始まりの時は満ちて。

2011年1月23日 § コメントする

青い扉をくぐってまず古賀が見たのは、たくさんのスタッフだった。前にはパイプ椅子が並べられ、スーツ姿の男性が数人座っている。まだ数に余裕があるところを見ると、まだ人は来るのだろう。

長く黒いカーテンで囲まれたスタジオの中心を押金が見ると、3つの早押し台と1つの司会者台があった。3つの早押し台には、それぞれのチーム名が白く刻まれたプレートが置かれている。

清水がその台の背後を見ると、『All Japan High School Quiz Championship』という文字のブロックが吊るされていた。・・・これ、日野春の使い回しだな。彼は見るなりそう思った。そして、それぞれの台についた3チーム。正面向かって右が神奈川工業、左が東大寺学園、そして真ん中が川越高校である。

「それじゃ、マイクとボタンのチェックをします。東大寺から順番にボタンを押して、大きな声でチーム名を叫んで下さい。それじゃ、まず東大寺」

パン!

 

「東大寺学園!」

 

「はい、それじゃ川越」

パン!

「・・・せ~の、川越高校!」

 

「最後、神奈川工業」

パン!

「神奈川工業!」

 

「ハイ、ありがとう」

装置の試験が終わったところで、

「よろしくお願いしまーす!」

と、9人の前に再び福澤アナが姿を現した。手には何枚かのカードを持っている。あれに決勝問題が書かれているのだろう。彼は、パラパラとそれに目を通し、司会者台でトントンと揃え、そして口を開いた。

「それじゃあ、参りましょうか」

スタッフの動きが少し大きくなった。クイ中達も、来るべきときが来た、という表情で福澤アナを見た。

「じゃあね、照明は上からだから、顔はちょっと上目にしておいた方がいいね。1チームずつ紹介していきますから、ライトで照らされたときにはまっすぐ前を向いて。インタビューなんかをしていくけれども、そんなに深く考えずに、緊張を解くくらいのものと思ってもらえればいいからね。カタくならなくても、オンエアではほとんど使われないから。僕の言ってることすらほとんどカットされちゃうくらいだから」

彼は9人にそう言葉をかける。言われるように正面を向いた古賀は、暗いスタジオを見回した。

映す側-つまり視る側-から見たスタジオは立派だが、こうして映される側から見てみると結構殺風景で、遊びの空間も多いように感じられる。ただ、これが普通なのかそうでないのかまでは彼には判じかねた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」

「お願いしまーす!」

「それでは本番参りまーす!5秒前、4、3、・・・」

「今世紀最後の夏を最高の夏に最高の夏にするのは一体どのチームでありましょうか?ライオンスペシャル全国高等学校クイズ選手権。3日間に渡って走り続けた特Q!FIRE号の旅。走行距離、およそ730キロ。駆け抜けた駅の数、163駅。50チームによって、しのぎを削りました。いよいよその、クライマックス、決勝戦を迎えようとしています。さあそれでは、日本一をかけて戦う3チームを紹介いたしましょう。まずは、神奈川県代表、神奈川工業高等学校!」

パチパチパチパチ!スタジオ内に拍手が響いた。

 

「私ですね、素直に言わせて頂くと、君達がここまで来るとは思っていませんでした」

「ハハハ!」

 

スタジオの全員に笑顔が浮かぶ。・・・正直に言わせてもらえれば、失礼ながら自分もそうだった。と、思っていたのは古賀である。4日前の機山館での開会式で

 

「天然ぽいね」

 

などという会話を押金と交わしたことを彼は思い出していた。よく思い出してみれば、クイ中達の両サイドに立っているチームは、両方ともあのとき彼らの話にのぼったチームである。感慨深いものがあった。

 

「ではお隣です。三重県代表、川越高等学校!」

 

パチパチパチ!クイ中達は、深く礼をした。

 

「埼玉の川越高校ではありません、ということをしっかりと言っておかなければいけませんねえ。いろんな人から、『埼玉の川越高校でしょ?』とか言われるの?」

「はい」

「かなり・・・」

「はあ、そういうときは何て答えるんですか?」

・・・しまった、そこは普通にノーマークだった。クイ中達はそう思った。なんだかんだ言いながらもイッパイイッパイで、インタビュー対策はしていなかったのである。

・・・くそっ、何か考えてくりゃよかった。そうは思ったものの、後悔先に立たずである。

 

「・・・『三重です』と」

「『三重県の、川越高校です』と」

・・・普通だ。どっちつかずは逆に救えないんだろうな。

「はあ。さて、三重県代表が決勝進出を果たしたのは・・・」

・・・初めて、とクイ中の誰もが思った。

「第2回大会の県立伊勢高校以来2度目です」

「・・・へえ、そうだったんや」

「てっきり初めてかと思っとった」

「俺も」

つぶやく3人。

 

