迫る霧、迫る時間。

2011年1月14日 § コメントする

「問題。サッカーWカップ、2006年に開催されるのはどこの国?」

パン!

「神奈川工業」
「フランス」

ブー!

「残念。正解はドイツです」
「・・・へえ。そうだったんや。2002年までしか興味なかったなあ」

「問題。読売ジャイアンツのMKT砲、3人の背番号を足すといくつ?」

「・・・全くわからん。興味ないでなあ、巨人には。おっしーは?」
「俺もわからん」

2人とも、アンチ巨人である。

「・・・ええとね、全部足すとね、84やわ」
「・・・よくわかったね、かっちゃん」
「任せて。松井が55、清原が5、高橋が24やでね。あーもう、なんで押せへんのや?」

 

・・・ブー!

 

清水は窓の外を見た。川の水が、静かに流れている。とにかく、落ち着かねばならなかった。古賀のランプが点灯し-相変わらず、心拍数を一番早く下げるのは彼であった-、押金のランプも続いた。

「さあ、川越は解答権を得るまであと1人です」

 

そんなこと、自分が一番よくわかってる・・・。

 

・・・ティロリロン!

「さあ、出だしの悪かった東大寺学園が俄然勢いづいています」

 

単に勢いづくという表現では役不足なのは、隣にいたクイ中達が一番よく知っていた。その勢いは、パスタの問題でのミスをクイ中達の頭から完全に消し去るに充分なものであった。しかし、そんな彼らを尻目に、解答権を得ることすらかなわないクイ中達3人。なんとも不甲斐ないものである。押金が清水に声をかける。

 

「かっちゃん、腹式呼吸をするとええぞ」
「おう、そうか」

 

藁にもすがるような思いの清水は、さっそく試してみる。

 

「なんかええかんじやわ」

 

清水は下を向き、静かに呼吸を繰り返す。そしてしばらくして・・・

 

「かっちゃん、消えたで」

 

押金の声に、清水が顔を上げると、確かに数字が消えていた。この瞬間は、大きな感動をもたらしてくれる。何か音くらい流して然るべきだろうに。清水は深呼吸をして、気合を入れなおした。

 

 

「問題。三角形で、1つの角が90゚より大きい三角形のことを特に何と言う?」

パン!「川越高校」一瞬、鋭角三角形しか頭に浮かばなかったが、すぐに正解が現れてきた。「鈍角三角形」ティロリロン!「ナイス!」
「さすが!」
「数学担当ですから」

押したのは清水だった。・・・こっちは答えたくても押せなくて、クイ中の禁断症状が出そうなんだ。

 

「問題。歴代総理で、名字が一文字なのは、原敬、桂太郎、岸信介、そしてあと1人は誰?」

 

[桂太郎]の時点で、清水は[岸信介]が問われることを予想していた。そのような過去問を、彼は解いた経験があった。その[岸信介]が問題中に読み上げれた瞬間、彼は記憶を再検索する必要に迫られた。

 

パン!

「東大寺学園」
「森喜朗」ティロリロン!

 

・・・しまった、そこを突いてきたか。

 

高校生クイズらしい問題だなと思いつつ、清水は隣の東大寺学園チームを見た。彼の脳裏に浮かんだのは、もう2日前の出来事になってしまった、日野春での46チーム早押しクイズであった。

 

『トリプルってことは、2択や3択の問題は出ないってことだな』

 

川越の左隣にいた彼らのつぶやきが、それを聞いた時自分自身が抱いた思いと共に蘇ってきた。

その冷静さと、出だしの不味さを微塵にも感じさせない勢いは、自分達がまだ身に付けきれていないものだろう。

 

「問題。今年施行された介護保険制度で、第一被保険者は何歳以上?」

 

「かっちゃんわかる?」
「ゴメン、わからん!くそっ、ホームプロジェクトで介護保険のこと調べとったのに忘れてまった・・・」

 

ホームプロジェクトとは、平たく言えば家庭科の夏休み課題である。押金と古賀はエプロン作りを、そして清水は介護保険のレポートを選択。この旅から帰ったらすぐの8月20日、全統模試の日に提出の課題で、旅立ち前、3人共に必死になって終わらせていたのであった。

 

・・・ブー!

