始まりの時は満ちて。

2011年1月23日 § コメントする

青い扉をくぐってまず古賀が見たのは、たくさんのスタッフだった。前にはパイプ椅子が並べられ、スーツ姿の男性が数人座っている。まだ数に余裕があるところを見ると、まだ人は来るのだろう。

長く黒いカーテンで囲まれたスタジオの中心を押金が見ると、3つの早押し台と1つの司会者台があった。3つの早押し台には、それぞれのチーム名が白く刻まれたプレートが置かれている。

清水がその台の背後を見ると、『All Japan High School Quiz Championship』という文字のブロックが吊るされていた。・・・これ、日野春の使い回しだな。彼は見るなりそう思った。そして、それぞれの台についた3チーム。正面向かって右が神奈川工業、左が東大寺学園、そして真ん中が川越高校である。

「それじゃ、マイクとボタンのチェックをします。東大寺から順番にボタンを押して、大きな声でチーム名を叫んで下さい。それじゃ、まず東大寺」

パン!

 

「東大寺学園!」

 

「はい、それじゃ川越」

パン!

「・・・せ~の、川越高校!」

 

「最後、神奈川工業」

パン!

「神奈川工業!」

 

「ハイ、ありがとう」

装置の試験が終わったところで、

「よろしくお願いしまーす!」

と、9人の前に再び福澤アナが姿を現した。手には何枚かのカードを持っている。あれに決勝問題が書かれているのだろう。彼は、パラパラとそれに目を通し、司会者台でトントンと揃え、そして口を開いた。

「それじゃあ、参りましょうか」

スタッフの動きが少し大きくなった。クイ中達も、来るべきときが来た、という表情で福澤アナを見た。

「じゃあね、照明は上からだから、顔はちょっと上目にしておいた方がいいね。1チームずつ紹介していきますから、ライトで照らされたときにはまっすぐ前を向いて。インタビューなんかをしていくけれども、そんなに深く考えずに、緊張を解くくらいのものと思ってもらえればいいからね。カタくならなくても、オンエアではほとんど使われないから。僕の言ってることすらほとんどカットされちゃうくらいだから」

彼は9人にそう言葉をかける。言われるように正面を向いた古賀は、暗いスタジオを見回した。

映す側-つまり視る側-から見たスタジオは立派だが、こうして映される側から見てみると結構殺風景で、遊びの空間も多いように感じられる。ただ、これが普通なのかそうでないのかまでは彼には判じかねた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」

「お願いしまーす!」

「それでは本番参りまーす!5秒前、4、3、・・・」

「今世紀最後の夏を最高の夏に最高の夏にするのは一体どのチームでありましょうか?ライオンスペシャル全国高等学校クイズ選手権。3日間に渡って走り続けた特Q!FIRE号の旅。走行距離、およそ730キロ。駆け抜けた駅の数、163駅。50チームによって、しのぎを削りました。いよいよその、クライマックス、決勝戦を迎えようとしています。さあそれでは、日本一をかけて戦う3チームを紹介いたしましょう。まずは、神奈川県代表、神奈川工業高等学校!」

パチパチパチパチ!スタジオ内に拍手が響いた。

 

「私ですね、素直に言わせて頂くと、君達がここまで来るとは思っていませんでした」

「ハハハ!」

 

スタジオの全員に笑顔が浮かぶ。・・・正直に言わせてもらえれば、失礼ながら自分もそうだった。と、思っていたのは古賀である。4日前の機山館での開会式で

 

「天然ぽいね」

 

などという会話を押金と交わしたことを彼は思い出していた。よく思い出してみれば、クイ中達の両サイドに立っているチームは、両方ともあのとき彼らの話にのぼったチームである。感慨深いものがあった。

 

「ではお隣です。三重県代表、川越高等学校!」

 

パチパチパチ!クイ中達は、深く礼をした。

 

「埼玉の川越高校ではありません、ということをしっかりと言っておかなければいけませんねえ。いろんな人から、『埼玉の川越高校でしょ?』とか言われるの?」

「はい」

「かなり・・・」

「はあ、そういうときは何て答えるんですか?」

・・・しまった、そこは普通にノーマークだった。クイ中達はそう思った。なんだかんだ言いながらもイッパイイッパイで、インタビュー対策はしていなかったのである。

・・・くそっ、何か考えてくりゃよかった。そうは思ったものの、後悔先に立たずである。

 

「・・・『三重です』と」

「『三重県の、川越高校です』と」

・・・普通だ。どっちつかずは逆に救えないんだろうな。

「はあ。さて、三重県代表が決勝進出を果たしたのは・・・」

・・・初めて、とクイ中の誰もが思った。

「第2回大会の県立伊勢高校以来2度目です」

「・・・へえ、そうだったんや」

「てっきり初めてかと思っとった」

「俺も」

つぶやく3人。

 

「そのときの成績は第3位ですね。2位以上になれば、歴代の三重県代表としては最高の成績となります」

「ところで、川越高校は県下でも有数の進学校らしいですねえ」

「・・・そうなんですか?」

と、懲りずに古賀。半ば本音である。・・・進学校は進学校だが、『県下有数』と言われては素直に首を縦に振れない。だが、言った後で悔やんだ。万が一放送されたら、リアルに痛い。

 

「素晴らしい学校です」

 

見ていられず、清水はフォローに入った。・・・古賀ちゃん、無理をするな。

 

「さて、まずは古賀君。今回のクイズで一番印象深かったことは何ですか?」

「・・・そうですね、日野春で一抜け出来たことと、鯨波で一生分綱を引いたことですかね」

「そうですか。学校ではバドミントン部に所属しているんですか。スポーツマンなんですね~」

断崖の際を行く古賀に、さらに追い討ちがかかった。・・・なぜ、ここにきて部活の話題にいくんですか、福澤さん!?本気でそう思った。

 

「はい、まあ」

 

・・・部活関係を突っ込んでも、何も出てこないんですよ。申し込み用紙には『得意技・もののけ姫』だとか、もっと掘り出し甲斐のあるネタを書いておいたのに・・・。

 

「腕前としては、どんな塩梅なの?」

 

この質問は古賀にとってトドメに等しいものだった。クイズにかまけて部活や練習会をサボった高校生に、その実力を聞いてはならない。

 

「・・・ボチボチ、ってところですかね」

 

彼の心中を知ってか知らずか-おそらくは後者だろうが-、福澤アナは追撃の手を緩めなかった。

 

「ボチボチというと?」

「・・・え~と、1回戦負けです」

・・・十中八九、カットだな。

 

「はあ、なるほど。さて、お父様の一孝さんからのメッセージです」

 

神奈川工業へのメッセージは全てそれぞれの母親からのものだったので、古賀は苦笑しながら少し不思議に思った。男子は父親からなのか?などと無根拠なことも考えている中、福澤アナは続けた。

 

「『自分の目指す物が手の届くところまできたのだから、悔いのないよう全力で頑張って下さい』と、結構冷静におっしゃっていたそうです」

自分で予想していた以上に感謝して聞いていた古賀に、福澤アナはまだ続けた。

 

「続いて、お母様の典子さんからのメッセージです」

 

・・・合わせ技ですか・・・。これには古賀も意表を衝かれた。

 

「『驚きました。まさか決勝までいってしまうなんて。今は、優勝して欲しいのが半分、して欲しくないのが半分です』と、いうことです。これ、どういうことなんでしょうかねえ?」

「・・・どういうことなんでしょう?」

 

そうは言いながらも、古賀は思った。うちの母親、目立つことがあんまり好きじゃないからなあ。

 

「続いて清水君」

「はい」

「お母さんの貴美子さんからのメッセージです。『そうなんですか!?せっかくそこまで行くことができたのだから、悔いのないようにがんばりなさい』とのことです。お母さん結果とか知らなかったみたいですね。旅の途中に連絡取ったりしていなかったの?」

「ええ、あまり・・・」

「そっかあ、じゃあけっこうサッパリした関係なんだねえ」

「そうですねえ、わりと」

 

別に仲が悪いわけではないが、これといって連絡してもしょうがないだろう、と思っていた清水は、この旅の間、家とほとんど連絡を取っていなかったことに気がついた。

しかし家出をしているわけでもないし、所在は分かっているのだから問題はない、と彼は一人で結論を出していた。

 

「押金君、お母さんの節子さんからメッセージ頂戴しました」

 

押金も苦笑した。

 

「『えらいことになりました!本人も、何があるかわからないと言っていたのでビックリです。今、家族は大いに盛り上がっています!』」

・・・盛り上がるだろうなあ。なにせ言った本人が一番驚いているんだから。押金は思った。

 

「という川越高校、埼玉県じゃありません、といったところで頑張って下さいね」

「さて、最後は奈良県代表、東大寺学園高等学校!」

パチパチパチパチ!

 

「名門東大寺であります。もし優勝すれば、同一高での2度目の優勝という快挙ですよ」

同一校でニ度目の優勝。意外と言えば意外なのだが、これまで19回行われた大会で同じ学校が二度優勝したことはない、らしい。確かに、クイ研が図書室に入れてもらった高校生クイズ第1回から第15回までの本に載っている優勝校はすべて違っていた。本が発行されなくなったそれ以降の大会でも、連続地区代表はあった-クイ中達の乏しい記憶では今回の高知県代表もそうであった-にせよ、二度の優勝をした学校はない。

 

「ラーメンが好きで、近畿のおいしい店は大体食べ歩きました」

 

と言う室田君に対し、福澤アナは店の名前を尋ねてメモを取って笑いを誘った。

・・・それにしても、まさか、東大寺と決勝で戦うことになるとは。それはクイ中全員の思いだった。3人にとって、東大寺は、甲子園で言えばPL学園のような存在なのである。

この旅では、いつでも彼らの危なげのない戦いぶり-この点では、川越クイ中と本当に対照的である-を驚きの眼で見てきた。・・・だが、ここまで来たからには、無様な戦いはできない。これが3人の総意だった。

 

「ではルールを説明します。ルールは、問答無用の早押しクイズです。お手つき誤答はマイナス1ポイントです。10ポイント先取で優勝決定、今世紀最後の高校生クイズ、第20回記念大会のチャンピオンと輝くわけでありますねえ」

福澤アナがルールを説明した。恐らく、この第20回大会で一番説明が楽なクイズだろう。

 

「・・・ちょっと手の重ね方を変えてみやん?」

 

清水が口を開いた。

 

「どういう風に?」

「古賀ちゃんと僕は手の平じゃなくて、指をボタンに置くんさ。んで、おっしーはその上に手を重ねる。これでそれぞれの力がボタンに伝わりやすいやろ?」

「お、そやね」

「じゃあこれでいこうか」

 

3人は清水の提案通りに手を重ね、クイ研の団扇は腰の後ろのベルトに差し、そして、始まりの時は満ちた。

 

 

「・・・それでは、参りましょう!ライオンスペシャル第20回全国高等学校クイズ選手権、決勝戦!

 

戦いの扉の先。

2011年1月22日 § コメントする

古賀が日本テレビの扉をくぐって初めて思ったこと、それはやっぱり『マイスタ』のことだった。

彼は、あのスタジオはてっきり入り口すぐ側にあって、だから福澤さんや羽鳥さんはあんなに簡単に出入り出来ているのだと思っていた。

しかし、彼が建物に入ってすぐに目にしたのは、スタジオではなく2階に続く階段だった。よくよく考えれば普通はそうだよなあ、とやはり1人で納得しながら彼は他の8人と共に3人のスタッフに連れられて階段を昇り、2階へ。富田氏は、やはり手続きがあるのか受付けに行き、高校生たちはロビーのソファーで座って待つ。少し経つと呼ばれ、何やら書類にサインを求められた。

TV局に一般人が入るのは、こんなに面倒なことなんだなあと思いながら名前を書くクイ中達。その隣では、土居さんと矢野さんも同じ書類に名前を書いていた。

 

「あれ?2人もかかなきゃいけないんですか?」

 

「そうだよ。だって俺達バイトだもん」

 

「あ、そっか。でも、一応スタッフだから通してもらえるんじゃないんですか?」

 

「正社員じゃないからね」

 

「そういうもんなんすかー」

 

所定の欄を埋めて受付けの人に渡すと、なんだろう君のマークが入ったチケットのようなものを渡された。それには『1回入構許可証』と印刷されている。

 

「それを守衛さんに渡してゲートを通って」

 

と言われ、各々制服姿の守衛さんにゲートを開けてもらう。古賀は以前、TV局はテロなどによる乗っ取りの危険性を小さくするために、階段などの構造が複雑になっていたりセキュリティが厳しくなっていたりすると聞いたことがあったが、今その片鱗を身を持って味わった。

 

相変わらず重い荷物を担ぎながら、富田氏に従って歩く11人。

気象予報室と貼り紙された部屋や『ゴールデンタイム視聴率三冠王!』という社内ポスターなどの前を通り過ぎた先に、幾つかの椅子が並んだ広めのロビーがあった。そこでタバコを吸う人には、数人見覚えのある人が混じっている。

そして、その先には青く大きな両開きの扉。

 

「・・・このスタジオか」

 