「そのときの成績は第3位ですね。2位以上になれば、歴代の三重県代表としては最高の成績となります」

「ところで、川越高校は県下でも有数の進学校らしいですねえ」

「・・・そうなんですか?」

と、懲りずに古賀。半ば本音である。・・・進学校は進学校だが、『県下有数』と言われては素直に首を縦に振れない。だが、言った後で悔やんだ。万が一放送されたら、リアルに痛い。

 

「素晴らしい学校です」

 

見ていられず、清水はフォローに入った。・・・古賀ちゃん、無理をするな。

 

「さて、まずは古賀君。今回のクイズで一番印象深かったことは何ですか?」

「・・・そうですね、日野春で一抜け出来たことと、鯨波で一生分綱を引いたことですかね」

「そうですか。学校ではバドミントン部に所属しているんですか。スポーツマンなんですね~」

断崖の際を行く古賀に、さらに追い討ちがかかった。・・・なぜ、ここにきて部活の話題にいくんですか、福澤さん!?本気でそう思った。

 

「はい、まあ」

 

・・・部活関係を突っ込んでも、何も出てこないんですよ。申し込み用紙には『得意技・もののけ姫』だとか、もっと掘り出し甲斐のあるネタを書いておいたのに・・・。

 

「腕前としては、どんな塩梅なの?」

 

この質問は古賀にとってトドメに等しいものだった。クイズにかまけて部活や練習会をサボった高校生に、その実力を聞いてはならない。

 

「・・・ボチボチ、ってところですかね」

 

彼の心中を知ってか知らずか-おそらくは後者だろうが-、福澤アナは追撃の手を緩めなかった。

 

「ボチボチというと?」

「・・・え~と、1回戦負けです」

・・・十中八九、カットだな。

 

「はあ、なるほど。さて、お父様の一孝さんからのメッセージです」

 

神奈川工業へのメッセージは全てそれぞれの母親からのものだったので、古賀は苦笑しながら少し不思議に思った。男子は父親からなのか?などと無根拠なことも考えている中、福澤アナは続けた。

 

「『自分の目指す物が手の届くところまできたのだから、悔いのないよう全力で頑張って下さい』と、結構冷静におっしゃっていたそうです」

自分で予想していた以上に感謝して聞いていた古賀に、福澤アナはまだ続けた。

 

「続いて、お母様の典子さんからのメッセージです」

 

・・・合わせ技ですか・・・。これには古賀も意表を衝かれた。

 

「『驚きました。まさか決勝までいってしまうなんて。今は、優勝して欲しいのが半分、して欲しくないのが半分です』と、いうことです。これ、どういうことなんでしょうかねえ?」

「・・・どういうことなんでしょう?」

 

そうは言いながらも、古賀は思った。うちの母親、目立つことがあんまり好きじゃないからなあ。

 

「続いて清水君」

「はい」

「お母さんの貴美子さんからのメッセージです。『そうなんですか!?せっかくそこまで行くことができたのだから、悔いのないようにがんばりなさい』とのことです。お母さん結果とか知らなかったみたいですね。旅の途中に連絡取ったりしていなかったの?」

「ええ、あまり・・・」

「そっかあ、じゃあけっこうサッパリした関係なんだねえ」

「そうですねえ、わりと」

 

別に仲が悪いわけではないが、これといって連絡してもしょうがないだろう、と思っていた清水は、この旅の間、家とほとんど連絡を取っていなかったことに気がついた。

しかし家出をしているわけでもないし、所在は分かっているのだから問題はない、と彼は一人で結論を出していた。

 

「押金君、お母さんの節子さんからメッセージ頂戴しました」

 

押金も苦笑した。

 

「『えらいことになりました!本人も、何があるかわからないと言っていたのでビックリです。今、家族は大いに盛り上がっています!』」

・・・盛り上がるだろうなあ。なにせ言った本人が一番驚いているんだから。押金は思った。

 

「という川越高校、埼玉県じゃありません、といったところで頑張って下さいね」

「さて、最後は奈良県代表、東大寺学園高等学校!」

パチパチパチパチ!