 

「時間切れです。正解は65歳以上でした」

 

「あ・・・。くっそーっ!そうやった。あれだけやったのに・・・」

 

自分の担当であろう問題だけに悔しさは強く、すべての知識を確実にしておくことの大切さをあらためて思い知らされた。

 

 

「問題。元素記号、硫黄・窒素・酸素・タングステンを並べて出来る英単語は何?」

・・・水兵リーベ、僕の船(記録班注:元素記号語呂合わせ法。詳しい説明は、長くなるので割愛)・・・。

3人共に、昨年取っていた化学ではそれなりの成績をマークしていたのだが、文系寄りの2号と3号のそれに関する記憶はかなり錆付いていた。即座に出たのは、タングステンがWだということだけである。

 

パン!「川越高校」

 

押したのは、理系担当の1号であった。硫黄・S、窒素・N、酸素・O、タングステン・W・・・「SNOW」

 

ティロリロン!

「よっしゃ!」
「さすが理系」
「任せて。酸素が聞き取れやんかったけど、他の人に答えられたくなかったで押したった」
「タングステンがW、だけは出たんやけどねえ」
「ここは理系担当としてカットされて欲しくないわ。久々に会心の一撃やったでな」

 

「問題。豆腐を作るときに必要なにがり、これは何の副産物?」

 

パン!「川越高校」

 

古賀は、だいぶ前に、TVで昔ながらの豆腐作りの番組を見たことがあった。

そのとき職人さんが天然のにがりを使っていたのを思い出しながら、彼は答えた。

「海水」・・・2種類音があるはずのブザー、そのどちらも鳴らないまま1、2秒が過ぎた。一体どうしたというのか?

 

「・・・正確に言って下さい」と、羽鳥アナは告げた。

 

聞こえなかったのか?

いや、そんなはずはない。全く予想していなかった状況を、古賀は処理し切れなかった。

海水ではダメ・・・。

塩?

いや、塩は単純に塩だ。混じりけがなければ、副産物なんて出てこない。

だからあの職人さんは海水からにがりを作ってたんじゃないか・・・。しかし、何かを言うべきだった。

・・・とりあえず、[塩]、と。ようやくその結論に達した古賀の言葉が、腹で力を得、喉に達し、空気を震わせて声になろうとしたとき・・・、・・・ブー!

 

「時間切れです。海水では少し不十分でした。正解は塩、塩化ナトリウム、NaClのいずれかです。それではペナルティです」

言葉にならなかった。2度のペナルティをパスし、折角清水の心拍数も戻って勢いもつき始めて、これからというときに、やってしまった・・・。

古賀は、穴に手を入れ、札を引いた。[50]だったのは、彼にとってまだ救いだった。ここでもし[150]だったら、自分の力から、運から、とにかく全てを呪うしかなかった。

「何か言っておけばよかったなあ」
「そうやなあ、もったいないことしたわ。」
「次にああいうことがあったら、自信なくてもいいで何か答えとこな」
「うん、そうしよ」

 

階段を下りながら、ちょっとした反省会。

クイズも終盤に入り、いつもの調子を取り戻し始めていた。しかし、清水には不安があった。…このまま心拍数が下がらずに終わってうちが敗退、みたいなことになったらどうしよう。

洒落にならんでこれは・・・。よし、絶対に下げてやる!
・・・これだけミスっていても、ランプが点灯するのだけは3人の中で1番なんだよな。

1人だけ早くても、2人、特にかっちゃんへのプレッシャーにしかならないのに・・・。光射す、外の谷川を望みながら古賀は思った。

 

「やはり、川越は1人残ってしまいますねえ」相も変わらず、羽鳥アナは清水にプレッシャーをかけてくる。押金は、手に持ったクイ研団扇で清水を扇ぎ始めた。階段の往復で、体にはだいぶ熱がこもっている。

 

時折背後から涼しい風が吹いてくるのは、なかなか気持ちいいものである。清水は再び窓の外を見ながら、今までの出来事を思い返していた。鯨波で別れを告げることもできず去っていった、中部の戦友、磐田南と岐阜北。

