は・・・。

・・・いや、やめよう。むやみに希望を抱いても、ロクなことはない。首を振ってあらぬ考えを捨て、彼は控え室に戻った。そして間もなく、9人はついにスタジオ入りとなった。

クイ中達はクイ研の赤団扇を握り締めて控え室を出る。9人は、この夏最後の扉をくぐった。

 

戦いの扉の先がどんなものか、その予想がつかないのは毎度のことであり、クイ中達が出来るただ一つのことも、今までと大して変わらなかった。ベストを誓う、それだけである。

 

 

日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

2011年1月22日 § コメントする

「土居さん、何やってたんですか?」

 

「眉毛書いてた」

 

「この太い眉毛が繋がってたの」

 

「え?それでもう消しちゃったんですか?なんや、見たかったのに。…あ、そう言えば、市村さんら土居さんの昔の写真見てないよね?」

 

「見てないけど」

 

「おっしー!あの土居さんが写ってる大会の本っておっしーのカバンやんね?」

指定の時間に遅れることなく全員が集合したホテル機山館のロビー。古賀は、ソファーに座って先程の本を読んでいた押金に土居さんの写真入り本の所在を聞き、神奈川工業チームに見せた。

 

「何これー!」

 

「若ーい!!」

予想に違わず、大ウケであった。昨晩と同じく富田氏待ちの一行。その時間を有効に使うべく、クイ中達は高校生クイズ指南書を開いた。ふと古賀が横を見ると、神奈川も東大寺も同じ本を開いている。

 

「やっぱりみんな使ってたんやねえ」

 

確かに、この本にはかなりの良問が揃っている。3チーム全てが持っていたと知っても、さしたる驚きはなかった。ナンヤカンヤとやっていると、Mr.T登場。昨晩一行が夕食を食べたレストランで昼食をとることになった。

 

 

「よーし、何でも好きなもの頼めよー」

 

と、妙に太っ腹な富田氏。メニューを見てみる。悲しいかな、ホテルにくっついたレストランゆえに、ファミレスほどの品揃えはない。

何と言うか、ピンからキリまで、と言うより、ピンかキリしかないような感じである。

学生身分としてはカレーライスあたりが無難だろう。が、昨日の昼も、そして今日の朝までもカレーだった。クイ中達は悩んだ。しかし、それほど長くはなかった。せっかくあのMr.Tが『何でも頼め』と言ったのだ。気が変わらないうちにその言葉に甘えてしまおうではないか。

 

「じゃ、ビフテキですかね」

 

「俺も」

 

「僕もそうするわ」

 

…ビーフステーキ。この旅で一番豪華な昼食である。

 

「そっちは何にするん?」

 

押金は、隣のテーブルに座る東大寺メンバーに尋ねた。

 

「ビフテキ」

 

「僕もビフテキ」

 

「僕はうな重」

 

「あ、うな重にしたんか」

 

「決まったかー?」

 

「あ、ハイ」

 

「じゃあ、頼んで」

 

「はい。…すいませーん!」

やってきたウェイターに注文を告げる。ふと清水は富田さんらが何を頼むのかが気になり、スタッフ3人が座るテーブルに注意を向けてみた。

 

「じゃ、カレー」

 

富田氏はカレーを注文。清水は、その直後の土居さんの微かだが鮮明に現れたリアクションを見逃さなかった。

 

「…えっと、じゃ、僕もカレーで」

 

うな重あたりでも注文したかったのだろうか?

だが、上司-一応そういうことになるのだろう-よりも高い物はさすがにオーダーできなかったのだろう。

彼の心境を思いやると、清水は笑えてきた。

 

 

「それじゃ行こうか」

 

昼食を終えた一行は、それぞれの荷物を持って機山館を出た。相変わらず、東京は車通りの多い街である。

その往来に向けて、富田氏が手を挙げた。日テレまでのタクシーを拾うらしい。

てっきり地下鉄-降りるのは当然あのズームインのバックの駅-か昨日のようなロケバスで行くのかと思っていた古賀にとっては少し意外だった。まあ、わざわざ車を用意されるほど偉い身分ではないことは自分でわかっていたのだが。

最初に止まった一台にはクイ中達と矢野さんが乗り込むことになった。

トランクに大荷物を入れ、後部座席に座った3人。後ろを振り向くと、自分達に続くタクシーが止まっているのが見える。

 

「麹町の日テレまで」

 

矢野さんがそう言うと、車は走り出した。車窓に広がるのは、大都市東京を象徴する高い建物と行き交う車ばかり。ふと、清水は気になることがあったので矢野さんに尋ねた。

 

「矢野さん、以前やったクイズに『トン女といえば東京女子大、ではポン女といったら?-日本女子大』みたいなのがあったんですが、本当にそうやって呼ぶんですか?」

 

「あーそうやねえ、呼ぶねえ」

 

「へエー、つまらない質問しちゃってごめんなさい」

 

「いやいいよ」

 

知識と実際の事実がつながったときというのは、なんともいえない満足感があるものである。そんなとりとめもない会話をしつつ、決戦の場へとタクシーは近づいていった。

 

 

「あ、あのガラスの向こうってマイスタ(記録班注:正式名称はMyスタジオ。ズームイン朝及びズームインサタデーが放送されている、ガラス張りのあのスタジオである。たまに、ピースをする通行人や道向こうのビルの掃除のおじさんが映ったりする懐の広いスタジオでもある)っちゃう?あの地下鉄の駅もある!うわっ、ホンマに日テレや!」

 

クイ中、特に3号は大ハシャギ。川越の乗った先頭タクシーに続き、後の車も日テレ前に止まった。

 

「・・・あれ?」

 

どこかで見覚えのある顔がいくつか、そこの玄関前にあった。

 

「・・・船橋の人?」

 