 

「名門東大寺であります。もし優勝すれば、同一高での2度目の優勝という快挙ですよ」

同一校でニ度目の優勝。意外と言えば意外なのだが、これまで19回行われた大会で同じ学校が二度優勝したことはない、らしい。確かに、クイ研が図書室に入れてもらった高校生クイズ第1回から第15回までの本に載っている優勝校はすべて違っていた。本が発行されなくなったそれ以降の大会でも、連続地区代表はあった-クイ中達の乏しい記憶では今回の高知県代表もそうであった-にせよ、二度の優勝をした学校はない。

 

「ラーメンが好きで、近畿のおいしい店は大体食べ歩きました」

 

と言う室田君に対し、福澤アナは店の名前を尋ねてメモを取って笑いを誘った。

・・・それにしても、まさか、東大寺と決勝で戦うことになるとは。それはクイ中全員の思いだった。3人にとって、東大寺は、甲子園で言えばPL学園のような存在なのである。

この旅では、いつでも彼らの危なげのない戦いぶり-この点では、川越クイ中と本当に対照的である-を驚きの眼で見てきた。・・・だが、ここまで来たからには、無様な戦いはできない。これが3人の総意だった。

 

「ではルールを説明します。ルールは、問答無用の早押しクイズです。お手つき誤答はマイナス1ポイントです。10ポイント先取で優勝決定、今世紀最後の高校生クイズ、第20回記念大会のチャンピオンと輝くわけでありますねえ」

福澤アナがルールを説明した。恐らく、この第20回大会で一番説明が楽なクイズだろう。

 

「・・・ちょっと手の重ね方を変えてみやん?」

 

清水が口を開いた。

 

「どういう風に?」

「古賀ちゃんと僕は手の平じゃなくて、指をボタンに置くんさ。んで、おっしーはその上に手を重ねる。これでそれぞれの力がボタンに伝わりやすいやろ?」

「お、そやね」

「じゃあこれでいこうか」

 

3人は清水の提案通りに手を重ね、クイ研の団扇は腰の後ろのベルトに差し、そして、始まりの時は満ちた。

 

 

「・・・それでは、参りましょう!ライオンスペシャル第20回全国高等学校クイズ選手権、決勝戦!

 

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戦いの扉の先。

2011年1月22日 § コメントする

古賀が日本テレビの扉をくぐって初めて思ったこと、それはやっぱり『マイスタ』のことだった。

彼は、あのスタジオはてっきり入り口すぐ側にあって、だから福澤さんや羽鳥さんはあんなに簡単に出入り出来ているのだと思っていた。

しかし、彼が建物に入ってすぐに目にしたのは、スタジオではなく2階に続く階段だった。よくよく考えれば普通はそうだよなあ、とやはり1人で納得しながら彼は他の8人と共に3人のスタッフに連れられて階段を昇り、2階へ。富田氏は、やはり手続きがあるのか受付けに行き、高校生たちはロビーのソファーで座って待つ。少し経つと呼ばれ、何やら書類にサインを求められた。

TV局に一般人が入るのは、こんなに面倒なことなんだなあと思いながら名前を書くクイ中達。その隣では、土居さんと矢野さんも同じ書類に名前を書いていた。

 

「あれ?2人もかかなきゃいけないんですか?」

 

「そうだよ。だって俺達バイトだもん」

 

「あ、そっか。でも、一応スタッフだから通してもらえるんじゃないんですか?」

 

「正社員じゃないからね」

 

「そういうもんなんすかー」

 

所定の欄を埋めて受付けの人に渡すと、なんだろう君のマークが入ったチケットのようなものを渡された。それには『1回入構許可証』と印刷されている。

 

「それを守衛さんに渡してゲートを通って」

 

と言われ、各々制服姿の守衛さんにゲートを開けてもらう。古賀は以前、TV局はテロなどによる乗っ取りの危険性を小さくするために、階段などの構造が複雑になっていたりセキュリティが厳しくなっていたりすると聞いたことがあったが、今その片鱗を身を持って味わった。

 

相変わらず重い荷物を担ぎながら、富田氏に従って歩く11人。

気象予報室と貼り紙された部屋や『ゴールデンタイム視聴率三冠王!』という社内ポスターなどの前を通り過ぎた先に、幾つかの椅子が並んだ広めのロビーがあった。そこでタバコを吸う人には、数人見覚えのある人が混じっている。

そして、その先には青く大きな両開きの扉。

 

「・・・このスタジオか」

 

誰ともなくつぶやいた。

 

「それじゃ、こっちに控え室があるから」

 

と、9人はその青い扉の横にある扉から、控え室に通された。

 

「お、いわゆる楽屋ですか?」

 

と古賀。

 

「あ、お菓子とジュースがある!」

 

との声も。確かに、テーブルの上を見ると菓子類盛り合わせとペットボトルが数本ある。お菓子はともかくとして、暑いので飲み物はクイ中達にとって嬉しいものだった。

 

 

「うわ!めっちゃ柔らかいやん!」

 

「何か、体操とかバレエとかやってたん?」

 

「いや、この子の趣味は柔軟体操だから」

 

「あ、そうなんすか」

 