誰ともなくつぶやいた。

 

「それじゃ、こっちに控え室があるから」

 

と、9人はその青い扉の横にある扉から、控え室に通された。

 

「お、いわゆる楽屋ですか?」

 

と古賀。

 

「あ、お菓子とジュースがある!」

 

との声も。確かに、テーブルの上を見ると菓子類盛り合わせとペットボトルが数本ある。お菓子はともかくとして、暑いので飲み物はクイ中達にとって嬉しいものだった。

 

 

「うわ!めっちゃ柔らかいやん!」

 

「何か、体操とかバレエとかやってたん?」

 

「いや、この子の趣味は柔軟体操だから」

 

「あ、そうなんすか」

 

楽屋では、神奈川工業の藤田さんがその柔軟性を披露していた。それに対抗して土居さんも挑戦してみるが、結果は、古賀に最高のシャッターチャンスを与えただけだった。

決勝戦は2時から行われると言われているが、まだ1時20分過ぎで時間は沢山ある。

東大寺、神奈川工業、そして川越の3チームは、決勝直前とは思えないほど和やかな雰囲気の中で待ち時間を過ごしていた。もっとピリピリしたムードを想像していた古賀にとってはそれが少し意外だった。

彼のイメージでは、こういうときにはそれぞれのチームが別の個所に固まって、話すときも小声で、というようになっていたのだ。だが、今の状況はそれとは全く逆であり、全員でテーブルを囲み、大声で談笑までしている。

彼にとってそれは嬉しかった。そして、もっと言ってしまえば、あえて決勝をやる必要はないんじゃないかとまで思い始めていた。しかし、その考えは振り切らなければならないとも自分でわかっている。ここまで来たら最後まではっきりとケリをつけなければ気がすまないのは、誰であろう自分自身なのだ。

決着をつけたい、つけたくない。両方ともが同じように自分の思いなのだと知っているからこそ、クイ中3号の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。そして、それは1号と2号も一緒だった。

この時間が、クイズも何も関係のない、ただ楽しい旅の延長のような気がしてならないのである。振り払おうとしても、雲はなかなか晴れない。そんな小さな葛藤を、彼らが笑顔の下で繰り返していたとき、どこへ行っていたのかいなくなっていた富田プロデューサーが控え室に戻ってきた。

 

「どのチームが優勝すると思う?」

 

ふと、彼は3チームにそんな疑問をぶつける。

・・・この人は自分達に、決勝前から心理戦でもやらせようってのか?

と、古賀は思った。だが、サッカーや柔道などならともかく、クイズでは必勝の秘策などないのだから腹を探り合っても仕方ない。ならばMr.Tはどんな意図で質問をしたのだろう?そうは考えながらも、質問に対する答えは決めた。

一瞬だけ横に座るチームメイトの眼を見たが、2人の選ぶ答えもきっと同じだろう。

 

・・・

 

「なんで私らのとこにはどこも指ささないの?」

 

と、冗談ぽく言った神奈川工業の3人。その彼女達は東大寺を指し、東大寺は川越を指していた。

流れとしては、クイ中達は神奈川工業を指すべきだったろう。

しかし、彼女達には悪いと思ったが、ずっと憧れてきた東大寺学園を指さないわけにはいかなかった。

 

「やっぱり東大寺が本命かあ」

 

そこに演出の遠藤氏が、タバコを吸いながらやってきた。昨日までの高校生クイズのスタッフTシャツと違い、きちんとした襟付きのシャツを着ていた。

周りや控え室の外をよく見てみれば、ロゴ入りスタッフTシャツを着ていたのはバイトの土居さんと矢野さんくらいで、日テレ正社員-少なくとも正式な番組関係者-はほとんど全員が私服(?)姿である。不意にMr.Tが遠藤氏を見、彼を注意する

 

「高校生の前で煙草吸うってのはよくないんじゃないのか?」

 

「あ、そうですね」

 

と、遠藤氏は火を消した。そのやりとりを真横で見ていたクイ中達は思った。

・・・よく考えてみれば、この2人が会話しているところをまともに見たのはこれが初めてじゃないのか?

以外にない取り合わせだよな・・・。

 

聴き慣れた声に、部屋の9人はその目をドアの方に向けた。

 

「あ!」

 

「わ!」

 

「福澤さんだ!」

 

そこには高校生クイズ司会者、福澤朗アナウンサーが立っていたのである。9人にとっては、あの日野春駅以来3日ぶりの再会であった。

 

「あと10分くらいで本番です。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「第20回大会、優勝すれば新世紀の旅と研修費用ですか~」

 

そう言えば、優勝賞品は『新世紀の旅』っていう話だったなあ。忘れていたわけではないが、古賀はあらためて思い出した。

・・・ん?

研修費用?

 

「え?優勝って、旅行だけじゃないんですか?」

 

「ん~、まあそれは最後のお楽しみですかね」

・・・毎回、賞品は旅行だということはなんとなく知っていた。研修費用も毎回のことなのだろうか?だとしたら、今のでいつも番組を見てないのがバレバレだな。クイ中歴2、3ヶ月の3号はそう思った。

 

「それじゃもうすぐ本番ですけど、リラックスしていきましょう。では、よろしくお願いします」

 

「お願いしまーす!」

 

 

古賀は2度目のトイレに立った。毎度毎度のこととなってしまったが、本番中にトイレに行きたくなって集中出来ないより何倍もマシである。もうすぐスタジオ入りだった。

やっぱりトイレに行きたくなるのは緊張しているからなのだろう。

…決勝はどんなものになるのだろうか?

トイレを出、彼は歩きながら考えた。日野春で1抜け、鯨波で最後から2抜け、原地区で1抜け、そして土合でギリギリの4位抜け。

FIRE号を降りて行われてきたクイズを、自分達はやたらと浮沈の激しい順位で通過してきた。

・・・だが、この折れ線グラフから考えれば、・・・もしかしたら決勝は・・・。

・・・いや、やめよう。むやみに希望を抱いても、ロクなことはない。首を振ってあらぬ考えを捨て、彼は控え室に戻った。そして間もなく、9人はついにスタジオ入りとなった。

クイ中達はクイ研の赤団扇を握り締めて控え室を出る。9人は、この夏最後の扉をくぐった。

 

戦いの扉の先がどんなものか、その予想がつかないのは毎度のことであり、クイ中達が出来るただ一つのことも、今までと大して変わらなかった。ベストを誓う、それだけである。

 

 

日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

2011年1月22日 § コメントする

「土居さん、何やってたんですか?」

 

「眉毛書いてた」

 

「この太い眉毛が繋がってたの」

 

「え?それでもう消しちゃったんですか?なんや、見たかったのに。…あ、そう言えば、市村さんら土居さんの昔の写真見てないよね?」

 

「見てないけど」

 

「おっしー!あの土居さんが写ってる大会の本っておっしーのカバンやんね?」

指定の時間に遅れることなく全員が集合したホテル機山館のロビー。古賀は、ソファーに座って先程の本を読んでいた押金に土居さんの写真入り本の所在を聞き、神奈川工業チームに見せた。

 

「何これー!」

 

「若ーい!!」

予想に違わず、大ウケであった。昨晩と同じく富田氏待ちの一行。その時間を有効に使うべく、クイ中達は高校生クイズ指南書を開いた。ふと古賀が横を見ると、神奈川も東大寺も同じ本を開いている。

 

「やっぱりみんな使ってたんやねえ」

 

確かに、この本にはかなりの良問が揃っている。3チーム全てが持っていたと知っても、さしたる驚きはなかった。ナンヤカンヤとやっていると、Mr.T登場。昨晩一行が夕食を食べたレストランで昼食をとることになった。

 

 

「よーし、何でも好きなもの頼めよー」

 

と、妙に太っ腹な富田氏。メニューを見てみる。悲しいかな、ホテルにくっついたレストランゆえに、ファミレスほどの品揃えはない。

何と言うか、ピンからキリまで、と言うより、ピンかキリしかないような感じである。

学生身分としてはカレーライスあたりが無難だろう。が、昨日の昼も、そして今日の朝までもカレーだった。クイ中達は悩んだ。しかし、それほど長くはなかった。せっかくあのMr.Tが『何でも頼め』と言ったのだ。気が変わらないうちにその言葉に甘えてしまおうではないか。

 

「じゃ、ビフテキですかね」

 

「俺も」

 

「僕もそうするわ」

 

…ビーフステーキ。この旅で一番豪華な昼食である。

 

「そっちは何にするん?」

 

押金は、隣のテーブルに座る東大寺メンバーに尋ねた。

 

「ビフテキ」

 

「僕もビフテキ」

 

「僕はうな重」

 

「あ、うな重にしたんか」

 

「決まったかー?」

 

「あ、ハイ」

 

「じゃあ、頼んで」

 

「はい。…すいませーん!」

やってきたウェイターに注文を告げる。ふと清水は富田さんらが何を頼むのかが気になり、スタッフ3人が座るテーブルに注意を向けてみた。

 

「じゃ、カレー」

 

富田氏はカレーを注文。清水は、その直後の土居さんの微かだが鮮明に現れたリアクションを見逃さなかった。

 

「…えっと、じゃ、僕もカレーで」

 

うな重あたりでも注文したかったのだろうか?

だが、上司-一応そういうことになるのだろう-よりも高い物はさすがにオーダーできなかったのだろう。

彼の心境を思いやると、清水は笑えてきた。

 

 

「それじゃ行こうか」

 

昼食を終えた一行は、それぞれの荷物を持って機山館を出た。相変わらず、東京は車通りの多い街である。

その往来に向けて、富田氏が手を挙げた。日テレまでのタクシーを拾うらしい。

てっきり地下鉄-降りるのは当然あのズームインのバックの駅-か昨日のようなロケバスで行くのかと思っていた古賀にとっては少し意外だった。まあ、わざわざ車を用意されるほど偉い身分ではないことは自分でわかっていたのだが。

最初に止まった一台にはクイ中達と矢野さんが乗り込むことになった。

トランクに大荷物を入れ、後部座席に座った3人。後ろを振り向くと、自分達に続くタクシーが止まっているのが見える。

 

「麹町の日テレまで」

 

矢野さんがそう言うと、車は走り出した。車窓に広がるのは、大都市東京を象徴する高い建物と行き交う車ばかり。ふと、清水は気になることがあったので矢野さんに尋ねた。

 

「矢野さん、以前やったクイズに『トン女といえば東京女子大、ではポン女といったら?-日本女子大』みたいなのがあったんですが、本当にそうやって呼ぶんですか?」

 

「あーそうやねえ、呼ぶねえ」

 

「へエー、つまらない質問しちゃってごめんなさい」

 

「いやいいよ」

 

知識と実際の事実がつながったときというのは、なんともいえない満足感があるものである。そんなとりとめもない会話をしつつ、決戦の場へとタクシーは近づいていった。

 

 

「あ、あのガラスの向こうってマイスタ(記録班注:正式名称はMyスタジオ。ズームイン朝及びズームインサタデーが放送されている、ガラス張りのあのスタジオである。たまに、ピースをする通行人や道向こうのビルの掃除のおじさんが映ったりする懐の広いスタジオでもある)っちゃう?あの地下鉄の駅もある!うわっ、ホンマに日テレや!」

 

クイ中、特に3号は大ハシャギ。川越の乗った先頭タクシーに続き、後の車も日テレ前に止まった。

 

「・・・あれ?」

 

どこかで見覚えのある顔がいくつか、そこの玄関前にあった。

 

「・・・船橋の人?」

 

「群馬高専?」

 

数えれば4、5人。近隣の県の出場者達が、決勝間近に応援に来ていたのだ。やはり関東地区なのか、彼らは神奈川工業の3人と馴染みが深いらしい。

タクシーから全員が降り、荷物も降ろしていると、矢野さんが見覚えのないダンボールを持っている。

 

「それ何ですか?」

 

清水が尋ねると、

 

「高校生が旅館に置いていった忘れ物だよ」

 

とのこと。見ると、各学校ごとに袋に入れてあり、学校名もきちんと書かれている。

 

「これどうするんですか?」

 

「どうしようねえ、とりに来てもらおかなあ」

袋をあさりながら矢野さんは言った。ふと『沖縄尚学』と書かれたやつが二人同時に目に留まった。

 

「ちょっとそれは無理だね」

 

笑いながらそう言うと、矢野さんは日テレへ入っていった。そうこうしているうちに、加治木高校の3人とは本当の別れがやってきた。

彼らは先程の『あの地下鉄の駅』、正確には営団地下鉄の麹町駅から東京駅に向かい、そこから鹿児島へ帰るらしい。

 

「それじゃ、頑張って!」

 

そう言い残すと、薩摩っ子3人は駅の階段を下っていった。

 

何かしらの手続きがあるのか、3チームは少し外で待たされる。その時間を活用して、古賀は様々な番組で登場する日テレ玄関や、駐車場のなんだろう君マーク、そして『あの駅』をキチンと撮影。

毎朝福澤さんが挨拶をしている場所に今立っているのだと考えると、不思議な感じもした。玄関前の大きな柱に貼られている大きなポスターを見ると、毎年恒例となっている24時間TVの宣伝がされている。