「群馬高専?」

 

数えれば4、5人。近隣の県の出場者達が、決勝間近に応援に来ていたのだ。やはり関東地区なのか、彼らは神奈川工業の3人と馴染みが深いらしい。

タクシーから全員が降り、荷物も降ろしていると、矢野さんが見覚えのないダンボールを持っている。

 

「それ何ですか?」

 

清水が尋ねると、

 

「高校生が旅館に置いていった忘れ物だよ」

 

とのこと。見ると、各学校ごとに袋に入れてあり、学校名もきちんと書かれている。

 

「これどうするんですか?」

 

「どうしようねえ、とりに来てもらおかなあ」

袋をあさりながら矢野さんは言った。ふと『沖縄尚学』と書かれたやつが二人同時に目に留まった。

 

「ちょっとそれは無理だね」

 

笑いながらそう言うと、矢野さんは日テレへ入っていった。そうこうしているうちに、加治木高校の3人とは本当の別れがやってきた。

彼らは先程の『あの地下鉄の駅』、正確には営団地下鉄の麹町駅から東京駅に向かい、そこから鹿児島へ帰るらしい。

 

「それじゃ、頑張って!」

 

そう言い残すと、薩摩っ子3人は駅の階段を下っていった。

 

何かしらの手続きがあるのか、3チームは少し外で待たされる。その時間を活用して、古賀は様々な番組で登場する日テレ玄関や、駐車場のなんだろう君マーク、そして『あの駅』をキチンと撮影。

毎朝福澤さんが挨拶をしている場所に今立っているのだと考えると、不思議な感じもした。玄関前の大きな柱に貼られている大きなポスターを見ると、毎年恒例となっている24時間TVの宣伝がされている。

・・・8月19日から20日か。もう今度の週末だな。

24時間TVには夏休みの終わりを告げるイメージがあり、古賀としてはサライを聴くと感動ではない涙がこぼれそうになる。

と、彼が埒もないことを考えていると、3チームが呼ばれた。

 

日は既に天頂に達し、ゆっくりと、しかし確実に最後の戦いの時は近付いてきている。

9人は長かった旅の本当の終着点にたどり着き、そして足を踏み入れた。日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

 

クイ中達のTOKYO。

2011年1月22日 § コメントする

「今って少し時間あります?」

 

「うん、1時間ぐらいあるよ」

 

「じゃあちょっと外歩いてきていいですか?」

 

「いいよー」

 

「それじゃ、荷物お願いします」

 

「はいはい」

ロビーに座っている土居さんと矢野さんに荷物を任せ、クイ中達は日テレに行くまでの待ち時間にホテル付近を歩いてみることにした。

 

 

「あのさー、太栄館にお土産買いに行きたいんやけどさ」

 

と、押金。聞くと、いい品があったのだが、荷物制限の煽りを食って買えず終いだったらしい。

 

「ええよー」

 

「行きましょかー」

 

特にどこを回りたかったという希望があったわけでもないので、コンビニで古賀がカメラを購入した後で、あの旅館を再び訪れることにした。

 

 

「ども。こないだの日曜に、ここにお世話になったんですけどね」

 

「あ、クイズの?」

 

「ハイ。今日が決勝なもんで」

 

「へえ、すごいねえ。応援してますよ」

 

「ありがとうございます。ところで、土産買うだけって出来ますか?」

 

「もちろん出来ますよ」

 

「それじゃ、これ下さい」

 

2号は目的の置物を購入。それ以上留まる理由はなかったので、玄関を出る。

 

「・・・石川啄木ねえ」

 

左手を見ると、なにやら石碑があり、そこにはこの旅館と石川啄木とに関わる何やらかが刻まれていた。

 

「へえ」

 

わかったようなわからなかったような文を読み終え、クイ中達は太栄館を後にして大通りへと戻る道を歩き始めた。

 

「・・・ホント、東京って感じがせんよね。普通の街っぽいよ。あの公園なんか特に」

 

「あ、あの公園よくない?ちょっと寄ってかん?」

 

「ええよ」

 

「・・・あ~、この前後に揺れる馬なんていいよね」

 

「ほんまや~」

 

「あ、おっしー、かっちゃん、その絵いいわ。写真とるでなにかポーズとって」

 

「んじゃ、決勝前に何か作戦を立てているような雰囲気で」

 

「ちょっと手もつけたりなんかして」

 

「あ、いいねいいね」

パシャッ!

「・・・オッケー!」

 

「いいの撮れたね」

 

「撮れましたねえ」

 

「今度はあっちのブランコ撮りましょ」

 

「いいですねえ」

 

「あ、古賀ちゃん、今度は僕が撮るわ」

 

「あ、サンキュー」

 

 

 

「初日にここに来るときに降りた駅があったやん?そこの側に本屋があったんやけどさ、そこ行ってみやん?」

 

「うん、ええよ」

 

「行こか」

 

国立東京大学の赤門を左手に見ながら、アロハ姿で学生の町を歩くクイ中達。

 

「こう言っちゃなんだけど、遊べる街ではないよね」

 

「そやねえ。でもしょうがないでしょ。すぐそこが東大なんだから」

 

「ですかね。そういや、うちら日曜日にここに来たときどっちから来たっけ?」

 

大きな交差点に差し掛かり、古賀はふと疑問を口にした。

 

「こっちっちゃう?」

 

と、押金が指差した。

 

「あ~、何かそんな気がしてきた。それじゃ、本屋はあの横断歩道を渡った向こうやね」

 

道の真ん中は、地下鉄か下水道の埋め込み-この種の工事はなかなか終わらないものである-でもやっているのか工事中で、TOKYOという街の常と言うべきなのだろうか、車通りは順調とは言えない。

 

「・・・あれ?矢野さん?」

 