楽屋では、神奈川工業の藤田さんがその柔軟性を披露していた。それに対抗して土居さんも挑戦してみるが、結果は、古賀に最高のシャッターチャンスを与えただけだった。

決勝戦は2時から行われると言われているが、まだ1時20分過ぎで時間は沢山ある。

東大寺、神奈川工業、そして川越の3チームは、決勝直前とは思えないほど和やかな雰囲気の中で待ち時間を過ごしていた。もっとピリピリしたムードを想像していた古賀にとってはそれが少し意外だった。

彼のイメージでは、こういうときにはそれぞれのチームが別の個所に固まって、話すときも小声で、というようになっていたのだ。だが、今の状況はそれとは全く逆であり、全員でテーブルを囲み、大声で談笑までしている。

彼にとってそれは嬉しかった。そして、もっと言ってしまえば、あえて決勝をやる必要はないんじゃないかとまで思い始めていた。しかし、その考えは振り切らなければならないとも自分でわかっている。ここまで来たら最後まではっきりとケリをつけなければ気がすまないのは、誰であろう自分自身なのだ。

決着をつけたい、つけたくない。両方ともが同じように自分の思いなのだと知っているからこそ、クイ中3号の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。そして、それは1号と2号も一緒だった。

この時間が、クイズも何も関係のない、ただ楽しい旅の延長のような気がしてならないのである。振り払おうとしても、雲はなかなか晴れない。そんな小さな葛藤を、彼らが笑顔の下で繰り返していたとき、どこへ行っていたのかいなくなっていた富田プロデューサーが控え室に戻ってきた。

 

「どのチームが優勝すると思う?」

 

ふと、彼は3チームにそんな疑問をぶつける。

・・・この人は自分達に、決勝前から心理戦でもやらせようってのか?

と、古賀は思った。だが、サッカーや柔道などならともかく、クイズでは必勝の秘策などないのだから腹を探り合っても仕方ない。ならばMr.Tはどんな意図で質問をしたのだろう?そうは考えながらも、質問に対する答えは決めた。

一瞬だけ横に座るチームメイトの眼を見たが、2人の選ぶ答えもきっと同じだろう。

 

・・・

 

「なんで私らのとこにはどこも指ささないの?」

 

と、冗談ぽく言った神奈川工業の3人。その彼女達は東大寺を指し、東大寺は川越を指していた。

流れとしては、クイ中達は神奈川工業を指すべきだったろう。

しかし、彼女達には悪いと思ったが、ずっと憧れてきた東大寺学園を指さないわけにはいかなかった。

 

「やっぱり東大寺が本命かあ」

 

そこに演出の遠藤氏が、タバコを吸いながらやってきた。昨日までの高校生クイズのスタッフTシャツと違い、きちんとした襟付きのシャツを着ていた。

周りや控え室の外をよく見てみれば、ロゴ入りスタッフTシャツを着ていたのはバイトの土居さんと矢野さんくらいで、日テレ正社員-少なくとも正式な番組関係者-はほとんど全員が私服(?)姿である。不意にMr.Tが遠藤氏を見、彼を注意する

 

「高校生の前で煙草吸うってのはよくないんじゃないのか?」

 

「あ、そうですね」

 

と、遠藤氏は火を消した。そのやりとりを真横で見ていたクイ中達は思った。

・・・よく考えてみれば、この2人が会話しているところをまともに見たのはこれが初めてじゃないのか?

以外にない取り合わせだよな・・・。

 

聴き慣れた声に、部屋の9人はその目をドアの方に向けた。

 

「あ!」

 

「わ!」

 

「福澤さんだ!」

 

そこには高校生クイズ司会者、福澤朗アナウンサーが立っていたのである。9人にとっては、あの日野春駅以来3日ぶりの再会であった。

 

「あと10分くらいで本番です。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「第20回大会、優勝すれば新世紀の旅と研修費用ですか~」

 

そう言えば、優勝賞品は『新世紀の旅』っていう話だったなあ。忘れていたわけではないが、古賀はあらためて思い出した。

・・・ん?

研修費用?

 

「え?優勝って、旅行だけじゃないんですか?」

 

「ん~、まあそれは最後のお楽しみですかね」

・・・毎回、賞品は旅行だということはなんとなく知っていた。研修費用も毎回のことなのだろうか?だとしたら、今のでいつも番組を見てないのがバレバレだな。クイ中歴2、3ヶ月の3号はそう思った。

 

「それじゃもうすぐ本番ですけど、リラックスしていきましょう。では、よろしくお願いします」

 

「お願いしまーす!」

 

 

古賀は2度目のトイレに立った。毎度毎度のこととなってしまったが、本番中にトイレに行きたくなって集中出来ないより何倍もマシである。もうすぐスタジオ入りだった。

やっぱりトイレに行きたくなるのは緊張しているからなのだろう。

…決勝はどんなものになるのだろうか?