・・・8月19日から20日か。もう今度の週末だな。

24時間TVには夏休みの終わりを告げるイメージがあり、古賀としてはサライを聴くと感動ではない涙がこぼれそうになる。

と、彼が埒もないことを考えていると、3チームが呼ばれた。

 

日は既に天頂に達し、ゆっくりと、しかし確実に最後の戦いの時は近付いてきている。

9人は長かった旅の本当の終着点にたどり着き、そして足を踏み入れた。日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

 

クイ中達のTOKYO。

2011年1月22日 § コメントする

「今って少し時間あります?」

 

「うん、1時間ぐらいあるよ」

 

「じゃあちょっと外歩いてきていいですか?」

 

「いいよー」

 

「それじゃ、荷物お願いします」

 

「はいはい」

ロビーに座っている土居さんと矢野さんに荷物を任せ、クイ中達は日テレに行くまでの待ち時間にホテル付近を歩いてみることにした。

 

 

「あのさー、太栄館にお土産買いに行きたいんやけどさ」

 

と、押金。聞くと、いい品があったのだが、荷物制限の煽りを食って買えず終いだったらしい。

 

「ええよー」

 

「行きましょかー」

 

特にどこを回りたかったという希望があったわけでもないので、コンビニで古賀がカメラを購入した後で、あの旅館を再び訪れることにした。

 

 

「ども。こないだの日曜に、ここにお世話になったんですけどね」

 

「あ、クイズの?」

 

「ハイ。今日が決勝なもんで」

 

「へえ、すごいねえ。応援してますよ」

 

「ありがとうございます。ところで、土産買うだけって出来ますか?」

 

「もちろん出来ますよ」

 

「それじゃ、これ下さい」

 

2号は目的の置物を購入。それ以上留まる理由はなかったので、玄関を出る。

 

「・・・石川啄木ねえ」

 

左手を見ると、なにやら石碑があり、そこにはこの旅館と石川啄木とに関わる何やらかが刻まれていた。

 

「へえ」

 

わかったようなわからなかったような文を読み終え、クイ中達は太栄館を後にして大通りへと戻る道を歩き始めた。

 

「・・・ホント、東京って感じがせんよね。普通の街っぽいよ。あの公園なんか特に」

 

「あ、あの公園よくない?ちょっと寄ってかん?」

 

「ええよ」

 

「・・・あ~、この前後に揺れる馬なんていいよね」

 

「ほんまや~」

 

「あ、おっしー、かっちゃん、その絵いいわ。写真とるでなにかポーズとって」

 

「んじゃ、決勝前に何か作戦を立てているような雰囲気で」

 

「ちょっと手もつけたりなんかして」

 

「あ、いいねいいね」

パシャッ!

「・・・オッケー!」

 

「いいの撮れたね」

 

「撮れましたねえ」

 

「今度はあっちのブランコ撮りましょ」

 

「いいですねえ」

 

「あ、古賀ちゃん、今度は僕が撮るわ」

 

「あ、サンキュー」

 

 

 

「初日にここに来るときに降りた駅があったやん?そこの側に本屋があったんやけどさ、そこ行ってみやん?」

 

「うん、ええよ」

 

「行こか」

 

国立東京大学の赤門を左手に見ながら、アロハ姿で学生の町を歩くクイ中達。

 

「こう言っちゃなんだけど、遊べる街ではないよね」

 

「そやねえ。でもしょうがないでしょ。すぐそこが東大なんだから」

 

「ですかね。そういや、うちら日曜日にここに来たときどっちから来たっけ?」

 

大きな交差点に差し掛かり、古賀はふと疑問を口にした。

 

「こっちっちゃう?」

 

と、押金が指差した。

 

「あ~、何かそんな気がしてきた。それじゃ、本屋はあの横断歩道を渡った向こうやね」

 

道の真ん中は、地下鉄か下水道の埋め込み-この種の工事はなかなか終わらないものである-でもやっているのか工事中で、TOKYOという街の常と言うべきなのだろうか、車通りは順調とは言えない。

 

「・・・あれ?矢野さん?」

 

と、清水が口にした。他の2人も彼の視線の先に注意を向けてみる。

 

「…あ、ホンマや」

 

「どうしたんやろ?」

 

そのとき信号が青になり、待たされていた通行人が歩き出した。

 

「ども」

 

「ちょっとあっちの本屋に行ってきますわ」

 

「はいはい」

 

 

 

「あ!パーネル・ホールや!」

 

「それっておっしーがずっと探しとった本?」

 

「そうそう。特にこの『犯人にされたくない』はどこ探してもなかったんやって。さすが東京やわ。品揃えが違う」

 

「へえ。あ、こっちはアガサ・クリスティーっちゃう?」

 

「そうなんさ。どれ買おうかなあと思ってさ~」

 

目的地の本屋に到着し、予想以上の品揃えのよさに感動したクイ中達。特に、押金は長い間探し続けていた本が簡単に見つかり、次の悩みはその中からどれを買うのかという点に移っていた。結局、彼はホールの『犯人にされたくない』とクリスティーの『オリエント急行の殺人』を選んでレジに向かった。古賀もトム・クランシーの本を探してみたが、ほとんど読んだことのあるもので、買う気は起こらない。

 

「かっちゃん、何見とるん?」

 

「いや、雑学の本あるかな~と思って。結構いろいろあるで」

 

「ホンマや。東京は違うねえ。うちの近くの本屋は大したことないもん」

 

2号も会計を済ませ、クイ中達は雑学本を棚から取り出しては戻し、取り出しては戻して、少しでも自分達の知識になるような情報を探した。

 

「あ、これいいね」

 

清水が手に取ったのは漢字の本だった。

 

「あ、ええな。自称漢字担当としては惹かれるね」

 

と、古賀。

 

「じゃあ、古賀ちゃんこれ買う?」

 

「おう」

 

3号は『なるほど、ナットク超[漢字王]』を受け取った。幸い-と言うべきか言わないべきか-この旅ではまとまった額の金を使う必要がなかったので、財布にはかなり余裕があった。

 

「じゃ、俺はこれ」

 

と、押金は『辞書にはない《言葉と漢字》3000』を選んだ。

 

「僕はどれにしようかな~?・・・これかな?」

 

清水の眼に留まったのは、『雑学の宝庫・日本の常識2000問』なる本。

 

「お!?これはいいんとちゃう?」

 

「どれどれ?・・・あ、なかなかちゃう?」

 

「やね。これにしよ」

 

 

 

足も時間もなく、堪能できたとは言えないが、それでもクイ中達のTOKYO観光は、なかなかどうして楽しいものだった。恐らく、これが東京で過ごせる最後の自由時間だろう。

そうわかっていたから、尚更だったのかもしれない。

 

 

 

8月17日、始まりの朝、最後の朝。

2011年1月22日 § コメントする

ピリリリ!ピリリリ!ブグウィ~ン!

 

8月17日、午前7時。押金と清水は携帯電話から発せられる大音量アラーム、そして振動が台に響く騒音で眼を醒ました。それにしても、猛烈な音である。そう言えば、昨晩古賀ちゃんがアラームをセットするとつぶやいていたっけな。

そんなことを思い出しながら、2人はうなる携帯電話の一番近くに寝ている彼を見た。

 

・・・・・・こいつ、起きる気配がない。
その彼に一日の始まりを告げたのは、いきなり身に降りかかった衝撃であった。

 

「・・・・・・」

 

・・・ドスッ!

 

「!?う、おわっ!?・・・かっちゃんか、何してくれるん!?」

 

「何してくれるんはないやろー。自分で携帯のアラームかけときながら、人は起こしといて自分はずっと寝とるんかー!?」
「あ、そういや、かけてたね。あれ?アラーム鳴らんかったん?」
「だから鳴ったゆーとるやろー!古賀ちゃんが起きなかっただけやー」
「そうやでー!俺ら2人だけが起こされて、なあ?」
「なあー?」
「うっそっさー!んじゃ、何で俺はこんなに近くで気付かんと寝とったん!?」
「知るかー!」

身支度を適当に整え、地階の食堂-と言うべきか、宴会場と言うべきか-に向かったクイ中達。既に、東大寺チーム、加治木チーム、そして土居さんと矢野さんはテーブルに着いていた。

朝食はバイキング形式で、古賀には嬉しい食べ放題である。朝だと言うのに何故かカレー入りの胴長鍋が置かれていて、清水と押金はそれをとることにした。おいしそうだったので、1皿目を平らげた古賀も試して見ることに。

・・・少し、いや、結構カラい。

「それじゃ、10時までにチェックアウトだから、それまでに荷物をまとめてロビーに下りてきてね」

と、土居さん。それ以外は特に連絡もなく、クイ中達は、神奈川工業チームと入れ替わりに部屋に戻って行った。

『映すんじゃねーよー!!』

『触んなよー!』

『自分達だけで帰れただろー?!』

「・・・こいつら、非常識にも程があるんじゃねえのか?」
「ほんまやわ」

NTV朝のワイドショー、ルックLOOKこんにちは。どこかで豪雨があり、川の中州に取り残された若者達が、自分達を救った救助隊やその模様を取材していたマスコミに食ってかかる姿が放送されていた。

 

「あんなやつら助けなくてもいいって」
「ほんま、救助隊の人が命懸けて助けたってのになあ」
「こんなやで、『世の17歳は』なんて言われるんやわ」
「そうそう」

クイ中、朝から現代日本に文句のつけ通しである。
しばらくTVを見ながらだらだらとした後、3人はようやくチェックアウトに向けて身支度に取り掛かり始めた。荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認。

アロハシャツに袖を通し、ジーパンに足を通す。

 

「ティッシュない?」

 

洗面所から呼び声。主は1号であった。

「どうしたん、かっちゃん?」
「ヒゲ剃っとったら切った」
「あ、やっちゃった?・・・ええと、あった。ほれ」
「サンキュ。・・・なんかこれ、血ぃ止まらんのやけど・・・」
「万が一、横滑りしちゃったんやね。マキロン使うか?」
「いや、いいや」

なんとか血も止まり、清水も赤いシャツを着る。そして新しい靴下を履き、3人は-勝負パンツを履いた約1名は特に-、この旅ですっかり馴染んでしまった格好に。

替えの服がそれなりの数入った自分達の荷物も手の内に戻ったが、ここまで来てその服に替えたところで一体何の得があろう?今日が最後の日である。

3人はもう少し、あと1日、このアロハには付き合ってもらうことにした。
8月17日、全国大会最終日。昨日までは、明日も、1時間後ですらも何が起こるかわからない旅だったが、今日は違う。

今日行われるのはただ一つ、最後の戦い。そして、もう明日はない。

 

 

この朝は、始まりの朝であり、最後の朝でもあった。

決勝前夜、クイ中達の一番長い夜。

2011年1月22日 § コメントする

 

そこには見慣れた荷物があった。機山館地階。そこの広間にはこの期間中ずっと高校生達の荷物が置かれていたらしい。

 

「ひっさしぶりやなあ」

 

「ほんまやあ」

妙な感動である。

「これってさ、あのジュラルミンじゃない?」

古賀が気付いた。

「あ、ほんまや!やっぱりでかいなあ」

他、数個の見慣れたカバンが置かれていた。全てのチームが、ここでカバンを返し、各自の荷物を持って帰路についていったのだろう。

・・・それにしても、こんなに重かったか?