と、清水が口にした。他の2人も彼の視線の先に注意を向けてみる。

 

「…あ、ホンマや」

 

「どうしたんやろ?」

 

そのとき信号が青になり、待たされていた通行人が歩き出した。

 

「ども」

 

「ちょっとあっちの本屋に行ってきますわ」

 

「はいはい」

 

 

 

「あ!パーネル・ホールや!」

 

「それっておっしーがずっと探しとった本?」

 

「そうそう。特にこの『犯人にされたくない』はどこ探してもなかったんやって。さすが東京やわ。品揃えが違う」

 

「へえ。あ、こっちはアガサ・クリスティーっちゃう?」

 

「そうなんさ。どれ買おうかなあと思ってさ~」

 

目的地の本屋に到着し、予想以上の品揃えのよさに感動したクイ中達。特に、押金は長い間探し続けていた本が簡単に見つかり、次の悩みはその中からどれを買うのかという点に移っていた。結局、彼はホールの『犯人にされたくない』とクリスティーの『オリエント急行の殺人』を選んでレジに向かった。古賀もトム・クランシーの本を探してみたが、ほとんど読んだことのあるもので、買う気は起こらない。

 

「かっちゃん、何見とるん?」

 

「いや、雑学の本あるかな~と思って。結構いろいろあるで」

 

「ホンマや。東京は違うねえ。うちの近くの本屋は大したことないもん」

 

2号も会計を済ませ、クイ中達は雑学本を棚から取り出しては戻し、取り出しては戻して、少しでも自分達の知識になるような情報を探した。

 

「あ、これいいね」

 

清水が手に取ったのは漢字の本だった。

 

「あ、ええな。自称漢字担当としては惹かれるね」

 

と、古賀。

 

「じゃあ、古賀ちゃんこれ買う?」

 

「おう」

 

3号は『なるほど、ナットク超[漢字王]』を受け取った。幸い-と言うべきか言わないべきか-この旅ではまとまった額の金を使う必要がなかったので、財布にはかなり余裕があった。

 

「じゃ、俺はこれ」

 

と、押金は『辞書にはない《言葉と漢字》3000』を選んだ。

 

「僕はどれにしようかな~?・・・これかな?」

 

清水の眼に留まったのは、『雑学の宝庫・日本の常識2000問』なる本。

 

「お!?これはいいんとちゃう?」

 

「どれどれ?・・・あ、なかなかちゃう?」

 

「やね。これにしよ」

 

 

 

足も時間もなく、堪能できたとは言えないが、それでもクイ中達のTOKYO観光は、なかなかどうして楽しいものだった。恐らく、これが東京で過ごせる最後の自由時間だろう。

そうわかっていたから、尚更だったのかもしれない。

 

 

 

8月17日、始まりの朝、最後の朝。

2011年1月22日 § コメントする

ピリリリ!ピリリリ!ブグウィ~ン!

 

8月17日、午前7時。押金と清水は携帯電話から発せられる大音量アラーム、そして振動が台に響く騒音で眼を醒ました。それにしても、猛烈な音である。そう言えば、昨晩古賀ちゃんがアラームをセットするとつぶやいていたっけな。

そんなことを思い出しながら、2人はうなる携帯電話の一番近くに寝ている彼を見た。

 

・・・・・・こいつ、起きる気配がない。
その彼に一日の始まりを告げたのは、いきなり身に降りかかった衝撃であった。

 

「・・・・・・」

 

・・・ドスッ!

 

「!?う、おわっ!?・・・かっちゃんか、何してくれるん!?」

 

「何してくれるんはないやろー。自分で携帯のアラームかけときながら、人は起こしといて自分はずっと寝とるんかー!?」
「あ、そういや、かけてたね。あれ?アラーム鳴らんかったん?」
「だから鳴ったゆーとるやろー!古賀ちゃんが起きなかっただけやー」
「そうやでー!俺ら2人だけが起こされて、なあ?」
「なあー?」
「うっそっさー!んじゃ、何で俺はこんなに近くで気付かんと寝とったん!?」
「知るかー!」

身支度を適当に整え、地階の食堂-と言うべきか、宴会場と言うべきか-に向かったクイ中達。既に、東大寺チーム、加治木チーム、そして土居さんと矢野さんはテーブルに着いていた。

朝食はバイキング形式で、古賀には嬉しい食べ放題である。朝だと言うのに何故かカレー入りの胴長鍋が置かれていて、清水と押金はそれをとることにした。おいしそうだったので、1皿目を平らげた古賀も試して見ることに。

・・・少し、いや、結構カラい。

「それじゃ、10時までにチェックアウトだから、それまでに荷物をまとめてロビーに下りてきてね」

と、土居さん。それ以外は特に連絡もなく、クイ中達は、神奈川工業チームと入れ替わりに部屋に戻って行った。

『映すんじゃねーよー!!』

『触んなよー!』

『自分達だけで帰れただろー?!』

「・・・こいつら、非常識にも程があるんじゃねえのか?」
「ほんまやわ」

NTV朝のワイドショー、ルックLOOKこんにちは。どこかで豪雨があり、川の中州に取り残された若者達が、自分達を救った救助隊やその模様を取材していたマスコミに食ってかかる姿が放送されていた。

 

「あんなやつら助けなくてもいいって」
「ほんま、救助隊の人が命懸けて助けたってのになあ」
「こんなやで、『世の17歳は』なんて言われるんやわ」
「そうそう」

クイ中、朝から現代日本に文句のつけ通しである。
しばらくTVを見ながらだらだらとした後、3人はようやくチェックアウトに向けて身支度に取り掛かり始めた。荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認。

アロハシャツに袖を通し、ジーパンに足を通す。

 

「ティッシュない?」

 