トイレを出、彼は歩きながら考えた。日野春で1抜け、鯨波で最後から2抜け、原地区で1抜け、そして土合でギリギリの4位抜け。

FIRE号を降りて行われてきたクイズを、自分達はやたらと浮沈の激しい順位で通過してきた。

・・・だが、この折れ線グラフから考えれば、・・・もしかしたら決勝は・・・。

・・・いや、やめよう。むやみに希望を抱いても、ロクなことはない。首を振ってあらぬ考えを捨て、彼は控え室に戻った。そして間もなく、9人はついにスタジオ入りとなった。

クイ中達はクイ研の赤団扇を握り締めて控え室を出る。9人は、この夏最後の扉をくぐった。

 

戦いの扉の先がどんなものか、その予想がつかないのは毎度のことであり、クイ中達が出来るただ一つのことも、今までと大して変わらなかった。ベストを誓う、それだけである。

 

 

日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

2011年1月22日 § コメントする

「土居さん、何やってたんですか?」

 

「眉毛書いてた」

 

「この太い眉毛が繋がってたの」

 

「え?それでもう消しちゃったんですか?なんや、見たかったのに。…あ、そう言えば、市村さんら土居さんの昔の写真見てないよね?」

 

「見てないけど」

 

「おっしー!あの土居さんが写ってる大会の本っておっしーのカバンやんね?」

指定の時間に遅れることなく全員が集合したホテル機山館のロビー。古賀は、ソファーに座って先程の本を読んでいた押金に土居さんの写真入り本の所在を聞き、神奈川工業チームに見せた。

 

「何これー!」

 

「若ーい!!」

予想に違わず、大ウケであった。昨晩と同じく富田氏待ちの一行。その時間を有効に使うべく、クイ中達は高校生クイズ指南書を開いた。ふと古賀が横を見ると、神奈川も東大寺も同じ本を開いている。

 

「やっぱりみんな使ってたんやねえ」

 

確かに、この本にはかなりの良問が揃っている。3チーム全てが持っていたと知っても、さしたる驚きはなかった。ナンヤカンヤとやっていると、Mr.T登場。昨晩一行が夕食を食べたレストランで昼食をとることになった。

 

 

「よーし、何でも好きなもの頼めよー」

 

と、妙に太っ腹な富田氏。メニューを見てみる。悲しいかな、ホテルにくっついたレストランゆえに、ファミレスほどの品揃えはない。

何と言うか、ピンからキリまで、と言うより、ピンかキリしかないような感じである。

学生身分としてはカレーライスあたりが無難だろう。が、昨日の昼も、そして今日の朝までもカレーだった。クイ中達は悩んだ。しかし、それほど長くはなかった。せっかくあのMr.Tが『何でも頼め』と言ったのだ。気が変わらないうちにその言葉に甘えてしまおうではないか。

 

「じゃ、ビフテキですかね」

 

「俺も」

 

「僕もそうするわ」

 

…ビーフステーキ。この旅で一番豪華な昼食である。

 

「そっちは何にするん?」

 

押金は、隣のテーブルに座る東大寺メンバーに尋ねた。

 

「ビフテキ」

 

「僕もビフテキ」

 

「僕はうな重」

 

「あ、うな重にしたんか」

 

「決まったかー?」

 

「あ、ハイ」

 

「じゃあ、頼んで」

 

「はい。…すいませーん!」

やってきたウェイターに注文を告げる。ふと清水は富田さんらが何を頼むのかが気になり、スタッフ3人が座るテーブルに注意を向けてみた。

 

「じゃ、カレー」

 

富田氏はカレーを注文。清水は、その直後の土居さんの微かだが鮮明に現れたリアクションを見逃さなかった。

 

「…えっと、じゃ、僕もカレーで」

 

うな重あたりでも注文したかったのだろうか?

だが、上司-一応そういうことになるのだろう-よりも高い物はさすがにオーダーできなかったのだろう。

彼の心境を思いやると、清水は笑えてきた。

 

 

「それじゃ行こうか」

 

昼食を終えた一行は、それぞれの荷物を持って機山館を出た。相変わらず、東京は車通りの多い街である。

その往来に向けて、富田氏が手を挙げた。日テレまでのタクシーを拾うらしい。

てっきり地下鉄-降りるのは当然あのズームインのバックの駅-か昨日のようなロケバスで行くのかと思っていた古賀にとっては少し意外だった。まあ、わざわざ車を用意されるほど偉い身分ではないことは自分でわかっていたのだが。

最初に止まった一台にはクイ中達と矢野さんが乗り込むことになった。

トランクに大荷物を入れ、後部座席に座った3人。後ろを振り向くと、自分達に続くタクシーが止まっているのが見える。

 