 

また全国大会出場を支えてくれた人達、特にクイ研のみんな。そう、みんなの支えと応援があるから僕らはここにいられるんだ。

中部大会、あのYES/NOのとき、理事長らが自ら不正解側に行ってくれたから、僕らはここにいられる・・・。「よしっ」清水は誓った。このままでは終わらない、終わらせてはいけない・・・。

 

「問題。妊婦さんが着る服のことを、英語で何ドレスと言う?」

 

パン!「神奈川工業」

・・・マタニティドレス。

考えるだけでやり切れなくなってくるが、それでも、例え無言でも答えずにはいられなかった。

「マタニティ」

ティロリロン!

最初のアドバンテージを生かしたいであろう神奈川工業と、出だしの不味さを実力でカバーしリードを奪った東大寺学園。トップ争いはこの2チームのものだということに、クイ中達が疑いを挟む余地はなかった。

「おっ、ついた」

見ると清水の前のランプが静かに点灯していた。最初の462段。続いて3回のペナルティ。すべてにおいて下がるのがダントツに遅かった清水にとって、このランプがついた瞬間というのは、やはりかなりの感動をもたらす。「もうあと少しや。集中してこな」
「おうっ」残りわずかとなったであろうここでの時間に、3人はすべてを賭けるしかなかった。

 

「問題。作業手順を、絵や記号などを用いて模式的に表したものを何と言う?」

 

全くわからなかった。清水にはそんな過去問をやった記憶がなくはなかったが、全くの不鮮明であった。

・・・パン!「神奈川工業」
「フローチャート」

ティロリロン!

「・・・あっ!そうやった。やっぱ過去問でやったわ。はー、やっぱカタカナはあかんなぁ」

 

彼が唯一自信を持っているカタカナは、ジャン・ベルナール・リヨン・フーコー(記録班注:地球の自転を発見した学者、フーコーのフルネーム)である。彼曰く、「逆に長い方が憶えやすくない?」

 

「問題。小林一茶の俳句、『楽しさも 中くらいなり おらが…』さて、この後に入る言葉は何?」

 

どのチームもボタンを押さなかった。古賀の中ではマイナーな句である。小林一茶と言えば、『雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る』や『やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり』の2句辺りが知識の限界である。

しかし、心当たりもなくはなかった。『春』という言葉が、妙に頭についたのである。何処かで聞いたことがあったのかもしれない。『おらが春』、俳句としてもしっくりきている。だが、もう危ない橋は渡れなかった。この問題、どのチームもわからないようである。無理をすることは…、

 

パン!「東大寺学園」・・・!

 

「春」ティロリロン!

 

「・・・マジすか?押しときゃよかった・・・」

 

「問題。左を向いている椅子を、右に2回転半、左に3回転半すると、椅子はどの方向を向いている?」

 

こんな状況のとき、ある意味で一番難しいのはこのテの問題である。焦りで、いつもなら簡単なはずのイメージがすぐに出てこない。必死でイメージしようとする古賀。そんな古賀を、清水は手を差し出して遮った。

 

「・・・やめとこ。こういう問題は、手を出すと引っかかりやすいから」
「・・・そやね」パン!

 

「加治木高校」
「左」

ティロリロン!

 

どこからともなく音がしたと思ったら、加治木高校があっさりと正解をさらっていった。

「気にしやんどこ」
「おう」確かに、手を出すと容易に罠にかけられてしまう問題である。

 

背中に感じる風が、涼しい、と言うよりも寒い、と言った方が適切なレベルになってきた。先程まで団扇で扇いでいたのが嘘の様である。たまらずポカリのタオルを肩に掛けようと、古賀がそれが置いてある背後を見たとき、深い底から白い霧が昇ってきていた。見るからに、冷たい。

 

「ねえ、この、下りホームから、冷たい空気が白い霧と共に上がってきました」

雰囲気からして夏仕様の服装をした川越にとって、決して洒落にはならない。古賀は、その風を受けながら今までの旅を考えていた。鯨波での[夏の大三角形]問題、ここでの2つの誤答、その他諸々、冷たい風に吹かれていると、本当に自分が情けなくなり、もうワンパンチ喰らったら確実に泣いてしまいそうなところまでいってしまった。ここで終わりなのだろうか?今までで一番悲観的になった。どうしても、抜けられる気がしない・・・。