洗面所から呼び声。主は1号であった。

「どうしたん、かっちゃん?」
「ヒゲ剃っとったら切った」
「あ、やっちゃった?・・・ええと、あった。ほれ」
「サンキュ。・・・なんかこれ、血ぃ止まらんのやけど・・・」
「万が一、横滑りしちゃったんやね。マキロン使うか?」
「いや、いいや」

なんとか血も止まり、清水も赤いシャツを着る。そして新しい靴下を履き、3人は-勝負パンツを履いた約1名は特に-、この旅ですっかり馴染んでしまった格好に。

替えの服がそれなりの数入った自分達の荷物も手の内に戻ったが、ここまで来てその服に替えたところで一体何の得があろう?今日が最後の日である。

3人はもう少し、あと1日、このアロハには付き合ってもらうことにした。
8月17日、全国大会最終日。昨日までは、明日も、1時間後ですらも何が起こるかわからない旅だったが、今日は違う。

今日行われるのはただ一つ、最後の戦い。そして、もう明日はない。

 

 

この朝は、始まりの朝であり、最後の朝でもあった。

決勝前夜、クイ中達の一番長い夜。

2011年1月22日 § コメントする

 

そこには見慣れた荷物があった。機山館地階。そこの広間にはこの期間中ずっと高校生達の荷物が置かれていたらしい。

 

「ひっさしぶりやなあ」

 

「ほんまやあ」

妙な感動である。

「これってさ、あのジュラルミンじゃない?」

古賀が気付いた。

「あ、ほんまや!やっぱりでかいなあ」

他、数個の見慣れたカバンが置かれていた。全てのチームが、ここでカバンを返し、各自の荷物を持って帰路についていったのだろう。

・・・それにしても、こんなに重かったか?

三重からの荷物を肩にかけ、そんなことを思いながら、今度は上階の部屋に向かった。

 

 

「それじゃ、7時に下の食堂で」

 

「ハイ、わかりました」

部屋の扉を開け、明かりを点けた。

「おー!」

 

「こーれはすごいねえ」

 

「リッチやなー」

 

確か東大寺と神奈川工業は2度目のはずだが、クイ中達には初めての機山館宿泊である。

「すげー、風呂にトイレ付きだよ」

「すーげー」

よくわからないが、半分ヤケッパチである。

「バスタオル付きやで。太栄館じゃバスタオルも荷物送りにして大変やったのにねえ」

 

「こっち泊まりはラッキーだったんやねえ」

「ほんまやわ。とりあえず着替えよ。やっと持ってきた服が着れるわ」

「あ、古賀ちゃん、あのコンセントのヤツ貸して」

清水は団扇を机の上に置き、古賀に尋ねた。

「ん。ええと、なぜか旅のカバンの中に入れて持ってってたんだよね。・・・あった。ホイ」

「サンキュー。やっぱりコンセントの数は少ないわ」

「そやね。充電用に持ってきてよかった」

清水と古賀は二股になったコンセントにそれぞれの電話充電器のプラグを差し込んだ。

「ちょっと電話しよう」

と、古賀は充電をする前に携帯のメモリーを呼び出した。今日九州から自宅に帰ってくるはずだが、この時間には戻れているか微妙だったので父親の携帯番号を選んだ。

「頂きまーす」

7時の集合時間にクイ中達がやってきたときには、東大寺、神奈川工業、加治木、そして土居さんと矢野さんの11人は既に席に着いていた。おかずは刺身とトンカツと、サラダと味噌汁、御飯はオカワリ自由と、大喰らいには嬉しいメニュー。

ここでも市村さんと土居さんの爆笑トークが炸裂し、楽しい食事となった。そんな中で、土居さんの素性が明らかとなる。

「え、役者さんなんですか?」

驚きの古賀。

 

「そうそう」

「どんな役をやってたんですか?」

「『葵・徳川三代』ってやってるでしょ。その関ヶ原の合戦のときの兵隊」

「切られ役とか?」

「そうそう。3回くらい死んだかな」

「3回?」

「別の役で何回もでたからねえ。足軽から、結構上位の侍まで」

「他には?」

「オカマとか」

 

一同大爆笑。

「似合いそー!」

と市村さんも大ウケ。

「有名な人とも一緒に出てたんですか?」

「うん、そうだね」

「一緒にやってみて、『実は性格悪かったんだ』って人とかいますか?」

「・・・うーん、それは言っちゃうとアレだからなあ。でもね、いい人もいっぱいいるから。羽鳥さんなんかもすごくいい人だったよ」

「そうそう。実は原地区で涙ぐんだりしていたからね」

と、土居さんの言葉に矢野さんも賛同した。

「でも羽鳥さん、ホントにいい人そうだったよね。一緒にいた時間が長かったからか、すごく身近に感じたし」

「そうやね」

全員が、この旅の一場面一場面を思い出していた。

「土居さん、今は何をしてるんですか?」

「あ、台本見る?」

「え?あるんですか?見ます見ます!」

土居さんはカバンから本を一枚取り出し、古賀に手渡した。

「・・・『恋愛恐怖症』・・・。・・・この、『別の男』ってのが土居さんですか?」

「そうそう」

「この、『男』が主人公ですよね?・・・この主人公の台詞、『・・・・・・』ばっかりですねえ。『別の男』の方がしゃべりは多いですね」

「見せて見せて」

「はいはい」

台本が各テーブルを回る。そして、土居さんの台本暗記度チェックなどで盛り上がった後、夕食はお開きとなった。

「何年生?」

先程約束をした集合写真を撮り終えて、清水は加治木のメンバーに、少しばかりの疑問をぶつけてみる。

「2年生ですけど…」

「え?タメじゃん!」

「え?マジすか-!?ずっと3年生だと思ってた-!」

「え!そうだったん!?」

 