「麹町の日テレまで」

 

矢野さんがそう言うと、車は走り出した。車窓に広がるのは、大都市東京を象徴する高い建物と行き交う車ばかり。ふと、清水は気になることがあったので矢野さんに尋ねた。

 

「矢野さん、以前やったクイズに『トン女といえば東京女子大、ではポン女といったら?-日本女子大』みたいなのがあったんですが、本当にそうやって呼ぶんですか?」

 

「あーそうやねえ、呼ぶねえ」

 

「へエー、つまらない質問しちゃってごめんなさい」

 

「いやいいよ」

 

知識と実際の事実がつながったときというのは、なんともいえない満足感があるものである。そんなとりとめもない会話をしつつ、決戦の場へとタクシーは近づいていった。

 

 

「あ、あのガラスの向こうってマイスタ(記録班注:正式名称はMyスタジオ。ズームイン朝及びズームインサタデーが放送されている、ガラス張りのあのスタジオである。たまに、ピースをする通行人や道向こうのビルの掃除のおじさんが映ったりする懐の広いスタジオでもある)っちゃう?あの地下鉄の駅もある!うわっ、ホンマに日テレや!」

 

クイ中、特に3号は大ハシャギ。川越の乗った先頭タクシーに続き、後の車も日テレ前に止まった。

 

「・・・あれ?」

 

どこかで見覚えのある顔がいくつか、そこの玄関前にあった。

 

「・・・船橋の人?」

 

「群馬高専?」

 

数えれば4、5人。近隣の県の出場者達が、決勝間近に応援に来ていたのだ。やはり関東地区なのか、彼らは神奈川工業の3人と馴染みが深いらしい。

タクシーから全員が降り、荷物も降ろしていると、矢野さんが見覚えのないダンボールを持っている。

 

「それ何ですか?」

 

清水が尋ねると、

 

「高校生が旅館に置いていった忘れ物だよ」

 

とのこと。見ると、各学校ごとに袋に入れてあり、学校名もきちんと書かれている。

 

「これどうするんですか?」

 

「どうしようねえ、とりに来てもらおかなあ」

袋をあさりながら矢野さんは言った。ふと『沖縄尚学』と書かれたやつが二人同時に目に留まった。

 

「ちょっとそれは無理だね」

 

笑いながらそう言うと、矢野さんは日テレへ入っていった。そうこうしているうちに、加治木高校の3人とは本当の別れがやってきた。

彼らは先程の『あの地下鉄の駅』、正確には営団地下鉄の麹町駅から東京駅に向かい、そこから鹿児島へ帰るらしい。

 

「それじゃ、頑張って!」

 

そう言い残すと、薩摩っ子3人は駅の階段を下っていった。

 

何かしらの手続きがあるのか、3チームは少し外で待たされる。その時間を活用して、古賀は様々な番組で登場する日テレ玄関や、駐車場のなんだろう君マーク、そして『あの駅』をキチンと撮影。

毎朝福澤さんが挨拶をしている場所に今立っているのだと考えると、不思議な感じもした。玄関前の大きな柱に貼られている大きなポスターを見ると、毎年恒例となっている24時間TVの宣伝がされている。

・・・8月19日から20日か。もう今度の週末だな。

24時間TVには夏休みの終わりを告げるイメージがあり、古賀としてはサライを聴くと感動ではない涙がこぼれそうになる。

と、彼が埒もないことを考えていると、3チームが呼ばれた。

 

日は既に天頂に達し、ゆっくりと、しかし確実に最後の戦いの時は近付いてきている。

9人は長かった旅の本当の終着点にたどり着き、そして足を踏み入れた。日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

 

クイ中達のTOKYO。

2011年1月22日 § コメントする

「今って少し時間あります?」

 

「うん、1時間ぐらいあるよ」

 

「じゃあちょっと外歩いてきていいですか?」

 

「いいよー」

 

「それじゃ、荷物お願いします」

 

「はいはい」

ロビーに座っている土居さんと矢野さんに荷物を任せ、クイ中達は日テレに行くまでの待ち時間にホテル付近を歩いてみることにした。

 

 

「あのさー、太栄館にお土産買いに行きたいんやけどさ」

 

と、押金。聞くと、いい品があったのだが、荷物制限の煽りを食って買えず終いだったらしい。

 

「ええよー」

 

「行きましょかー」

 

特にどこを回りたかったという希望があったわけでもないので、コンビニで古賀がカメラを購入した後で、あの旅館を再び訪れることにした。

 

 

「ども。こないだの日曜に、ここにお世話になったんですけどね」

 

「あ、クイズの?」

 

「ハイ。今日が決勝なもんで」

 

「へえ、すごいねえ。応援してますよ」

 