ふと、使う必要がなくなって手元に置いていた団扇を見た。中部大会を一緒に戦った仲間、クイ研で共に頑張ってきた仲間達の言葉があった。・・・ここで俺がヘコんだままで終われば、泥が塗られるのは自分の顔だけじゃない。

ここまでの失敗が取り返せるのなら、今に賭けなくてはならない。

もし取り返せないのなら、あと1つ2つ上塗りしても大した違いじゃないだろう。やるしかない・・・。

 

「問題。お妃のために、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが建てたインドの世界遺産は?」

 

パン!

『お妃のために』、『ムガール帝国』、この2点が出た時点で古賀は押そうとした。

が、危ない橋は渡れない。それでも、『インドの世界遺産』で、正解を確信した。

 

「川越高校」
「タージ・マハール」古賀の唯一の心配は、タージ・”マハール”か、”マハル”かという発音の問題だった。ティロリロン!「よっしゃ」
「よし」
「ナイス」静かに拳を突き合わす3人。正解したことを喜んでいられるだけの状況ではない。「それでは、これが最後の問題です」

 

 

羽鳥アナは30分だと言ったが、それにしては、長すぎる30分であった。霧によって幕を開けた戦いは、その冷たさを漂わせながら、冷酷に迫る時間によって最後の問題を迎える。

時間も鼓動も止まることなく。

2011年1月14日 § コメントする

「よかったねえ。さっきここ昇りながら、『もっかい全部昇れって言われたらどうしよう』とか思ってたからねえ」
「ほんまほんま。それにしてもここ、声響くねえ」
「ほんとやねえ。何か歌いたいねえ」
「SPEEDとか?」
「理事長らみたいに?・・・あかん、こないだ理事長らが歌ってた曲の歌詞忘れたわ」
「やっぱ[さよなら]ですか?」
「やっぱそれになるんですかねえ。縁起悪いなあ」
「ええやんええやん、ええ曲なんやで」

『問題。数を数えるときには折り、欲しくても手が出ないときにはくわえる体の一部分は?』

 

パン!

『加治木高校』

 

『指』

 

ティロリロン!

 

 

『さあ、加治木高校1ポイント目です。東大寺はまだ消えませんね』

「東大寺、まだ下がらんのやね」
「だいぶ走ってたでなあ」

 

この出だしの遅れはどう響いてくるのだろうか?

 

「お?もう150やん」

 

胸から伸びたコードをクルクルと回しながら古賀がつぶやいた。彼と清水は踊り場を踏むと、即座に踵を返した。押金はすぐに戻っていいものか決めあぐね、「戻っていいんですか?」とスタッフに尋ねたが、「いいよ」と言われたので2人に追いつく。

 

「・・・今カメラ独占だよね?」
「ペナルティ1番だし、ここはカットしにくいやろね」

 

まだこんなことを話す余裕もあった。

 

『問題。小麦粉を水でこね、発酵させて、薄く伸ばします。壺型のカマドの内側に貼り付けて焼けば…』

「チャパティ、かね?」

 

解答台のかなり後方にて、古賀の解答。但し、目の前にあるのはボタンではなく、階段のみである。

 

・・・パン!

 

『山梨英和』

 

『チャパティ』

 

「あ、正解やね」

 

ブー!

 

『残念、正解はナンです』

 

『あ、ナンだ!』

 

「・・・あ、どっちか迷ったんやけどねえ。あれってさ、どう違うの?」

 

『それでは山梨英和、くじを引いてください。・・・50段ですね。それでは行ってきて下さい』

 

「・・・ええなあ、うちらの3分の1やん」

「結構ラッキーっちゃう?」
「ほんまやなあ」

 

クイ中3人は、山梨英和のペナルティ段数である50の看板を通過。上からは、その看板を目指す3人が降りてきた。

 

「頑張れー」
「50なんてすぐやで」
「そうそう」

 

彼女達にそう声をかけ、川越はようやく解答台フロアに到着しようとしていた。

 