三重からの荷物を肩にかけ、そんなことを思いながら、今度は上階の部屋に向かった。

 

 

「それじゃ、7時に下の食堂で」

 

「ハイ、わかりました」

部屋の扉を開け、明かりを点けた。

「おー!」

 

「こーれはすごいねえ」

 

「リッチやなー」

 

確か東大寺と神奈川工業は2度目のはずだが、クイ中達には初めての機山館宿泊である。

「すげー、風呂にトイレ付きだよ」

「すーげー」

よくわからないが、半分ヤケッパチである。

「バスタオル付きやで。太栄館じゃバスタオルも荷物送りにして大変やったのにねえ」

 

「こっち泊まりはラッキーだったんやねえ」

「ほんまやわ。とりあえず着替えよ。やっと持ってきた服が着れるわ」

「あ、古賀ちゃん、あのコンセントのヤツ貸して」

清水は団扇を机の上に置き、古賀に尋ねた。

「ん。ええと、なぜか旅のカバンの中に入れて持ってってたんだよね。・・・あった。ホイ」

「サンキュー。やっぱりコンセントの数は少ないわ」

「そやね。充電用に持ってきてよかった」

清水と古賀は二股になったコンセントにそれぞれの電話充電器のプラグを差し込んだ。

「ちょっと電話しよう」

と、古賀は充電をする前に携帯のメモリーを呼び出した。今日九州から自宅に帰ってくるはずだが、この時間には戻れているか微妙だったので父親の携帯番号を選んだ。

「頂きまーす」

7時の集合時間にクイ中達がやってきたときには、東大寺、神奈川工業、加治木、そして土居さんと矢野さんの11人は既に席に着いていた。おかずは刺身とトンカツと、サラダと味噌汁、御飯はオカワリ自由と、大喰らいには嬉しいメニュー。

ここでも市村さんと土居さんの爆笑トークが炸裂し、楽しい食事となった。そんな中で、土居さんの素性が明らかとなる。

「え、役者さんなんですか?」

驚きの古賀。

 

「そうそう」

「どんな役をやってたんですか?」

「『葵・徳川三代』ってやってるでしょ。その関ヶ原の合戦のときの兵隊」

「切られ役とか?」

「そうそう。3回くらい死んだかな」

「3回?」

「別の役で何回もでたからねえ。足軽から、結構上位の侍まで」

「他には?」

「オカマとか」

 

一同大爆笑。

「似合いそー!」

と市村さんも大ウケ。

「有名な人とも一緒に出てたんですか?」

「うん、そうだね」

「一緒にやってみて、『実は性格悪かったんだ』って人とかいますか?」

「・・・うーん、それは言っちゃうとアレだからなあ。でもね、いい人もいっぱいいるから。羽鳥さんなんかもすごくいい人だったよ」

「そうそう。実は原地区で涙ぐんだりしていたからね」

と、土居さんの言葉に矢野さんも賛同した。

「でも羽鳥さん、ホントにいい人そうだったよね。一緒にいた時間が長かったからか、すごく身近に感じたし」

「そうやね」

全員が、この旅の一場面一場面を思い出していた。

「土居さん、今は何をしてるんですか?」

「あ、台本見る?」

「え?あるんですか?見ます見ます!」

土居さんはカバンから本を一枚取り出し、古賀に手渡した。

「・・・『恋愛恐怖症』・・・。・・・この、『別の男』ってのが土居さんですか?」

「そうそう」

「この、『男』が主人公ですよね?・・・この主人公の台詞、『・・・・・・』ばっかりですねえ。『別の男』の方がしゃべりは多いですね」

「見せて見せて」

「はいはい」

台本が各テーブルを回る。そして、土居さんの台本暗記度チェックなどで盛り上がった後、夕食はお開きとなった。

「何年生?」

先程約束をした集合写真を撮り終えて、清水は加治木のメンバーに、少しばかりの疑問をぶつけてみる。

「2年生ですけど…」

「え?タメじゃん!」

「え?マジすか-!?ずっと3年生だと思ってた-!」

「え!そうだったん!?」

 

先程清水が測りかねた疑問は、ここに解決された。

「それじゃ、川越と東大寺と神奈川は、明日のための勉強会をやるから9時になったらまたロビーに集合ね」

「はい」

・・・そう返事はしたものの、一体勉強会とは何か、それはわからなかった。

「うちの父さんエライこと言ってくれた」

「ん?どうしたん、おっしー?」

自宅に電話をしに行き、戻るなりグチを漏らした押金に古賀が尋ねた。

 

「それがさ、うちに日テレから電話がかかってきたらしいんさ。スタッフが俺のこと聞いたみたいなんよ。そんときうちの父さんが俺のことを阪神ファンって言ったんさ。俺はアンチ巨人だけど阪神じゃなくて横浜ファンなんやって」

「そうやったねえ。てか、自宅に電話なんてかかってきたんだ。うちの父さんはそんなこと言ってなかったな。リーダーのとこだけなんかな?」

「わからん。でもどうすんの?もし放送で嘘流れたら?」

「まあ、大丈夫じゃない?そんなに気になるのなら、富田さんにでも言えばいいんやし」

「そやな~」

流れから一番端の-いわゆるエクストラの-ベッドとなった古賀は、旅のカバンから自分のカバンへと荷物を移し終えて寝そべった。彼は一番初めにシャワーを済ませており、今は2番目の清水が浴室を使っている。

「明日はどうなるんやろね?」

ふと、荷物を整理していた押金に言葉をかけた。

 

「どうなるんやろねえ?」

「神奈川は3年生だよね。東大寺も3年やったっけ?」

「ん、そやで」

「東大寺、強いやろね」

「そうやろねえ」

「ん?東大寺がどうしたって?」

 

不意に浴室の扉が開いて、パンツ一丁の清水が出て来た。

 

「おわ!びっくりした。・・・いやね、東大寺は強いやろなあってね」

「やろ?やろ?大方の予想はそうなのよ。そ、こ、で、最低だったはずの僕らがどこまで喰らいつけるかってことなんだよね。僕らがどれだけ自分達らしく戦えるか?クイ研や、中部の仲間に恥ずかしくない戦いができるか?これが大事なんやで」

「そやな」

「そうやね」

「ちょっとこのパンツ見てくれん?」

「・・・それ、そのパンツ替えないの?」

風呂あがり、半裸の清水が身に着けていたのは、旅と変わらない赤の勝負パンツだった。

「こうなったら最後まで履いていくよ」

と、彼は髪を乾かすために再び浴室に入っていった。

勉強会』の集合時間である九時前。今度は遅刻にならないよう、クイ中達は割と早めに部屋を出た。地階の会議室でやると思い、必要かどうかはわからなかったが筆箱も持参することにする。

エレベーターでひとまずロビーへ。

チン♪

と扉が開くと、ロビーには既に8人が集まっていた。

時計を見ると大体8時45分くらいである。富田プロデューサーも来るらしいのだが、まだその姿は見当たらない。脇に新聞を見つけた古賀は、手にとってざっと眼を通してみる。

 

「あのさ、どこぞで潜水艦が沈没したとか言ってるけど、今世の中はどうなってるん?」

「さあ、どうなってるんやろ?」

 

2日や3日ニュースや新聞を見てないだけでも相当のブランクを感じることは、それだけ世の中の動きが激しいのを意味しているのだろう。忙しい時代である。お盆も夏休みも関係はないらしい。

「え?土居さん、13回で決勝まで行ったんですか!?」

「うん、行ったよ。3位だったけどね」

「よし、13回なら本持ってきてたやんね?」

「うん、あるよ」

「あとで見ましょか?」

「え?あの本持ってきてるの?」

「ハイ、図書室に入れてもらってたんですよ」

「すごいなー」

「・・・ところで、Mr.Tはまだ来ないんですか?」

Mr.Tとの呼び名は、先の話題に出ていたTプロデューサーの名を踏んでのことである。

「Mr.Tねえ。もうそろそろ来るはずなんだけどなあ」

「登場のときにダースベイダーのテーマとかかかるんですかね?」

「あ、俺の携帯の着メロに入ってるよ。うまくかけてみよか?」

と土居さんは携帯を取り出し、ボタンをいじりだした。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

一同爆笑。

「いいっすねー、それ!」

「富田さん、どうリアクションとるやろ?」

 

期待は高まる。

「あ、来ましたよ」

「あ、やべ」

入り口からフロント前を通り、富田さんがやって来た。即座に土居さんの携帯がなる予定だったが、タイミングを合わせ損なう。

「おう、悪い悪い」

と数分の遅刻を謝る富田氏の後ろで、ついに計画は決行された。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

「それじゃ、時間がないから早く始めようか」

富田氏は背後の音に気づかなかったのか、普通の着信だと思ったのか、それとも無視しているのか、ノーリアクションでエレベーター前まで歩いていく。それはそれで、一同の笑いを誘った。

説明を受けると、勉強会とは、スタッフ1人が1チームに付いて30分程の限られた時間で出来るだけの問題を読み上げ、高校生はそれにひたすら答えるという形式らしい。

川越クイ中には土居さんが、神奈川工業には矢野さんが、そして東大寺には富田氏が付くことになった。

「男3人で申し訳ないですねえ」

「いやいや」

「あ、例の本見ます?」

「見る見る」

「ええと、愛媛、愛媛・・・、あった!・・・『リーダーの土居君は、父親譲りの電撃アイズ。』・・・ハハハハ!」

「見して見して。・・・ハッハッハッハ!」

「電撃アイズ!か~。そんなこと書いてあったなあ」

「それにしても、土居さん若いねえ」

「ほんまや~」

そして、クイ中達は本を置いて、それぞれのベッドに腰掛けた。

「それじゃ、3人の早言いでやっていこうか」

「ハイ」

「古賀ちゃん、おっしー、書くものある?」

「あるで」

「正解数と間違いの数とを書いてかん?」

「おう。そうやね」

 

土居さんは椅子に座り、体制は整った。

「『エデンの東』を書いたアメリカの作家は?」

「・・・ちょっと待って、2人とも待ってよ。ええとね、これはやったぞー!」

清水が押金と古賀を制した。今までに2、3回程やっている問題である。・・・くそ、いつになってもカタカナは憶えづらい。

「かっちゃん、答えていい?」

清水には申し訳ないと思ったが、あまり後に引かせるわけにもいかず、古賀は尋ねた。

「しゃーない。ええよ」

「スタインベック」

「正解」

「フルトンがハドソン川で走らせた世界で初めての蒸気船は何号?」

「あー、これ調べた!今日がその日なんだよ」

まさかこんなところで出てくるとは・・・。古賀は、1週間ほど前に何気なく本屋で立ち読みした記憶を蘇らせようとした。そのとき読んだ本は『今日は何の日』。

なんとなく、このクイズの期間は何の日に当たるかを調べたのである。一番印象に残っていたのが、8月16日の、世界初の蒸気船航行のくだりであった。

「ちょっと待って下さいね。携帯のメモリーに入れてあるから・・・。・・・あった!・・・クラーモント号」

「正解」

「駆け込み寺として有名な、鎌倉にあるお寺は?」

「南禅寺!」

と清水。

「違います」

と土居さん。

 

「やっぱし!似たような問題が2つあったんだよね。もう1つ、何やったかな~?」

「正解は東慶寺」

「ああ~そうや!」

「灰の汁と書いてアク。では、墨の汁と書いて何と読む?」

「ボクジュウ!」

「正解」

「小さい『や』、『ゆ』、『よ』は、拗音。では、小さい『つ』は何?」

「・・・促音!」

「正解」

「・・・キョーオン?」

「よ・う・お・ん」

「・・・へえ、知ってた?」

「いや、知らんかった」

「ヨウオンねえ」

「ところでさ、この『促音』って、いっつも『撥音』と間違えてまうんだよね」

「僕も」

「なんでやろ?」

「石川五右衛門が『絶景かな』と言ったことでもしられる・・・これがさっきの」

南禅寺ですね」

「その通り」

「『めぐり逢いて、見しやそれともわかぬまに』さて、このあと雲に隠れてしまったのは何?」

・・・雲隠れにし・・・

「夜半の月!」

古賀、この旅始まって以来始めて出題された百人一首問題に張り切って答えた。

「正解。月、夜半の月、どちらでも構わないですね」

この歌は、昨年末の川越高校クラスマッチ、百人一首部門に友人と3人で出場したときの彼が憶えた守備範囲33首のうち1つだった。

「体内に入り込んだ異物を攻撃するのは抗体。では、それに対して体内に入り込んだ異物を何と言う?」

「抗原」

 

押金が答えた。

「あー。そやったそやった」

「労働省が定めるフリーターの定義、下は15歳、では上は何歳まで?」

「・・・25!」

「違う」

「28!」

「まだ」

「30?」

「あ~、惜しいねえ」

「35?」

「行き過ぎた」

「32!」

「違う」

「34?」

「あ、正解」

「へえ~、結構上までいっとるんやねぇ」

「それじゃ、ここらへんで時間だね。すぐ寝るの?まあ無理だろうね」

「ハイ。もう少し勉強しようかなと」

「そうか。それじゃ頑張ってね」

「はい、ありがとうございました」

数十の問題をダッシュで解いた、30分ほどの勉強会が終わり、土居さんはクイ中達の部屋を出て行った。

 

「・・・ちょっと力が足りやんね」

と、古賀はつぶやいた。

「そやね。古賀ちゃんの成績はどうやった?」

と清水。

 

「正解数は結構あるけど、間違いもかなりある。俺らしいっちゃ俺らしいんやけどね」

「やね。このままじゃちょっと東大寺にはかなわんと思うんよ。きちんと役割分担をしていこうに」

「どういう風に?」

と押金。

「例えば『十中八九』『三三九度』『五十歩百歩』って読まれたとする。こういう問題は、計算に転ぶ可能性もあれば、普通の問題になる可能性もある。そんなときに、僕は頭を計算に持っていくから、古賀ちゃんとおっしーは文系に持っていく。文系でも、古賀ちゃんは正面から純粋に考えて、おっしーは辞書順とかアルファベット順で考えるってな風に」

「なるほど」

「あとはもう攻めるしかないね。神さんもそう言ってたやろ?」

「『攻めろ』か」

「よし、今夜は猛練習やで。明日に備えて頭をクイズモードにしよに」

「よっしゃ」

「そやね」

「ちょっとお茶でも飲もうかな」

 

と、古賀はポットを手に洗面所に向かった。水を入れ、机に戻りコンセントを差し込む。

「それじゃ始めよか。いい?ここで読ませ押しのタイミングなんかの確認をするんやで?」

「OK」

まずは清水が、数ある持参本の中から『高校生クイズ最強の指南書』を手にし、先程は土居さんが座っていた椅子に座った。・・・以前クイズの研究をしているときに、ある本に出会ったことがある。『クイズは創造力』。筆者の長戸勇人さん(記録班注:第14回ウルトラクイズであの永田さんと戦って優勝を収めたクイズ王。彼の理論は、清水を始めとしてクイ中達に大きな影響を与えている)はこう書いていた。・・・『クイズの実力は、やった問題の数に比例する。』