「ありがとうございます。ところで、土産買うだけって出来ますか?」

 

「もちろん出来ますよ」

 

「それじゃ、これ下さい」

 

2号は目的の置物を購入。それ以上留まる理由はなかったので、玄関を出る。

 

「・・・石川啄木ねえ」

 

左手を見ると、なにやら石碑があり、そこにはこの旅館と石川啄木とに関わる何やらかが刻まれていた。

 

「へえ」

 

わかったようなわからなかったような文を読み終え、クイ中達は太栄館を後にして大通りへと戻る道を歩き始めた。

 

「・・・ホント、東京って感じがせんよね。普通の街っぽいよ。あの公園なんか特に」

 

「あ、あの公園よくない?ちょっと寄ってかん?」

 

「ええよ」

 

「・・・あ~、この前後に揺れる馬なんていいよね」

 

「ほんまや~」

 

「あ、おっしー、かっちゃん、その絵いいわ。写真とるでなにかポーズとって」

 

「んじゃ、決勝前に何か作戦を立てているような雰囲気で」

 

「ちょっと手もつけたりなんかして」

 

「あ、いいねいいね」

パシャッ!

「・・・オッケー!」

 

「いいの撮れたね」

 

「撮れましたねえ」

 

「今度はあっちのブランコ撮りましょ」

 

「いいですねえ」

 

「あ、古賀ちゃん、今度は僕が撮るわ」

 

「あ、サンキュー」

 

 

 

「初日にここに来るときに降りた駅があったやん?そこの側に本屋があったんやけどさ、そこ行ってみやん?」

 

「うん、ええよ」

 

「行こか」

 

国立東京大学の赤門を左手に見ながら、アロハ姿で学生の町を歩くクイ中達。

 

「こう言っちゃなんだけど、遊べる街ではないよね」

 

「そやねえ。でもしょうがないでしょ。すぐそこが東大なんだから」

 

「ですかね。そういや、うちら日曜日にここに来たときどっちから来たっけ?」

 

大きな交差点に差し掛かり、古賀はふと疑問を口にした。

 

「こっちっちゃう?」

 

と、押金が指差した。

 

「あ~、何かそんな気がしてきた。それじゃ、本屋はあの横断歩道を渡った向こうやね」

 

道の真ん中は、地下鉄か下水道の埋め込み-この種の工事はなかなか終わらないものである-でもやっているのか工事中で、TOKYOという街の常と言うべきなのだろうか、車通りは順調とは言えない。

 

「・・・あれ?矢野さん?」

 

と、清水が口にした。他の2人も彼の視線の先に注意を向けてみる。

 

「…あ、ホンマや」

 

「どうしたんやろ?」

 

そのとき信号が青になり、待たされていた通行人が歩き出した。

 

「ども」

 

「ちょっとあっちの本屋に行ってきますわ」

 

「はいはい」

 

 

 

「あ!パーネル・ホールや!」

 

「それっておっしーがずっと探しとった本?」

 

「そうそう。特にこの『犯人にされたくない』はどこ探してもなかったんやって。さすが東京やわ。品揃えが違う」

 

「へえ。あ、こっちはアガサ・クリスティーっちゃう?」

 

「そうなんさ。どれ買おうかなあと思ってさ~」

 

目的地の本屋に到着し、予想以上の品揃えのよさに感動したクイ中達。特に、押金は長い間探し続けていた本が簡単に見つかり、次の悩みはその中からどれを買うのかという点に移っていた。結局、彼はホールの『犯人にされたくない』とクリスティーの『オリエント急行の殺人』を選んでレジに向かった。古賀もトム・クランシーの本を探してみたが、ほとんど読んだことのあるもので、買う気は起こらない。

 

「かっちゃん、何見とるん?」

 

「いや、雑学の本あるかな~と思って。結構いろいろあるで」

 

「ホンマや。東京は違うねえ。うちの近くの本屋は大したことないもん」

 

2号も会計を済ませ、クイ中達は雑学本を棚から取り出しては戻し、取り出しては戻して、少しでも自分達の知識になるような情報を探した。

 

「あ、これいいね」

 

清水が手に取ったのは漢字の本だった。

 

「あ、ええな。自称漢字担当としては惹かれるね」

 

と、古賀。

 

「じゃあ、古賀ちゃんこれ買う?」

 

「おう」

 

3号は『なるほど、ナットク超[漢字王]』を受け取った。幸い-と言うべきか言わないべきか-この旅ではまとまった額の金を使う必要がなかったので、財布にはかなり余裕があった。

 

「じゃ、俺はこれ」

 

と、押金は『辞書にはない《言葉と漢字》3000』を選んだ。

 

「僕はどれにしようかな~?・・・これかな?」

 

清水の眼に留まったのは、『雑学の宝庫・日本の常識2000問』なる本。

 

「お!?これはいいんとちゃう?」

 

「どれどれ?・・・あ、なかなかちゃう?」

 

「やね。これにしよ」

 

 

 

足も時間もなく、堪能できたとは言えないが、それでもクイ中達のTOKYO観光は、なかなかどうして楽しいものだった。恐らく、これが東京で過ごせる最後の自由時間だろう。

そうわかっていたから、尚更だったのかもしれない。

 

 

 

8月17日、始まりの朝、最後の朝。

2011年1月22日 § コメントする

ピリリリ!ピリリリ!ブグウィ~ン!