「我々は帰ってきた」

 

と言った直後に、昨日の金大附属のマネになっていることに気付いて独りで失笑した古賀。その彼が、階段にあった石らしきものを見つけた。こんなところに転がっているには、少し大きい。目を凝らしてよく見てみる。

 

「うわっ、なんやこのでかいカエルは」

 

「うわっ、ほんまや。何でこんなとこにおんねん」

 

そして、ついに150段を往復した3人は、それぞれのプラグを機械につないだ。古賀、120。押金、130。そして、清水は140

 

「問題。オスマン帝国となってからイスタンブールとなった、この都市のある国はどこ?」

パン!

 

「東大寺学園」
「トルコ」

すぐ横には東大寺。プレッシャーは大きい。

 

「問題。平均気温の基準は過去何年間の気温?」

パン!「神奈川工業」

「30年」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業が独走しています。でも皆さん、焦ると心拍数が上がりますよ」

 

「問題。何の種類か、わかったところで答えなさい。カッペリ、ダンジェロ…」

 

パン!

「東大寺学園」
「マカロニ」

ブー!

「残念。正解はパスタでした。東大寺、ペナルティです。川越は、まだ解答権がありません」

「よし!」
「ヨッシャ!」

 

・・・長かった。ようやく戻った心拍数。今度こそ正解させる、という気合がクイ中達-特に清水-にみなぎっていた。

 

「問題。俗に三国一の花嫁と言われるときの三国とは中国、日本、天竺のことですが、この天竺とは現在の…」

パン!「川越高校」

 

かなりフリの長い問題、というのが古賀の印象だった。彼は、押すべきかどうか、だいぶ迷っていた。先程の[東照宮→茨城県]は自分でも信じられない位の-しかし、一番自分らしいとは思える-ミスであった。

時間はまだあるだろう。だがこれ以上2人に苦労と足労をかけるわけにはいかなかった。自分のすぐ上に置かれた手に、強く力が込められたのは、そんなときだった。
・・・ノーマルな問題のときは早とちりしちゃいけないんだよな。問題文が読まれている間、清水は頭の中で今回のクイズの傾向を思い返していた。

 

 

簡単な問題ほど一つひねりが加えられる、それが清水なりに分析した結果である。

 

…ひねりの部分は、もう読まれた。ここしかない。日野春以来、約40時間ぶりに彼は早押しボタンを押した。

 

「インド」

ティロリロン!

「よし!」
「ナイスかっちゃん!」

 

やっとつかんだ1ポイント。まずい雰囲気を引きずることなくここで正解できたのは、精神的に大きな安心をもたらした。今日初めてのタッチを、3人は交わした。

 

「問題。今年、作家の町田康が芥川賞を受賞した作品は?」

パン!「加治木高校」
「きれぎれ」

 

ティロリロン!

 

「・・・しまった。逆なら、中部の朝に新聞で調べてたのに・・・」

 

 

今年の問題で必ず触れられるだろうと、古賀は朝の時間ギリギリまで新聞を読んでいた。結局中部大会では発揮されることなく、そのまま虫に食われていた記憶が、こんなところで蘇る。

 

「問題。JISマークのJIS、略さずに、日本語で言うとなんと言う?」

 

パン!「川越高校」

 

清水には全くわからなかった。押したのは古賀だということはわかっていたが、かなり心配なのは事実であった。
一方、古賀にとっては久方振りの得意ジャンル問題であった。いささか問題の転じ方が多少強引に感じられ、それが不安ではあったが、大丈夫だろう。

 

Japanese Industrial Standard・・・「日本工業規格」

 

ティロリロン!

 

「ィヨッシャッ!」
「ナイス」

 

「問題。英語では『メイフライ』、儚い命の代名詞として用いられる、この昆虫は何?」

パン!「神奈川工業」

 

押したタイミングは、[儚い命]。古賀は躊躇から後の文章を待ってしまい、コンマ数秒差で押し負けてしまった。

 

「カゲロウ」

ティロリロン!