「それじゃ、交代しよか」

「おう」

 

古賀は押金から指南書を受け取り、椅子に座った。数問問題を読み終わり、ふと横を見たとき、彼は重大なことに気がついた。

「あ!漏れとる!!」

少し前に水を入れ、お茶をいれることなくすっかり忘れていたポットから、入れすぎていたのか、水が漏れ出していたのだ。

「かっちゃんの団扇も濡れとる!」

「マジで!?」

 

確かに、清水の団扇も、一部分ではあるが漏水の被害を受けていた。

「ティッシュ!ティッシュ!」

急いで拭き取るが、寄せ書きは水性ペンで書かれていたため、少しにじんでしまった。

「ゴメン、かっちゃん!」

古賀は平謝り。クイズもそうだが、どうも自分にはこういうウッカリが多い。早くそれを治す必要性を痛感した彼だった。

「・・・答えるタイミング、今のじゃ早すぎるかな?」

古賀が尋ねた。

「今のだと少し早いかもしれんね。まだ他の方向に転ぶ可能性もあるから」

と清水。

「やな。・・・俺、どうしても急いでまうんやな。注意せなあかん」

「やね。でもね、攻めるってやっぱり大切だと思うで」

「ん、わかった。ところでさ、さっきの勉強会、どんな意味があったんやろ?」

「あの問題がそのまま出てくるって事はないけど、やっぱりヒントは隠されとるんちゃう?」

と、押金。

「問題の構成が逆になるって可能性は大きいよね」

と、清水。

 

「『AならばB、ではCならば何?』って問題が、逆に『CならばD、ではAならば何?』って問題に化けるってことやね」

「そうそうそう。だからさっきの『拗音』やったっけ?あれなんか、『促音』でも『撥音』でも『半濁音』でもいくらでも仲間がおるでね。ああいうのはとっさに選択肢を頭の中に浮かべやんとね」

「やっぱり勉強会をやるってことは、TV的に決勝は面白くってのがあるんかな~?」

「そうっちゃう?」

「・・・不公平、にはならんか。どのチームも同じ問題やってるだろうからね」

「そうそう」

「よっしゃ、次の問題いくで」

「おし」

「うし」

問題練習も一段落し、ベッドに寝転がったクイ中達。黙っていると、枕側の隣の部屋から物音が聞こえてきた。隣は神奈川工業だっただろうか?

「神奈川は起きてるみたいやね」

「反対側は東大寺だったっけ?」

「そうだったと思うけどね。静かやね」

「もう寝たんかな?」

「じゃない?あ、古賀ちゃん、そのクッション貸して」

 

古賀のベッドは本来ソファーなのか、背もたれ部分が取り外し可能なクッションになっていた。彼はそれを2つ隣の押金に投げた。

「結構大きいなあ」

古賀が起き上がったついでに時間を見るともう1時くらいになっていた。

「そろそろ寝ますか。明日何時起き?」

彼は尋ねた。

「9時にチェックアウトって言ったね。7時くらいでいいんちゃう?」

その応答に、携帯のアラームを7時にセットする。音量は最大、振動もつけてである。3人は明かりも消し、布団にもぐりこんだ。

「何か賭けようか?」

そうそう簡単に眠れるわけもない。他の2人も起きてると思い、清水は口を開いた。

「賭けかー」

「かっちゃん何賭けるん?」

予想通り、ほかの2人とも寝ていなかった。

 

「僕かー。僕はなー、何賭けよう?あ、優勝できやんだら、現文の授業寝ないで真面目に聞くことにするわ」

「てことは、優勝したら寝るってことやね?」

「そうそう。あー、こりゃ優勝せないかんわ」

「せないかんね」

「俺は携帯買うわ」

「お!?ついに買うか?」

「ホントはあんまり欲しくないんやけどね。でも優勝したら買うわ」

「そうかー、ついにおっしーにも携帯がやってくるかー」

 

2人には悪いと思ったが、古賀は何も賭けないことにした。理由は、賭け事に弱い-と自覚している-からである。何かがかかると、本当に弱いのである。だから、あえて何も賭けないことにした。臆病かも知れないが、勝負以上のことまで気にかけていられるほど器用な人間でないのは、自分が一番よく知っている。そんなことを考えながらボーッとしていると、段々意識がおぼろになってきた。そのまま眠りに落ちるかというところで、不意に何かが彼とぶつかった。

「おわっ!!なんや!?」

見ると、先程押金に渡したクッションである。

「古賀ーっ!」

「かっちゃんか。何してくれるん!?」

「遊んどる」

「・・・かっちゃん、何か夜になってキャラ変わってきてへん?」

「え?そんなことないで、なあ、おっしー?」

「なあ?古賀ちゃんのが変やで」

「またそんなことを言う・・・」

 

 

8月16日。関東甲信越を一周した3日間の旅は終点を迎え、残すのは、明日の決勝戦だけとなった。

あの中部大会の1日、そして様々な出会いと別れがあったこの旅の3日間。その思い出と絆の集大成を、自分達の力の全てにして明日にぶつけるべく胸に誓った3人。

第20回全国高等学校クイズ選手権、その決勝前夜。時刻は深夜2時過ぎ。3人の、この旅で一番長い夜は、まだまだ続く。

東京都文京区本郷、突然の再会。

2011年1月22日 § コメントする

失礼千万な挨拶を終え、ホームにたたずむ一行。スタッフは荷物の搬出で慌しい。と、不意にクイ中達の横側にいた神奈川工業チームがカメラに向かってしゃべり始めた。決勝前の意気込みを撮影しているらしい。次に、レンズとガンマイクはクイ中達に向けられた。

「…何言おう?」

「何にします?」

「何にしよか?」

 

普段は映ろう映ろうと、カメラ近くのポジションを密かに狙っていた-そして大概は夢破れていた-彼らだったが、やはり突然フラれると困る。

「気合でも、意気込みでも」

とスタッフ氏は言う。

「川越ぇ、ファイ!オー!でいきますか?」

「そこらへんかな」

「そうしよか」

「決まった?それじゃ、3・2・1・・・」

「・・・川越ぇ、ファイ!」

「オーッ!」

「・・・ハイ、オッケー」

「ありがとございましたー」

 

再び手持ち無沙汰になり、することと言えばやはりホームにたたずんで撤収の風景を眺めるくらいである。先程のカメラは、東大寺学園を撮影中だった。

「かかって来い!!」

あまりに唐突だったので、彼らの大声は古賀を驚かせた。今まで割とおとなしめな彼らだったので、尚更である。『かかって来い!』。かなり攻撃的なセリフだが、古賀には、彼らがそう言えるだけの実力を持っていると思えてならなかった。

これからどうなることやら、と相変わらず-と言ってもそれほど長い時間ではなかったが-突っ立っていた9人が、ついに呼ばれた。アルバイトスタッフの方にに先導されて改札口へ向かう。その人の名前は、古賀の記憶では土居さんだったような気がした。

「もう、ここに当分来ることはないね」

「来れないでしょ。特に9月以降は。猪又さんが転勤するか退職するかしない限りここ使えやんよ」

「放送されるんかな~」

 

そんな感慨を抱きながら、2日前と同様に改札口を顔パス、いや、フリーパスで通過。あの日50チームが長いこと電車待ちをくらっていた大通路を左手に、エスカレーターへ。

そこを降りると、道路を隔てて、同じ日にメモ帳を買った本屋のあるショッピングビルが見えた。日も沈み、辺りは暗くなり始めている。ここからまた電車に乗るのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

土居さんに付き従って横断歩道を渡った。歩きでホテルまで向かうのかと考え始めたところで、横目にマイクロバスを発見。

「じゃ、これに乗って」

「お、ロケバスや」

「すげー」

特に変わったところもないのだが、ロケバスということに妙な感動を覚えながら9人は乗り込んだ。

「おっしー、バスは大丈夫なん?」

「たぶん」

「バカじゃないの!?」

「『バカ』?・・・ゴメン、俺日本語検定まだ準2級だからあんまり難しい言葉わからないんだよねー」

「あ、だからバカの一つ憶えみたいに同じような言葉しか話さないんだ」

「・・・エ?ヒトツ・・・『ヒトツオボエ』?」

ロケバス車内では、市村さんと土居さんの爆笑トークの応酬が繰り広げられていた。

「日本語検定ってことは、基本的にはどこの言葉使うんすか?」

古賀、火に油を注ぎにかかる。

「基本的にはスワヒリ語かな・・・ジャンボ!!」

車内、大爆笑。

「そういえば、あんな数のカバン、一体誰が持ってきたんですか?」

この際だから聞いておこうと、3号は質問してみた。

 

「スタッフ全員、『何か集めて来い』みたいな感じ」

「あのジュラルミンはすぐに決まったでしょ?」

「ああ、あれは早かったね。『これしかない!』ってね」

 

ライトアップされたドームを横目にして夜のTOKYOを走るロケバス。ふと古賀が外を見ると、いつの間にやら千代田区の官庁街に来ていた。国会もすぐ近くである。

「おっしー、ここ霞が関やって」

「お?マジで?」

「そういやおっしー、東京来る前に『俺は絶対最高裁判所を見てくる』って言ってたねぇ」

「そやそや。こっから近いの?」

「どうやろ?遠くはないと思うけどなあ」

「寄りましょうか?最高裁に」

2人はバスの、割と後部にいたのだが、その話し声が聞こえたのか、ドライバー氏が声をかけた。

「え?あ、いいですよ。もう遅いですから」

2号と3号はその申し出を辞退。3号は再び窓の外に眼を転じた。始めは品川近くのホテルにでも宿泊するのかと考えていたのだが、その予想は外れたらしい。

道路標示やそこかしこの看板を見てみると、どこかで見たようなものになっていた。

…『文京区』、『赤門前』明らかに、文京区、それも東京大学の近くに来ていた。

・・・なるほど、機山館か。よく考えれば、荷物が保管されているのは確かにあそこだったのである。

「それじゃ、そろそろ着くから、忘れ物ないようにね」

ロケバスから降りたクイ中達。そこは、3日前地下鉄の駅から機山館へと歩いた道だった。

「加治木はもう帰ったのかな?」

「さあ、どうでしょう?鹿児島は遠いでねえ」

「まさか、日テレだから『東大一直線』に捕まったとか?」

「それ、リアルに嫌やね」

「電波少年かぁ。そういやさ、富田さんもTプロデューサーやんね?」

「あー、そうだねえ」

 

9人は、そんな会話を交わしながら機山館へ。『歓迎』の札を見てみると、どこかの学生だか社会人だかの体育会サークルの名があった。確かに、そういう団体には都合が良さそうなホテルである。

土居さんがフロントに行き、チェックインを済ませた。3日前に『最低の三重』と言った遠藤さんが座っていたソファーには、学生らしき3人が新聞を読んでいる。

見るからに体育会系で、古賀はすぐに入り口の札が歓迎していた人達だと判断した。しかし、どこかで見たような…。そんな古賀よりも早く、清水が気付いた。

「加治木やん!」

「あ!ほんまや!」

 

うれしい驚きと共に、清水は彼らに声をかけた。

「あとで写真撮ろうな」

「はい、撮りましょう」

加治木のメンバーがなぜ敬語なのか測りかねたが、さらに友達の輪を広げることができ、清水は満足感に浸った。

東京都文京区本郷、ホテル機山館。まさに突然の再会である。

あれだけ涙の別れをして、簡単に再会できるとは誰が予想していただろうか?

そうは考えながらも、戦友との再会が嬉しくないはずがなかった。

迫る霧、迫る時間。

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「問題。サッカーWカップ、2006年に開催されるのはどこの国?」

パン!

「神奈川工業」
「フランス」

ブー!

「残念。正解はドイツです」
「・・・へえ。そうだったんや。2002年までしか興味なかったなあ」

「問題。読売ジャイアンツのMKT砲、3人の背番号を足すといくつ?」

「・・・全くわからん。興味ないでなあ、巨人には。おっしーは?」
「俺もわからん」

2人とも、アンチ巨人である。

「・・・ええとね、全部足すとね、84やわ」
「・・・よくわかったね、かっちゃん」
「任せて。松井が55、清原が5、高橋が24やでね。あーもう、なんで押せへんのや?」

 

・・・ブー!

 

清水は窓の外を見た。川の水が、静かに流れている。とにかく、落ち着かねばならなかった。古賀のランプが点灯し-相変わらず、心拍数を一番早く下げるのは彼であった-、押金のランプも続いた。

「さあ、川越は解答権を得るまであと1人です」

 

そんなこと、自分が一番よくわかってる・・・。

 

・・・ティロリロン!