 

8月17日、午前7時。押金と清水は携帯電話から発せられる大音量アラーム、そして振動が台に響く騒音で眼を醒ました。それにしても、猛烈な音である。そう言えば、昨晩古賀ちゃんがアラームをセットするとつぶやいていたっけな。

そんなことを思い出しながら、2人はうなる携帯電話の一番近くに寝ている彼を見た。

 

・・・・・・こいつ、起きる気配がない。
その彼に一日の始まりを告げたのは、いきなり身に降りかかった衝撃であった。

 

「・・・・・・」

 

・・・ドスッ!

 

「!?う、おわっ!?・・・かっちゃんか、何してくれるん!?」

 

「何してくれるんはないやろー。自分で携帯のアラームかけときながら、人は起こしといて自分はずっと寝とるんかー!?」
「あ、そういや、かけてたね。あれ?アラーム鳴らんかったん?」
「だから鳴ったゆーとるやろー!古賀ちゃんが起きなかっただけやー」
「そうやでー!俺ら2人だけが起こされて、なあ?」
「なあー?」
「うっそっさー!んじゃ、何で俺はこんなに近くで気付かんと寝とったん!?」
「知るかー!」

身支度を適当に整え、地階の食堂-と言うべきか、宴会場と言うべきか-に向かったクイ中達。既に、東大寺チーム、加治木チーム、そして土居さんと矢野さんはテーブルに着いていた。

朝食はバイキング形式で、古賀には嬉しい食べ放題である。朝だと言うのに何故かカレー入りの胴長鍋が置かれていて、清水と押金はそれをとることにした。おいしそうだったので、1皿目を平らげた古賀も試して見ることに。

・・・少し、いや、結構カラい。

「それじゃ、10時までにチェックアウトだから、それまでに荷物をまとめてロビーに下りてきてね」

と、土居さん。それ以外は特に連絡もなく、クイ中達は、神奈川工業チームと入れ替わりに部屋に戻って行った。

『映すんじゃねーよー!!』

『触んなよー!』

『自分達だけで帰れただろー?!』

「・・・こいつら、非常識にも程があるんじゃねえのか?」
「ほんまやわ」

NTV朝のワイドショー、ルックLOOKこんにちは。どこかで豪雨があり、川の中州に取り残された若者達が、自分達を救った救助隊やその模様を取材していたマスコミに食ってかかる姿が放送されていた。

 

「あんなやつら助けなくてもいいって」
「ほんま、救助隊の人が命懸けて助けたってのになあ」
「こんなやで、『世の17歳は』なんて言われるんやわ」
「そうそう」

クイ中、朝から現代日本に文句のつけ通しである。
しばらくTVを見ながらだらだらとした後、3人はようやくチェックアウトに向けて身支度に取り掛かり始めた。荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認。

アロハシャツに袖を通し、ジーパンに足を通す。

 

「ティッシュない?」

 

洗面所から呼び声。主は1号であった。

「どうしたん、かっちゃん?」
「ヒゲ剃っとったら切った」
「あ、やっちゃった?・・・ええと、あった。ほれ」
「サンキュ。・・・なんかこれ、血ぃ止まらんのやけど・・・」
「万が一、横滑りしちゃったんやね。マキロン使うか?」
「いや、いいや」

なんとか血も止まり、清水も赤いシャツを着る。そして新しい靴下を履き、3人は-勝負パンツを履いた約1名は特に-、この旅ですっかり馴染んでしまった格好に。

替えの服がそれなりの数入った自分達の荷物も手の内に戻ったが、ここまで来てその服に替えたところで一体何の得があろう?今日が最後の日である。

3人はもう少し、あと1日、このアロハには付き合ってもらうことにした。
8月17日、全国大会最終日。昨日までは、明日も、1時間後ですらも何が起こるかわからない旅だったが、今日は違う。

今日行われるのはただ一つ、最後の戦い。そして、もう明日はない。

 

 

この朝は、始まりの朝であり、最後の朝でもあった。

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川越高校クイズ研究所大会参加記録第四部 カテゴリーを表示中です。

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