先程清水が測りかねた疑問は、ここに解決された。

「それじゃ、川越と東大寺と神奈川は、明日のための勉強会をやるから9時になったらまたロビーに集合ね」

「はい」

・・・そう返事はしたものの、一体勉強会とは何か、それはわからなかった。

「うちの父さんエライこと言ってくれた」

「ん?どうしたん、おっしー?」

自宅に電話をしに行き、戻るなりグチを漏らした押金に古賀が尋ねた。

 

「それがさ、うちに日テレから電話がかかってきたらしいんさ。スタッフが俺のこと聞いたみたいなんよ。そんときうちの父さんが俺のことを阪神ファンって言ったんさ。俺はアンチ巨人だけど阪神じゃなくて横浜ファンなんやって」

「そうやったねえ。てか、自宅に電話なんてかかってきたんだ。うちの父さんはそんなこと言ってなかったな。リーダーのとこだけなんかな?」

「わからん。でもどうすんの?もし放送で嘘流れたら?」

「まあ、大丈夫じゃない?そんなに気になるのなら、富田さんにでも言えばいいんやし」

「そやな~」

流れから一番端の-いわゆるエクストラの-ベッドとなった古賀は、旅のカバンから自分のカバンへと荷物を移し終えて寝そべった。彼は一番初めにシャワーを済ませており、今は2番目の清水が浴室を使っている。

「明日はどうなるんやろね?」

ふと、荷物を整理していた押金に言葉をかけた。

 

「どうなるんやろねえ?」

「神奈川は3年生だよね。東大寺も3年やったっけ?」

「ん、そやで」

「東大寺、強いやろね」

「そうやろねえ」

「ん?東大寺がどうしたって?」

 

不意に浴室の扉が開いて、パンツ一丁の清水が出て来た。

 

「おわ!びっくりした。・・・いやね、東大寺は強いやろなあってね」

「やろ?やろ?大方の予想はそうなのよ。そ、こ、で、最低だったはずの僕らがどこまで喰らいつけるかってことなんだよね。僕らがどれだけ自分達らしく戦えるか?クイ研や、中部の仲間に恥ずかしくない戦いができるか?これが大事なんやで」

「そやな」

「そうやね」

「ちょっとこのパンツ見てくれん?」

「・・・それ、そのパンツ替えないの?」

風呂あがり、半裸の清水が身に着けていたのは、旅と変わらない赤の勝負パンツだった。

「こうなったら最後まで履いていくよ」

と、彼は髪を乾かすために再び浴室に入っていった。

勉強会』の集合時間である九時前。今度は遅刻にならないよう、クイ中達は割と早めに部屋を出た。地階の会議室でやると思い、必要かどうかはわからなかったが筆箱も持参することにする。

エレベーターでひとまずロビーへ。

チン♪

と扉が開くと、ロビーには既に8人が集まっていた。

時計を見ると大体8時45分くらいである。富田プロデューサーも来るらしいのだが、まだその姿は見当たらない。脇に新聞を見つけた古賀は、手にとってざっと眼を通してみる。

 

「あのさ、どこぞで潜水艦が沈没したとか言ってるけど、今世の中はどうなってるん?」

「さあ、どうなってるんやろ?」

 

2日や3日ニュースや新聞を見てないだけでも相当のブランクを感じることは、それだけ世の中の動きが激しいのを意味しているのだろう。忙しい時代である。お盆も夏休みも関係はないらしい。

「え?土居さん、13回で決勝まで行ったんですか!?」

「うん、行ったよ。3位だったけどね」

「よし、13回なら本持ってきてたやんね?」

「うん、あるよ」

「あとで見ましょか?」

「え?あの本持ってきてるの?」

「ハイ、図書室に入れてもらってたんですよ」

「すごいなー」

「・・・ところで、Mr.Tはまだ来ないんですか?」

Mr.Tとの呼び名は、先の話題に出ていたTプロデューサーの名を踏んでのことである。

「Mr.Tねえ。もうそろそろ来るはずなんだけどなあ」

「登場のときにダースベイダーのテーマとかかかるんですかね?」

「あ、俺の携帯の着メロに入ってるよ。うまくかけてみよか?」

と土居さんは携帯を取り出し、ボタンをいじりだした。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

一同爆笑。

「いいっすねー、それ!」

「富田さん、どうリアクションとるやろ?」

 

期待は高まる。

「あ、来ましたよ」

「あ、やべ」

入り口からフロント前を通り、富田さんがやって来た。即座に土居さんの携帯がなる予定だったが、タイミングを合わせ損なう。

「おう、悪い悪い」

と数分の遅刻を謝る富田氏の後ろで、ついに計画は決行された。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

「それじゃ、時間がないから早く始めようか」

富田氏は背後の音に気づかなかったのか、普通の着信だと思ったのか、それとも無視しているのか、ノーリアクションでエレベーター前まで歩いていく。それはそれで、一同の笑いを誘った。

説明を受けると、勉強会とは、スタッフ1人が1チームに付いて30分程の限られた時間で出来るだけの問題を読み上げ、高校生はそれにひたすら答えるという形式らしい。

川越クイ中には土居さんが、神奈川工業には矢野さんが、そして東大寺には富田氏が付くことになった。

「男3人で申し訳ないですねえ」

「いやいや」

「あ、例の本見ます?」

「見る見る」

「ええと、愛媛、愛媛・・・、あった!・・・『リーダーの土居君は、父親譲りの電撃アイズ。』・・・ハハハハ!」

「見して見して。・・・ハッハッハッハ!」

「電撃アイズ!か~。そんなこと書いてあったなあ」

「それにしても、土居さん若いねえ」

「ほんまや~」

そして、クイ中達は本を置いて、それぞれのベッドに腰掛けた。

「それじゃ、3人の早言いでやっていこうか」

「ハイ」

「古賀ちゃん、おっしー、書くものある?」

「あるで」

「正解数と間違いの数とを書いてかん?」

「おう。そうやね」

 