「さあ、出だしの悪かった東大寺学園が俄然勢いづいています」

 

単に勢いづくという表現では役不足なのは、隣にいたクイ中達が一番よく知っていた。その勢いは、パスタの問題でのミスをクイ中達の頭から完全に消し去るに充分なものであった。しかし、そんな彼らを尻目に、解答権を得ることすらかなわないクイ中達3人。なんとも不甲斐ないものである。押金が清水に声をかける。

 

「かっちゃん、腹式呼吸をするとええぞ」
「おう、そうか」

 

藁にもすがるような思いの清水は、さっそく試してみる。

 

「なんかええかんじやわ」

 

清水は下を向き、静かに呼吸を繰り返す。そしてしばらくして・・・

 

「かっちゃん、消えたで」

 

押金の声に、清水が顔を上げると、確かに数字が消えていた。この瞬間は、大きな感動をもたらしてくれる。何か音くらい流して然るべきだろうに。清水は深呼吸をして、気合を入れなおした。

 

 

「問題。三角形で、1つの角が90゚より大きい三角形のことを特に何と言う?」

パン!「川越高校」一瞬、鋭角三角形しか頭に浮かばなかったが、すぐに正解が現れてきた。「鈍角三角形」ティロリロン!「ナイス!」
「さすが!」
「数学担当ですから」

押したのは清水だった。・・・こっちは答えたくても押せなくて、クイ中の禁断症状が出そうなんだ。

 

「問題。歴代総理で、名字が一文字なのは、原敬、桂太郎、岸信介、そしてあと1人は誰?」

 

[桂太郎]の時点で、清水は[岸信介]が問われることを予想していた。そのような過去問を、彼は解いた経験があった。その[岸信介]が問題中に読み上げれた瞬間、彼は記憶を再検索する必要に迫られた。

 

パン!

「東大寺学園」
「森喜朗」ティロリロン!

 

・・・しまった、そこを突いてきたか。

 

高校生クイズらしい問題だなと思いつつ、清水は隣の東大寺学園チームを見た。彼の脳裏に浮かんだのは、もう2日前の出来事になってしまった、日野春での46チーム早押しクイズであった。

 

『トリプルってことは、2択や3択の問題は出ないってことだな』

 

川越の左隣にいた彼らのつぶやきが、それを聞いた時自分自身が抱いた思いと共に蘇ってきた。

その冷静さと、出だしの不味さを微塵にも感じさせない勢いは、自分達がまだ身に付けきれていないものだろう。

 

「問題。今年施行された介護保険制度で、第一被保険者は何歳以上?」

 

「かっちゃんわかる?」
「ゴメン、わからん!くそっ、ホームプロジェクトで介護保険のこと調べとったのに忘れてまった・・・」

 

ホームプロジェクトとは、平たく言えば家庭科の夏休み課題である。押金と古賀はエプロン作りを、そして清水は介護保険のレポートを選択。この旅から帰ったらすぐの8月20日、全統模試の日に提出の課題で、旅立ち前、3人共に必死になって終わらせていたのであった。

 

・・・ブー!

 

「時間切れです。正解は65歳以上でした」

 

「あ・・・。くっそーっ!そうやった。あれだけやったのに・・・」

 

自分の担当であろう問題だけに悔しさは強く、すべての知識を確実にしておくことの大切さをあらためて思い知らされた。

 

 

「問題。元素記号、硫黄・窒素・酸素・タングステンを並べて出来る英単語は何?」

・・・水兵リーベ、僕の船(記録班注:元素記号語呂合わせ法。詳しい説明は、長くなるので割愛)・・・。

3人共に、昨年取っていた化学ではそれなりの成績をマークしていたのだが、文系寄りの2号と3号のそれに関する記憶はかなり錆付いていた。即座に出たのは、タングステンがWだということだけである。

 

パン!「川越高校」

 

押したのは、理系担当の1号であった。硫黄・S、窒素・N、酸素・O、タングステン・W・・・「SNOW」

 

ティロリロン!

「よっしゃ!」
「さすが理系」
「任せて。酸素が聞き取れやんかったけど、他の人に答えられたくなかったで押したった」
「タングステンがW、だけは出たんやけどねえ」
「ここは理系担当としてカットされて欲しくないわ。久々に会心の一撃やったでな」

 

「問題。豆腐を作るときに必要なにがり、これは何の副産物?」

 

パン!「川越高校」

 

古賀は、だいぶ前に、TVで昔ながらの豆腐作りの番組を見たことがあった。

そのとき職人さんが天然のにがりを使っていたのを思い出しながら、彼は答えた。

「海水」・・・2種類音があるはずのブザー、そのどちらも鳴らないまま1、2秒が過ぎた。一体どうしたというのか?

 

「・・・正確に言って下さい」と、羽鳥アナは告げた。

 

聞こえなかったのか?

いや、そんなはずはない。全く予想していなかった状況を、古賀は処理し切れなかった。

海水ではダメ・・・。

塩?

いや、塩は単純に塩だ。混じりけがなければ、副産物なんて出てこない。

だからあの職人さんは海水からにがりを作ってたんじゃないか・・・。しかし、何かを言うべきだった。

・・・とりあえず、[塩]、と。ようやくその結論に達した古賀の言葉が、腹で力を得、喉に達し、空気を震わせて声になろうとしたとき・・・、・・・ブー!

 

「時間切れです。海水では少し不十分でした。正解は塩、塩化ナトリウム、NaClのいずれかです。それではペナルティです」

言葉にならなかった。2度のペナルティをパスし、折角清水の心拍数も戻って勢いもつき始めて、これからというときに、やってしまった・・・。

古賀は、穴に手を入れ、札を引いた。[50]だったのは、彼にとってまだ救いだった。ここでもし[150]だったら、自分の力から、運から、とにかく全てを呪うしかなかった。

「何か言っておけばよかったなあ」
「そうやなあ、もったいないことしたわ。」
「次にああいうことがあったら、自信なくてもいいで何か答えとこな」
「うん、そうしよ」

 

階段を下りながら、ちょっとした反省会。

クイズも終盤に入り、いつもの調子を取り戻し始めていた。しかし、清水には不安があった。…このまま心拍数が下がらずに終わってうちが敗退、みたいなことになったらどうしよう。

洒落にならんでこれは・・・。よし、絶対に下げてやる!
・・・これだけミスっていても、ランプが点灯するのだけは3人の中で1番なんだよな。

1人だけ早くても、2人、特にかっちゃんへのプレッシャーにしかならないのに・・・。光射す、外の谷川を望みながら古賀は思った。

 

「やはり、川越は1人残ってしまいますねえ」相も変わらず、羽鳥アナは清水にプレッシャーをかけてくる。押金は、手に持ったクイ研団扇で清水を扇ぎ始めた。階段の往復で、体にはだいぶ熱がこもっている。

 

時折背後から涼しい風が吹いてくるのは、なかなか気持ちいいものである。清水は再び窓の外を見ながら、今までの出来事を思い返していた。鯨波で別れを告げることもできず去っていった、中部の戦友、磐田南と岐阜北。

 

また全国大会出場を支えてくれた人達、特にクイ研のみんな。そう、みんなの支えと応援があるから僕らはここにいられるんだ。

中部大会、あのYES/NOのとき、理事長らが自ら不正解側に行ってくれたから、僕らはここにいられる・・・。「よしっ」清水は誓った。このままでは終わらない、終わらせてはいけない・・・。

 

「問題。妊婦さんが着る服のことを、英語で何ドレスと言う?」

 

パン!「神奈川工業」

・・・マタニティドレス。

考えるだけでやり切れなくなってくるが、それでも、例え無言でも答えずにはいられなかった。

「マタニティ」

ティロリロン!

最初のアドバンテージを生かしたいであろう神奈川工業と、出だしの不味さを実力でカバーしリードを奪った東大寺学園。トップ争いはこの2チームのものだということに、クイ中達が疑いを挟む余地はなかった。

「おっ、ついた」

見ると清水の前のランプが静かに点灯していた。最初の462段。続いて3回のペナルティ。すべてにおいて下がるのがダントツに遅かった清水にとって、このランプがついた瞬間というのは、やはりかなりの感動をもたらす。「もうあと少しや。集中してこな」
「おうっ」残りわずかとなったであろうここでの時間に、3人はすべてを賭けるしかなかった。

 

「問題。作業手順を、絵や記号などを用いて模式的に表したものを何と言う?」

 

全くわからなかった。清水にはそんな過去問をやった記憶がなくはなかったが、全くの不鮮明であった。

・・・パン!「神奈川工業」
「フローチャート」

ティロリロン!

「・・・あっ!そうやった。やっぱ過去問でやったわ。はー、やっぱカタカナはあかんなぁ」

 

彼が唯一自信を持っているカタカナは、ジャン・ベルナール・リヨン・フーコー(記録班注:地球の自転を発見した学者、フーコーのフルネーム)である。彼曰く、「逆に長い方が憶えやすくない?」

 

「問題。小林一茶の俳句、『楽しさも 中くらいなり おらが…』さて、この後に入る言葉は何?」

 

どのチームもボタンを押さなかった。古賀の中ではマイナーな句である。小林一茶と言えば、『雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る』や『やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり』の2句辺りが知識の限界である。

しかし、心当たりもなくはなかった。『春』という言葉が、妙に頭についたのである。何処かで聞いたことがあったのかもしれない。『おらが春』、俳句としてもしっくりきている。だが、もう危ない橋は渡れなかった。この問題、どのチームもわからないようである。無理をすることは…、

 

パン!「東大寺学園」・・・!

 

「春」ティロリロン!

 

「・・・マジすか?押しときゃよかった・・・」

 

「問題。左を向いている椅子を、右に2回転半、左に3回転半すると、椅子はどの方向を向いている?」

 

こんな状況のとき、ある意味で一番難しいのはこのテの問題である。焦りで、いつもなら簡単なはずのイメージがすぐに出てこない。必死でイメージしようとする古賀。そんな古賀を、清水は手を差し出して遮った。

 

「・・・やめとこ。こういう問題は、手を出すと引っかかりやすいから」
「・・・そやね」パン!

 

「加治木高校」
「左」

ティロリロン!

 

どこからともなく音がしたと思ったら、加治木高校があっさりと正解をさらっていった。

「気にしやんどこ」
「おう」確かに、手を出すと容易に罠にかけられてしまう問題である。

 

背中に感じる風が、涼しい、と言うよりも寒い、と言った方が適切なレベルになってきた。先程まで団扇で扇いでいたのが嘘の様である。たまらずポカリのタオルを肩に掛けようと、古賀がそれが置いてある背後を見たとき、深い底から白い霧が昇ってきていた。見るからに、冷たい。

 

「ねえ、この、下りホームから、冷たい空気が白い霧と共に上がってきました」

雰囲気からして夏仕様の服装をした川越にとって、決して洒落にはならない。古賀は、その風を受けながら今までの旅を考えていた。鯨波での[夏の大三角形]問題、ここでの2つの誤答、その他諸々、冷たい風に吹かれていると、本当に自分が情けなくなり、もうワンパンチ喰らったら確実に泣いてしまいそうなところまでいってしまった。ここで終わりなのだろうか?今までで一番悲観的になった。どうしても、抜けられる気がしない・・・。

ふと、使う必要がなくなって手元に置いていた団扇を見た。中部大会を一緒に戦った仲間、クイ研で共に頑張ってきた仲間達の言葉があった。・・・ここで俺がヘコんだままで終われば、泥が塗られるのは自分の顔だけじゃない。

ここまでの失敗が取り返せるのなら、今に賭けなくてはならない。

もし取り返せないのなら、あと1つ2つ上塗りしても大した違いじゃないだろう。やるしかない・・・。

 

「問題。お妃のために、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが建てたインドの世界遺産は?」

 

パン!

『お妃のために』、『ムガール帝国』、この2点が出た時点で古賀は押そうとした。

が、危ない橋は渡れない。それでも、『インドの世界遺産』で、正解を確信した。

 

「川越高校」
「タージ・マハール」古賀の唯一の心配は、タージ・”マハール”か、”マハル”かという発音の問題だった。ティロリロン!「よっしゃ」
「よし」
「ナイス」静かに拳を突き合わす3人。正解したことを喜んでいられるだけの状況ではない。「それでは、これが最後の問題です」

 

 

羽鳥アナは30分だと言ったが、それにしては、長すぎる30分であった。霧によって幕を開けた戦いは、その冷たさを漂わせながら、冷酷に迫る時間によって最後の問題を迎える。

時間も鼓動も止まることなく。

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「よかったねえ。さっきここ昇りながら、『もっかい全部昇れって言われたらどうしよう』とか思ってたからねえ」
「ほんまほんま。それにしてもここ、声響くねえ」
「ほんとやねえ。何か歌いたいねえ」
「SPEEDとか?」
「理事長らみたいに?・・・あかん、こないだ理事長らが歌ってた曲の歌詞忘れたわ」
「やっぱ[さよなら]ですか?」
「やっぱそれになるんですかねえ。縁起悪いなあ」
「ええやんええやん、ええ曲なんやで」

『問題。数を数えるときには折り、欲しくても手が出ないときにはくわえる体の一部分は?』

 

パン!

『加治木高校』

 

『指』

 

ティロリロン!

 

 

『さあ、加治木高校1ポイント目です。東大寺はまだ消えませんね』

「東大寺、まだ下がらんのやね」
「だいぶ走ってたでなあ」

 

この出だしの遅れはどう響いてくるのだろうか?

 

「お?もう150やん」

 

胸から伸びたコードをクルクルと回しながら古賀がつぶやいた。彼と清水は踊り場を踏むと、即座に踵を返した。押金はすぐに戻っていいものか決めあぐね、「戻っていいんですか?」とスタッフに尋ねたが、「いいよ」と言われたので2人に追いつく。

 

「・・・今カメラ独占だよね?」
「ペナルティ1番だし、ここはカットしにくいやろね」

 

まだこんなことを話す余裕もあった。

 

『問題。小麦粉を水でこね、発酵させて、薄く伸ばします。壺型のカマドの内側に貼り付けて焼けば…』

「チャパティ、かね?」

 

解答台のかなり後方にて、古賀の解答。但し、目の前にあるのはボタンではなく、階段のみである。

 

・・・パン!

 

『山梨英和』

 

『チャパティ』

 

「あ、正解やね」

 

ブー!

 

『残念、正解はナンです』

 

『あ、ナンだ!』

 

「・・・あ、どっちか迷ったんやけどねえ。あれってさ、どう違うの?」

 

『それでは山梨英和、くじを引いてください。・・・50段ですね。それでは行ってきて下さい』

 

「・・・ええなあ、うちらの3分の1やん」

「結構ラッキーっちゃう?」
「ほんまやなあ」

 

クイ中3人は、山梨英和のペナルティ段数である50の看板を通過。上からは、その看板を目指す3人が降りてきた。

 

「頑張れー」
「50なんてすぐやで」
「そうそう」

 

彼女達にそう声をかけ、川越はようやく解答台フロアに到着しようとしていた。

 

「我々は帰ってきた」

 

と言った直後に、昨日の金大附属のマネになっていることに気付いて独りで失笑した古賀。その彼が、階段にあった石らしきものを見つけた。こんなところに転がっているには、少し大きい。目を凝らしてよく見てみる。

 

「うわっ、なんやこのでかいカエルは」

 

「うわっ、ほんまや。何でこんなとこにおんねん」

 

そして、ついに150段を往復した3人は、それぞれのプラグを機械につないだ。古賀、120。押金、130。そして、清水は140

 

「問題。オスマン帝国となってからイスタンブールとなった、この都市のある国はどこ?」

パン!

 

「東大寺学園」
「トルコ」

すぐ横には東大寺。プレッシャーは大きい。

 

「問題。平均気温の基準は過去何年間の気温?」

パン!「神奈川工業」

「30年」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業が独走しています。でも皆さん、焦ると心拍数が上がりますよ」

 

「問題。何の種類か、わかったところで答えなさい。カッペリ、ダンジェロ…」

 

パン!

「東大寺学園」
「マカロニ」

ブー!

「残念。正解はパスタでした。東大寺、ペナルティです。川越は、まだ解答権がありません」

「よし!」
「ヨッシャ!」

 

・・・長かった。ようやく戻った心拍数。今度こそ正解させる、という気合がクイ中達-特に清水-にみなぎっていた。

 

「問題。俗に三国一の花嫁と言われるときの三国とは中国、日本、天竺のことですが、この天竺とは現在の…」

パン!「川越高校」

 

かなりフリの長い問題、というのが古賀の印象だった。彼は、押すべきかどうか、だいぶ迷っていた。先程の[東照宮→茨城県]は自分でも信じられない位の-しかし、一番自分らしいとは思える-ミスであった。

時間はまだあるだろう。だがこれ以上2人に苦労と足労をかけるわけにはいかなかった。自分のすぐ上に置かれた手に、強く力が込められたのは、そんなときだった。
・・・ノーマルな問題のときは早とちりしちゃいけないんだよな。問題文が読まれている間、清水は頭の中で今回のクイズの傾向を思い返していた。

 

 

簡単な問題ほど一つひねりが加えられる、それが清水なりに分析した結果である。

 

…ひねりの部分は、もう読まれた。ここしかない。日野春以来、約40時間ぶりに彼は早押しボタンを押した。

 

「インド」

ティロリロン!

「よし!」
「ナイスかっちゃん!」

 

やっとつかんだ1ポイント。まずい雰囲気を引きずることなくここで正解できたのは、精神的に大きな安心をもたらした。今日初めてのタッチを、3人は交わした。

 

「問題。今年、作家の町田康が芥川賞を受賞した作品は?」

パン!「加治木高校」
「きれぎれ」

 

ティロリロン!

 

「・・・しまった。逆なら、中部の朝に新聞で調べてたのに・・・」

 

 

今年の問題で必ず触れられるだろうと、古賀は朝の時間ギリギリまで新聞を読んでいた。結局中部大会では発揮されることなく、そのまま虫に食われていた記憶が、こんなところで蘇る。

 

「問題。JISマークのJIS、略さずに、日本語で言うとなんと言う?」

 

パン!「川越高校」

 

清水には全くわからなかった。押したのは古賀だということはわかっていたが、かなり心配なのは事実であった。
一方、古賀にとっては久方振りの得意ジャンル問題であった。いささか問題の転じ方が多少強引に感じられ、それが不安ではあったが、大丈夫だろう。

 

Japanese Industrial Standard・・・「日本工業規格」

 

ティロリロン!

 

「ィヨッシャッ!」
「ナイス」

 

「問題。英語では『メイフライ』、儚い命の代名詞として用いられる、この昆虫は何?」

パン!「神奈川工業」

 

押したタイミングは、[儚い命]。古賀は躊躇から後の文章を待ってしまい、コンマ数秒差で押し負けてしまった。

 

「カゲロウ」

ティロリロン!

・・・トンボはドラゴン、

ホタルはファイア、

そしてカゲロウはメイ・・・。

 

危ない橋は渡れないとはいえ、悔やまれる躊躇である。

 

「問題。[バイオハザード3]で、路面電車を動かすのに必要な道具は、電気コード、混合オイルと、もう1つは何?」

・・・今、今何故[バイオ3]

一体いつ出たゲームだと思ってるんだ?

押金と古賀は、そう胸の中で毒づいた。2人とも、[2]ならばやった経験がある。・・・どのチームも、押す気配を見せない。

・・・ブー!「わからなかったんでしょうか?正解はヒューズです」

 

・・・帰ったら、[3]をやろう。そう心に決めた押金であった。


「日本の祝日で、漢字だけで表されるのは、天皇誕生日、憲法記念日と何?」

パン!「川越高校」

 

押したのは清水だった。その瞬間、クイ中達は正解を確信した。

1号の得意ジャンルが記念日であることは、自他共に認められている。一年最初から1つ1つ確かめてもいいが、早押しでそんなことはやってられない、と清水はその計画を頭の中で却下。

それに最近こんな感じの問題をやった覚えもある。ということで答えは、「建国記念日」・・・それしかないでしょ。次に来るはずのブザーの音が、3人の脳裏には既に流れていた。

・・・ブー!

思わず清水は舌を出し、押金もそれにつられた。・・・なんで違う?

 

おかしいところなんてどこにも・・・

 

「・・・!あ、そうや!建国記念”の”日やった!」

 

古賀がそう気付いたのは、「正解は元日です」と羽鳥アナが言う少し前だった。

 

「川越高校、ペナルティです」

 

今度は50段。救いがあるとすれば、前のペナルティの3分の1だということくらいだった。
・・・よりによって自分が不正解してしまうなんて。清水は階段を歩きながら、何度もこの言葉を思いの中で繰り返していた。…自分が1番心拍数下がるの遅くて、1番迷惑かけてるのに、その自分が間違えてしまうなんて、ごめんな、おっしー、古賀ちゃん。しかし謝っていてもしょうがない。

また必死になって、というか落ち着いて心拍数を下げるしかない。そのことは2人にも十分わかっていた。

 

「グリコでもやってこか?」
「よし、ジャンケンポン」
「チ・ョ・コ・レ・ー・ト…やっぱ辛いでやめにしません?」
「…そやね」

さっきのカエルはどこかに行ってしまったようだ。

…あいつはのんきでいいな。お前にもこの緊張感を分けてやりたいよ。

そう、どこにいるとも知れないカエルに語りかけながら、3人は再び解答台のところへ戻ってきた。

古賀、120。押金、130。清水、140。

 

「問題。仕事をサボる、のように使われる言葉[サボる]。もともとは、フランス語のどんな言葉を略した言葉?」

「・・・サボタージュ」

 

クイ中達は、誰ともなくつぶやいた。その声を、ボタンを押した上で言えないのが、彼らにはとてもやり切れなかった。

 

パン!「山梨英和」
「サボタージュ」

ティロリロン!

 

問題があり、答えがわかり、ボタンが目の前にある。しかし、それを押すことは出来ない。答えることに情熱を注ぎ続けてきた3人にとって、これほどもどかしいことはなかった。

 

 

時間と鼓動、日頃止まることのない、また、止まってはならないものだと理解はしている。だが今、その事実ほど、素直に受け止め難いものはない。

ボタンまでの遠い道と長い時間。

2011年1月14日 § コメントする

「さむーい」
「寒いなあ。凄いね、霧がかかってるよ、ホームに」

長い道のりであった。一行が到着したプラットホームは、明かりと言えば古びた蛍光灯ぐらいの、暗い空間であった。8月だというのに、白く冷たい霧が漂っていて、昨日の妙法高原を超えてアロハのクイ中達には辛い環境であった。

「みんな、上を見てごらん」

と羽鳥アナが指す方向を、高校生達は見上げた。光は、遠い。

「これは遠いねえ。戻るには、1回は昇らなきゃいけないねえ」

「え?『1回は』って?」

少しずつ、疑念も渦巻き始めてきた。

「・・・ん?君、湯気立ってない?」

意外な一言に、一同は振り返った。神奈川工業チーム、市村さん。羽鳥アナの言う通り、彼女の肩からは、何かオーラのように、白い湯気が立ち昇っていた。それを見たその場の全員は、大爆笑。

息を吐くと、白い。確かに、それなりの運動をすれば湯気も出てくるような環境である。

「向こうの方は真っ暗だねえ。ちょっと行ってみたら?」

そんな言葉に従い、暗闇の向こう側を向いて歩いてみる。

「なんか滑りそうやなあ」

真っ暗な上に、霧や染み出した水で、何かと滑りやすそうな足元である。本当に、こんなところに電車が停まるのだろうか?

とんでもないところにホームなんか建設したものである。

何も知らない乗客がここに降りたらどう思うのだろう?

そんなことを考えながら、ホームの端までやってきた。

小さな階段があり、点検用の通路に出られるような造りになっていた。

「映画にでも出てきそうな場所やね」
「ほんまやなあ。それじゃ戻ろうか」

スタッフがいる、階段下を振り返って歩き出した。そんなとき、ふと古賀が思ったこと。

ここには時刻表すら見当たらない。不意にトイレに行きたくなったとき、まずは462段-と、改札口までの道のり-をクリアしなきゃならんよな・・・。

「いやあ、みんな来ましたね。それでは、ここでクイズを行います」

 

・・・やっぱり、である。

 

「詳しいことは後で説明しますが、とりあえず、上の解答ボタンを目指してこの階段をもう一度昇ってもらいます」

 

・・・再びやっぱり、である。

 

「それじゃあ久しぶりに、私が福澤アナに代わってFIRE!をやらせていただきたいと思います。・・・それじゃあみんな、燃えていけ、FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「よし、それじゃみんな、上で待ってます」

全チーム、各メンバーに何やら妙なベルトのようなものが渡された。そのベルトからは、謎のリード線、さらにその先にはもっと謎なプラグが付いている。

「それじゃあ、それを胸の肌のところに着けてください」

要するに、心電図のようなものらしい。だんだんと、このクイズの趣旨が理解できてきた。

 

「それじゃ、女の子はこっちの方に来てね」

と、神奈川工業と山梨英和の6人は男子チーム-と、スタッフ-から少し離れた場所に連れて行かれた。

 

「それじゃ、まずはこの濡れタオルで胸を湿らせて、そして胸の真ん中にこの金属の部分がくるように付けてね」

 

との説明。

 

見ると、確かに銅らしき色をした金属板がはめ込まれていた。手渡されたタオルで胸を拭き、ベルトを合わせる。濡らすことで体表にナトリウムイオンが発生し、電気が通りやすくなって、などと、古賀が埒もないことを考えながらベルトをいじっていると、カメラが彼の胸を映し始めた。

何も、こんな貧弱な体を映すことはないだろう。古賀は、胸の内、というより頭の中で思った。清水は少しサイズが合わなかったらしく、スタッフのお姉さんに調整してもらっていた。

 

「これぐらいでいいかな?」
「はい、大丈夫です」

 

と答えた清水。心なしかきついような感じがしたが、緩いよりはましだろうと思って気にしないことにした。

彼がその両の眼をベルトから正面の方に戻すと、富田プロデューサーが女子チームの方向を見ていた。

・・・おっさんおっさん。清水は無言のツッコミを入れてみた。

まあ、女の子が気になるのか、時間が気になるのかは、暗かったのでその眼からは判じかねたのだが・・・。

「詳しいルールはもうすぐ説明されるけど、上には解答台とボタンがあります。そこには、皆さんがさっき着けたベルトのプラグの差込口が3つあります。1人ずつの名前が書いてあるので、必ず自分の名前が書かれた穴に差し込んでくださいね」

と、遠藤さんの説明。

「この靴下はまずいよねえ?」

「う~ん、マズいんじゃない?それこそ放送禁止になりそうやでなあ」
「じゃあカバンの中に入れとこう」

クイ中達は、ポケットなどに入った不要なものをカバンの隙間に押込み、ポカリのタオルをそれぞれ肩に担いだ。

・・・一応、体力担当は俺だからな。そう思いながら、押金はカバンの持ち手を両肩にかけ、リュックを背負うような形にした。・・・462段、なんとかなるかな・・・。

『それでは、クイズを始めたいと思います。皆さんには、この目の前の階段を昇って、上の解答台まで来てもらい、そこで、それぞれのプラグを装置に差し込んで頂きます。すると、自分の心拍数が表示されます。一定数になると自分のランプが点灯するようになっていますので、そしたらコードを抜いてください。全員のランプが点灯して、初めてボタンを押すことが出来ます。勝ち抜けチーム数は、4です』

 

階段の両脇に設置されたスピーカーから、上にいる羽鳥アナの声が届いてきた。

いよいよ始まりである。

・・・どうやらこの場合、必ずしも一番で上に行く必要はなさそうだ。

クイ中達がそう考えていたとき、羽鳥アナは付け加えた。

 

『敗者復活の石橋高校には、厳しいですが特別ルールです。君達は、1・2・3フィニッシュで上に到着しなければその時点で失格となります』

 

・・・!