土居さんは椅子に座り、体制は整った。

「『エデンの東』を書いたアメリカの作家は?」

「・・・ちょっと待って、2人とも待ってよ。ええとね、これはやったぞー!」

清水が押金と古賀を制した。今までに2、3回程やっている問題である。・・・くそ、いつになってもカタカナは憶えづらい。

「かっちゃん、答えていい?」

清水には申し訳ないと思ったが、あまり後に引かせるわけにもいかず、古賀は尋ねた。

「しゃーない。ええよ」

「スタインベック」

「正解」

「フルトンがハドソン川で走らせた世界で初めての蒸気船は何号?」

「あー、これ調べた!今日がその日なんだよ」

まさかこんなところで出てくるとは・・・。古賀は、1週間ほど前に何気なく本屋で立ち読みした記憶を蘇らせようとした。そのとき読んだ本は『今日は何の日』。

なんとなく、このクイズの期間は何の日に当たるかを調べたのである。一番印象に残っていたのが、8月16日の、世界初の蒸気船航行のくだりであった。

「ちょっと待って下さいね。携帯のメモリーに入れてあるから・・・。・・・あった!・・・クラーモント号」

「正解」

「駆け込み寺として有名な、鎌倉にあるお寺は?」

「南禅寺!」

と清水。

「違います」

と土居さん。

 

「やっぱし!似たような問題が2つあったんだよね。もう1つ、何やったかな~?」

「正解は東慶寺」

「ああ~そうや!」

「灰の汁と書いてアク。では、墨の汁と書いて何と読む?」

「ボクジュウ!」

「正解」

「小さい『や』、『ゆ』、『よ』は、拗音。では、小さい『つ』は何?」

「・・・促音!」

「正解」

「・・・キョーオン?」

「よ・う・お・ん」

「・・・へえ、知ってた?」

「いや、知らんかった」

「ヨウオンねえ」

「ところでさ、この『促音』って、いっつも『撥音』と間違えてまうんだよね」

「僕も」

「なんでやろ?」

「石川五右衛門が『絶景かな』と言ったことでもしられる・・・これがさっきの」

南禅寺ですね」

「その通り」

「『めぐり逢いて、見しやそれともわかぬまに』さて、このあと雲に隠れてしまったのは何?」

・・・雲隠れにし・・・

「夜半の月!」

古賀、この旅始まって以来始めて出題された百人一首問題に張り切って答えた。

「正解。月、夜半の月、どちらでも構わないですね」

この歌は、昨年末の川越高校クラスマッチ、百人一首部門に友人と3人で出場したときの彼が憶えた守備範囲33首のうち1つだった。

「体内に入り込んだ異物を攻撃するのは抗体。では、それに対して体内に入り込んだ異物を何と言う?」

「抗原」

 

押金が答えた。

「あー。そやったそやった」

「労働省が定めるフリーターの定義、下は15歳、では上は何歳まで?」

「・・・25!」

「違う」

「28!」

「まだ」

「30?」

「あ~、惜しいねえ」

「35?」

「行き過ぎた」

「32!」

「違う」

「34?」

「あ、正解」

「へえ~、結構上までいっとるんやねぇ」

「それじゃ、ここらへんで時間だね。すぐ寝るの?まあ無理だろうね」

「ハイ。もう少し勉強しようかなと」

「そうか。それじゃ頑張ってね」

「はい、ありがとうございました」

数十の問題をダッシュで解いた、30分ほどの勉強会が終わり、土居さんはクイ中達の部屋を出て行った。

 

「・・・ちょっと力が足りやんね」

と、古賀はつぶやいた。

「そやね。古賀ちゃんの成績はどうやった?」

と清水。

 

「正解数は結構あるけど、間違いもかなりある。俺らしいっちゃ俺らしいんやけどね」

「やね。このままじゃちょっと東大寺にはかなわんと思うんよ。きちんと役割分担をしていこうに」

「どういう風に?」

と押金。

「例えば『十中八九』『三三九度』『五十歩百歩』って読まれたとする。こういう問題は、計算に転ぶ可能性もあれば、普通の問題になる可能性もある。そんなときに、僕は頭を計算に持っていくから、古賀ちゃんとおっしーは文系に持っていく。文系でも、古賀ちゃんは正面から純粋に考えて、おっしーは辞書順とかアルファベット順で考えるってな風に」

「なるほど」

「あとはもう攻めるしかないね。神さんもそう言ってたやろ?」

「『攻めろ』か」

「よし、今夜は猛練習やで。明日に備えて頭をクイズモードにしよに」

「よっしゃ」

「そやね」

「ちょっとお茶でも飲もうかな」

 

と、古賀はポットを手に洗面所に向かった。水を入れ、机に戻りコンセントを差し込む。

「それじゃ始めよか。いい?ここで読ませ押しのタイミングなんかの確認をするんやで?」

「OK」

まずは清水が、数ある持参本の中から『高校生クイズ最強の指南書』を手にし、先程は土居さんが座っていた椅子に座った。・・・以前クイズの研究をしているときに、ある本に出会ったことがある。『クイズは創造力』。筆者の長戸勇人さん(記録班注:第14回ウルトラクイズであの永田さんと戦って優勝を収めたクイズ王。彼の理論は、清水を始めとしてクイ中達に大きな影響を与えている)はこう書いていた。・・・『クイズの実力は、やった問題の数に比例する。』

「それじゃ、交代しよか」

「おう」

 