 

クイ中達は、そのとき初めて、昨日原地区で脱落したはずの石橋高校がいることに気が付いた。敗者復活というものはもっと劇的な手段を以って発表されるものだ、と思っていたクイ中達は、口には出さなかったにせよ、不意を衝かれたような心持ちであった。

本当に、いつの間に彼らはいたのだろう?

朝からあまり他チームと交流することがなかったので、ずっと一緒だったのか、つい先程現れたのか、3人には全くわからなかった。

 

「どうします?一気に行きますか?」
「いや、いいでしょ。多分このクイズは、心拍数が高いと困る方のクイズだと思う。だから、そんなに急いでもいかんよ

 

確かに、心拍数を上げるだけなら、その場でスクワットでもすれば済むことである。

「1・2・3フィニッシュか・・・。かなり厳しいルールやね・・・」

「そやね。他チームの誰か、1人でも石橋よりも早く着けばその時点で失格やもんな」

 

今までの復活組の中で最も厳しいハンデだろうなと思いつつ、川越は階段前のラインについた。

「おい、そこ!!映るぞ、下がれ!!!」

トンネルにベテランスタッフの怒声が響いた。相変わらず、現場は緊迫している。

『それでは位置についてください。まず問題を発表します』

全員が、上の光を仰ぎ見た。

『問題、キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は何番目?それでは、用意、スタート!』

一瞬、それぞれのチームは様子見のためか、二の足を踏んでいたが、ラインを越えて階段に第一歩をかけ始めた。

「・・・やっぱり行くよね、石橋は」
「うん。走らなきゃ、もう終わりだもんね」

 

そんな彼らにつられてか、クイ中達の足も速くなりつつあった。

「・・・落ち着いて、ゆっくりいこうさ」

急ぎ足は止めたが、一段飛ばしで昇る。全体から見れば、川越はやや先行気味である。やはり先頭は石橋高校であったが、その彼らをかなりのスピードで追う3人がいた。

「・・・東大寺、勝負かけてきたね」
「うん」

 

正直、クイ中達は、石橋を落としにかかるのなら、一番スポーツマンらしい加治木高校だと予想していた。神奈川工業と山梨英和は、やはり女子チームということで1着狙いは無理だと思っていたし、自分達が狙うなんて、体力なしを自認するクイ中達には及びもつかないことであった。

その点、加治木高校は、メンバーの服装からスポーツマンらしく、体力もありそうだった。さらに、かなり失礼ではあったが、東大寺学園チームが体力勝負をかけてくるとは考えていなかったのである。

「ふう、やっと半分か・・・」

 

長い道のりである。上の2チームを見ると、それぞれスピードが落ちているようにも感じられた。

「大丈夫か、おっしー?」

 

清水が声をかける。

 

「・・・おう。大丈夫」

 

3人が後ろの位置関係を見ることはなかったが、思う限りではそれほど変化もなさそうだった。ただ、スピードが落ちてるとは言え、東大寺が石橋追尾を諦めたわけではなさそうである。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 
先頭争いも気になったが、それ以上にクイ中達には先程の問題の方が気になった。・・・キシャの記者が汽車でキシャする。押金には最初と最後のキシャがわからなかったが、乗り物の汽車が何番目かを聞く問題なのだから、それは不要な部分だった。正解は[3番目]、である。

 

あとはボタンを押すだけ。残りの階段は、あと半分か・・・

 

「さあ、最初に来たのが東大寺学園!東大寺学園が3人揃いました!残念ながら、石橋高校はここで失格となります!!」
「・・・失格しちゃったか」
「やっぱルール厳しかったよね」

 

石橋高校は、がっくりと肩を落としながら、それでも上の方へと歩いていた。

「・・・ちょっと先行するよ」
「うん」

いつも歩みの速い古賀は、2人を置いて先に行き、上で落ち着くことにした。・・・きっと俺、長生きしないだろうな。後ろの2人に心の中で謝りながら、古賀は最上段を目指した。

しかし、それもそんなに遠いものではなかった。できるだけ早く落ち着いて、2人の足を引っ張らないようにするため、古賀は動かずに集中したかった。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 

・・・汽車の記者が汽車で記写する・・・。

 

鉄道旅行の記事でも作るつもりなのだろうか?

 

・・・聞かれていたのは[幾つ]かだったっけ?

 

[何番目]かだったっけ?

 

・・・汽車が2回出てきているなら、普通は[幾つ]かだよな・・・。

 

「さあ、心拍数上がってますねえ。さあそして、川越高校が1人来ました。そして、加治木高校」

 

古賀は、向かって一番右側の解答台に[川越]と記されているのを見つけ、さらに3つの差込口のうち左のそれに自分の名前が貼ってあったので、説明どおりにコードを接続した。眼前に現れた数字は、163。

 

それにしても、この、ボタンの手前にある穴はなんだろうか?作業用か?

「お疲れ」
「やっと着いた」
「さあ落ち着いて、心拍数を戻していきましょう」

 

時間を追うごとに、各チームのメンバーが揃ってきた。

川越の心拍数は、今のところ押金が140台、清水は170台、古賀は130台である。右隣の東大寺の数字を覗いてみると、先程までのハイスピードが効いたのだろうか、古賀が着いてからずっと、3人とも180台のままである

しばらく、静かな戦いが続いた。

ただし、「さあ、落ち着いていきましょうね」羽鳥アナを除いてである。

「このクイズは、電車の時間もあり、30分で終わらせて頂きます。ここを勝ち抜けられるのは、時間内に稼いだポイントが一番多かった順から4チームです。皆さんがさっき計ってもらった心拍数、これを早く下げることが出来れば、それだけ有利になるわけです。さてこの場合、不整脈は有利になるんでしょうか?」

焦りによって心拍数を乱してやろうという魂胆が見え見えである

そのとき、観光客が来たらしく、その人たちを通すために一番端の石橋の解答台が外されることとなった。その石橋チームは、他5チームの陰となる場所に座り込んでいた。

折角の敗者復活だったのに、相当悔しいところだろう。何もあんなところに座らせなくてもいいのに、と古賀は思った。

「おい、モタモタすんな!早くしろ!!」

ベテランらしきスタッフが、作業中の若いスタッフをどやしつけていた。なぜかこちらが怒られているような気がして、心拍数も上がりそうだった
「よし」

100前後になり、古賀の心拍数表示が消えた。

急いでプラグを抜いた彼は「俺って、さっき計ったときにはこんなに高かったっけ?」と、つぶやいた。

 

・・・確かに、と押金が思ったとき、彼の表示も消えた。確かに、さっきのとは違う。一方、清水の心拍数はまだ下がらなかった。

 

右側を見てみる。東大寺はまだまだ高いが、その向こうの加治木と神奈川は自分達と同じく2人の表示が消えていた。一番向こうの山梨英和の表示は見えなかったが、そんなに差はないだろう

・・・なんで下がらないんだ?

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。汽車の記者が汽車で帰社するのだから、乗り物の汽車はつだ。あとはこの表示さえ消えてくれれば・・・。

押金が注視していた清水の表示が、108を指した。先程の測定のときに出て来た数字である。これで押せる、と彼は思った。しかし、その表示が消えることはない。

 

・・・なぜ?

一体幾つまで下げればいい?

 

とりあえず、今の彼にとっては、清水の心拍数を下げる方が重要であった。

 

「かっちゃん、数字は見やんほうがええで」
「さあ、川越高校もあと1人ですね」

 

・・・羽鳥さん、余計なことを言ってくれる。

 

・・・それにしても心拍数というものはこんなに下がらないものなのだろうか?

清水は自問自答していた。他の2人のランプが消えてから、かなりの時間が経っている。

多少の焦りも感じていた。ふと清水は、旅の間ずっと持ち歩いてきたクイ研特製団扇を手にし、そこに書かれたメッセージを読み始めた。

『よく考えれば1番喜んどんのはかっちゃんやね。だって1番危険やもん』

・・・確かに、今危険なんだよ諸岡さん。

 

『私はかっちゃんが何かやってくれることを信じております。』

・・・よっちゃん、ほんと何かやっちゃったよ。みんないろんなこと書いてくれてるなあ・・・。

多少気分も紛れたところで心拍数を見てみると、「130」

無常な電光掲示板によって映し出された数字は、清水にかなりのダメージを与えた。

「あまりさっきと変わってないじゃないか・・・」

一旦下がっていたはずの心拍数が、再び跳ね上がってしばらく経っていた。

もう、下がり始めてくれてもいい頃なのに・・・。清水は他の二人からも団扇を貸りることにした。

「おっしーたちのも貸してもらえる?」
「うん、いいよ。かっちゃん、落ち着いてな」
「おう」

 

そんなやりとりの中、羽鳥アナの声が響いた。

「さあ、神奈川工業が3人とも消えました!では行くぞ!」

「問題!キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は…」

パン!

「神奈川工業」

「3」

 

ティロリロン!

 

「・・・え?」

 

清水と古賀は軽い驚きを覚えた。順番を聞いていたということは、自分の考えていたキシャのどれか1つが違っていたということである。

2人は言葉を交わさなかったが、ほとんど同じ間違いをしていた。だが、今の清水にとって、そんなことはどうでもよかった。相変わらず心拍数は120~140をいったりきたりしている。

「フゥー」

 

深いため息が漏れる。まだ、神奈川工業以外に、全員のランプが点灯したチームはない。いつまで、神奈川工業の独壇場が続くのだろう?

 

「問題。興奮すると騒ぎ、兄弟の間柄では分け、人間的にあたたかいと…」

パン!

 

「神奈川工業」

 

「血」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業2ポイント目です。あ、川越高校と、加治木高校も消えましたね。それでは3チームで参りましょう」
「よーし!」
「よーし、よっしゃよっしゃ!」

 

ボタンに手をかけるクイ中達。特に、清水の喜び様はひとしおである。

 

「問題。昨年、酪農家から出荷された生乳生産第一位は北海道。では、第二位の、日光東照宮で有名な県はどこ?」

パン!

「川越高校」

 

押したのは古賀だった。酪農うんぬんは知らないが、日光東照宮と言えば・・・

 

「茨城県!」

ブー!

 

「残念、正解は栃木県です。誤答・お手つきにはペナルティがあります」

 

その瞬間、ボタン手前の穴の意味に3人は気付いた。

 

「その解答台に手を入れる部分がありますね。それではその穴から札を引いてください

 

古賀は手を突っ込み、4つほどある札の中から1つを選んだ。クイ中達が予想する最悪は、[全段降りる]であった。

 

「何と書いてありますか?」
「150」
「それでは150段戻って、再びこの解答台に戻ってきて下さい」
「なんや、150でええの?」
「ラッキーやね」
「おや?川越高校、嬉しそうですねえ。あ、荷物は置いていっていいですよ」

 

3人は、番組がしていたであろう予想よりも軽い足取りで、再び階段を降り始めた。

150段、462段を予想していた人間に言わせれば、半分にも満たない数字である。
必ずしも1番になる必要はない。だからそんなに急ぐ必要はなかった。

 

3人は、ただ問題を答え、勝ち抜けられればよかったのだが、その前に、ボタンへの道は遠く、まだ長い時間がかかりそうだった。

 

 

そして、清水にとってそれは、さらに長い時間が待ち受けていることを意味していた。

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