古賀は押金から指南書を受け取り、椅子に座った。数問問題を読み終わり、ふと横を見たとき、彼は重大なことに気がついた。

「あ!漏れとる!!」

少し前に水を入れ、お茶をいれることなくすっかり忘れていたポットから、入れすぎていたのか、水が漏れ出していたのだ。

「かっちゃんの団扇も濡れとる!」

「マジで!?」

 

確かに、清水の団扇も、一部分ではあるが漏水の被害を受けていた。

「ティッシュ!ティッシュ!」

急いで拭き取るが、寄せ書きは水性ペンで書かれていたため、少しにじんでしまった。

「ゴメン、かっちゃん!」

古賀は平謝り。クイズもそうだが、どうも自分にはこういうウッカリが多い。早くそれを治す必要性を痛感した彼だった。

「・・・答えるタイミング、今のじゃ早すぎるかな?」

古賀が尋ねた。

「今のだと少し早いかもしれんね。まだ他の方向に転ぶ可能性もあるから」

と清水。

「やな。・・・俺、どうしても急いでまうんやな。注意せなあかん」

「やね。でもね、攻めるってやっぱり大切だと思うで」

「ん、わかった。ところでさ、さっきの勉強会、どんな意味があったんやろ?」

「あの問題がそのまま出てくるって事はないけど、やっぱりヒントは隠されとるんちゃう?」

と、押金。

「問題の構成が逆になるって可能性は大きいよね」

と、清水。

 

「『AならばB、ではCならば何?』って問題が、逆に『CならばD、ではAならば何?』って問題に化けるってことやね」

「そうそうそう。だからさっきの『拗音』やったっけ?あれなんか、『促音』でも『撥音』でも『半濁音』でもいくらでも仲間がおるでね。ああいうのはとっさに選択肢を頭の中に浮かべやんとね」

「やっぱり勉強会をやるってことは、TV的に決勝は面白くってのがあるんかな~?」

「そうっちゃう?」

「・・・不公平、にはならんか。どのチームも同じ問題やってるだろうからね」

「そうそう」

「よっしゃ、次の問題いくで」

「おし」

「うし」

問題練習も一段落し、ベッドに寝転がったクイ中達。黙っていると、枕側の隣の部屋から物音が聞こえてきた。隣は神奈川工業だっただろうか?

「神奈川は起きてるみたいやね」

「反対側は東大寺だったっけ?」

「そうだったと思うけどね。静かやね」

「もう寝たんかな?」

「じゃない?あ、古賀ちゃん、そのクッション貸して」

 

古賀のベッドは本来ソファーなのか、背もたれ部分が取り外し可能なクッションになっていた。彼はそれを2つ隣の押金に投げた。

「結構大きいなあ」

古賀が起き上がったついでに時間を見るともう1時くらいになっていた。

「そろそろ寝ますか。明日何時起き?」

彼は尋ねた。

「9時にチェックアウトって言ったね。7時くらいでいいんちゃう?」

その応答に、携帯のアラームを7時にセットする。音量は最大、振動もつけてである。3人は明かりも消し、布団にもぐりこんだ。

「何か賭けようか?」

そうそう簡単に眠れるわけもない。他の2人も起きてると思い、清水は口を開いた。

「賭けかー」

「かっちゃん何賭けるん?」

予想通り、ほかの2人とも寝ていなかった。

 

「僕かー。僕はなー、何賭けよう?あ、優勝できやんだら、現文の授業寝ないで真面目に聞くことにするわ」

「てことは、優勝したら寝るってことやね?」

「そうそう。あー、こりゃ優勝せないかんわ」

「せないかんね」

「俺は携帯買うわ」

「お!?ついに買うか?」

「ホントはあんまり欲しくないんやけどね。でも優勝したら買うわ」

「そうかー、ついにおっしーにも携帯がやってくるかー」

 

2人には悪いと思ったが、古賀は何も賭けないことにした。理由は、賭け事に弱い-と自覚している-からである。何かがかかると、本当に弱いのである。だから、あえて何も賭けないことにした。臆病かも知れないが、勝負以上のことまで気にかけていられるほど器用な人間でないのは、自分が一番よく知っている。そんなことを考えながらボーッとしていると、段々意識がおぼろになってきた。そのまま眠りに落ちるかというところで、不意に何かが彼とぶつかった。

「おわっ!!なんや!?」

見ると、先程押金に渡したクッションである。

「古賀ーっ!」

「かっちゃんか。何してくれるん!?」

「遊んどる」

「・・・かっちゃん、何か夜になってキャラ変わってきてへん?」

「え?そんなことないで、なあ、おっしー?」

「なあ?古賀ちゃんのが変やで」

「またそんなことを言う・・・」

 

 

8月16日。関東甲信越を一周した3日間の旅は終点を迎え、残すのは、明日の決勝戦だけとなった。

あの中部大会の1日、そして様々な出会いと別れがあったこの旅の3日間。その思い出と絆の集大成を、自分達の力の全てにして明日にぶつけるべく胸に誓った3人。

第20回全国高等学校クイズ選手権、その決勝前夜。時刻は深夜2時過ぎ。3人の、この旅で一番長い夜は、まだまだ続く。

東京都文京区本郷、突然の再会。

2011年1月22日 § コメントする

失礼千万な挨拶を終え、ホームにたたずむ一行。スタッフは荷物の搬出で慌しい。と、不意にクイ中達の横側にいた神奈川工業チームがカメラに向かってしゃべり始めた。決勝前の意気込みを撮影しているらしい。次に、レンズとガンマイクはクイ中達に向けられた。

「…何言おう?」

「何にします?」

「何にしよか?」

 

普段は映ろう映ろうと、カメラ近くのポジションを密かに狙っていた-そして大概は夢破れていた-彼らだったが、やはり突然フラれると困る。

「気合でも、意気込みでも」

とスタッフ氏は言う。

「川越ぇ、ファイ!オー!でいきますか?」

「そこらへんかな」

「そうしよか」

「決まった?それじゃ、3・2・1・・・」

「・・・川越ぇ、ファイ!」

「オーッ!」

「・・・ハイ、オッケー」

「ありがとございましたー」

 

再び手持ち無沙汰になり、することと言えばやはりホームにたたずんで撤収の風景を眺めるくらいである。先程のカメラは、東大寺学園を撮影中だった。

「かかって来い!!」

あまりに唐突だったので、彼らの大声は古賀を驚かせた。今まで割とおとなしめな彼らだったので、尚更である。『かかって来い!』。かなり攻撃的なセリフだが、古賀には、彼らがそう言えるだけの実力を持っていると思えてならなかった。

これからどうなることやら、と相変わらず-と言ってもそれほど長い時間ではなかったが-突っ立っていた9人が、ついに呼ばれた。アルバイトスタッフの方にに先導されて改札口へ向かう。その人の名前は、古賀の記憶では土居さんだったような気がした。

「もう、ここに当分来ることはないね」

「来れないでしょ。特に9月以降は。猪又さんが転勤するか退職するかしない限りここ使えやんよ」

「放送されるんかな~」

 

そんな感慨を抱きながら、2日前と同様に改札口を顔パス、いや、フリーパスで通過。あの日50チームが長いこと電車待ちをくらっていた大通路を左手に、エスカレーターへ。

そこを降りると、道路を隔てて、同じ日にメモ帳を買った本屋のあるショッピングビルが見えた。日も沈み、辺りは暗くなり始めている。ここからまた電車に乗るのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

土居さんに付き従って横断歩道を渡った。歩きでホテルまで向かうのかと考え始めたところで、横目にマイクロバスを発見。

「じゃ、これに乗って」

「お、ロケバスや」

「すげー」

特に変わったところもないのだが、ロケバスということに妙な感動を覚えながら9人は乗り込んだ。

「おっしー、バスは大丈夫なん?」

「たぶん」

「バカじゃないの!?」

「『バカ』?・・・ゴメン、俺日本語検定まだ準2級だからあんまり難しい言葉わからないんだよねー」

「あ、だからバカの一つ憶えみたいに同じような言葉しか話さないんだ」

「・・・エ?ヒトツ・・・『ヒトツオボエ』?」

ロケバス車内では、市村さんと土居さんの爆笑トークの応酬が繰り広げられていた。

「日本語検定ってことは、基本的にはどこの言葉使うんすか?」

古賀、火に油を注ぎにかかる。

「基本的にはスワヒリ語かな・・・ジャンボ!!」

車内、大爆笑。

「そういえば、あんな数のカバン、一体誰が持ってきたんですか?」

この際だから聞いておこうと、3号は質問してみた。

 

「スタッフ全員、『何か集めて来い』みたいな感じ」

「あのジュラルミンはすぐに決まったでしょ?」

「ああ、あれは早かったね。『これしかない!』ってね」

 

ライトアップされたドームを横目にして夜のTOKYOを走るロケバス。ふと古賀が外を見ると、いつの間にやら千代田区の官庁街に来ていた。国会もすぐ近くである。

「おっしー、ここ霞が関やって」

「お?マジで?」

「そういやおっしー、東京来る前に『俺は絶対最高裁判所を見てくる』って言ってたねぇ」

「そやそや。こっから近いの?」

「どうやろ?遠くはないと思うけどなあ」

「寄りましょうか?最高裁に」

2人はバスの、割と後部にいたのだが、その話し声が聞こえたのか、ドライバー氏が声をかけた。

「え?あ、いいですよ。もう遅いですから」

2号と3号はその申し出を辞退。3号は再び窓の外に眼を転じた。始めは品川近くのホテルにでも宿泊するのかと考えていたのだが、その予想は外れたらしい。

道路標示やそこかしこの看板を見てみると、どこかで見たようなものになっていた。

…『文京区』、『赤門前』明らかに、文京区、それも東京大学の近くに来ていた。

・・・なるほど、機山館か。よく考えれば、荷物が保管されているのは確かにあそこだったのである。

「それじゃ、そろそろ着くから、忘れ物ないようにね」

ロケバスから降りたクイ中達。そこは、3日前地下鉄の駅から機山館へと歩いた道だった。

「加治木はもう帰ったのかな?」

「さあ、どうでしょう?鹿児島は遠いでねえ」

「まさか、日テレだから『東大一直線』に捕まったとか?」

「それ、リアルに嫌やね」

「電波少年かぁ。そういやさ、富田さんもTプロデューサーやんね?」

「あー、そうだねえ」

 

9人は、そんな会話を交わしながら機山館へ。『歓迎』の札を見てみると、どこかの学生だか社会人だかの体育会サークルの名があった。確かに、そういう団体には都合が良さそうなホテルである。

土居さんがフロントに行き、チェックインを済ませた。3日前に『最低の三重』と言った遠藤さんが座っていたソファーには、学生らしき3人が新聞を読んでいる。

見るからに体育会系で、古賀はすぐに入り口の札が歓迎していた人達だと判断した。しかし、どこかで見たような…。そんな古賀よりも早く、清水が気付いた。

「加治木やん!」

「あ!ほんまや!」

 

うれしい驚きと共に、清水は彼らに声をかけた。

「あとで写真撮ろうな」

「はい、撮りましょう」

加治木のメンバーがなぜ敬語なのか測りかねたが、さらに友達の輪を広げることができ、清水は満足感に浸った。

東京都文京区本郷、ホテル機山館。まさに突然の再会である。

あれだけ涙の別れをして、簡単に再会できるとは誰が予想していただろうか?

そうは考えながらも、戦友との再会が嬉しくないはずがなかった。

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