・・・トンボはドラゴン、

ホタルはファイア、

そしてカゲロウはメイ・・・。

 

危ない橋は渡れないとはいえ、悔やまれる躊躇である。

 

「問題。[バイオハザード3]で、路面電車を動かすのに必要な道具は、電気コード、混合オイルと、もう1つは何?」

・・・今、今何故[バイオ3]

一体いつ出たゲームだと思ってるんだ?

押金と古賀は、そう胸の中で毒づいた。2人とも、[2]ならばやった経験がある。・・・どのチームも、押す気配を見せない。

・・・ブー!「わからなかったんでしょうか?正解はヒューズです」

 

・・・帰ったら、[3]をやろう。そう心に決めた押金であった。


「日本の祝日で、漢字だけで表されるのは、天皇誕生日、憲法記念日と何?」

パン!「川越高校」

 

押したのは清水だった。その瞬間、クイ中達は正解を確信した。

1号の得意ジャンルが記念日であることは、自他共に認められている。一年最初から1つ1つ確かめてもいいが、早押しでそんなことはやってられない、と清水はその計画を頭の中で却下。

それに最近こんな感じの問題をやった覚えもある。ということで答えは、「建国記念日」・・・それしかないでしょ。次に来るはずのブザーの音が、3人の脳裏には既に流れていた。

・・・ブー!

思わず清水は舌を出し、押金もそれにつられた。・・・なんで違う?

 

おかしいところなんてどこにも・・・

 

「・・・!あ、そうや!建国記念”の”日やった!」

 

古賀がそう気付いたのは、「正解は元日です」と羽鳥アナが言う少し前だった。

 

「川越高校、ペナルティです」

 

今度は50段。救いがあるとすれば、前のペナルティの3分の1だということくらいだった。
・・・よりによって自分が不正解してしまうなんて。清水は階段を歩きながら、何度もこの言葉を思いの中で繰り返していた。…自分が1番心拍数下がるの遅くて、1番迷惑かけてるのに、その自分が間違えてしまうなんて、ごめんな、おっしー、古賀ちゃん。しかし謝っていてもしょうがない。

また必死になって、というか落ち着いて心拍数を下げるしかない。そのことは2人にも十分わかっていた。

 

「グリコでもやってこか?」
「よし、ジャンケンポン」
「チ・ョ・コ・レ・ー・ト…やっぱ辛いでやめにしません?」
「…そやね」

さっきのカエルはどこかに行ってしまったようだ。

…あいつはのんきでいいな。お前にもこの緊張感を分けてやりたいよ。

そう、どこにいるとも知れないカエルに語りかけながら、3人は再び解答台のところへ戻ってきた。

古賀、120。押金、130。清水、140。

 

「問題。仕事をサボる、のように使われる言葉[サボる]。もともとは、フランス語のどんな言葉を略した言葉?」

「・・・サボタージュ」

 

クイ中達は、誰ともなくつぶやいた。その声を、ボタンを押した上で言えないのが、彼らにはとてもやり切れなかった。

 

パン!「山梨英和」
「サボタージュ」

ティロリロン!

 

問題があり、答えがわかり、ボタンが目の前にある。しかし、それを押すことは出来ない。答えることに情熱を注ぎ続けてきた3人にとって、これほどもどかしいことはなかった。

 

 

時間と鼓動、日頃止まることのない、また、止まってはならないものだと理解はしている。だが今、その事実ほど、素直に受け止め難いものはない。

そして、新潟の夜も更けて。

2011年1月10日 § コメントする

「何か飲み物があればありがたいんですけどねえ」

厚かましくもそんなお願いをするクイ中3号。5チームが通されたのは、公民館2階の座敷。それぞれのチームが座り込むが、その間には微妙な隙間がある。ここは他のチームと親睦を深めるべきだろうか?いやしかし、みんな疲れてるだろうし、無神経なやつらだと思われるのも嫌だし・・・。そんな思いもあり、クイ中達は今一歩他チームとの会話に踏み出すことが出来ない。

「あれって、さっき使ってたやつの残りかね?」

 

「ん?そうっちゃう?」

見ると、おむすびが山となって、3枚の大皿に。ただし、どれがどれだかわからない。

 

「食べ比べればわかるかねえ?」

 

「無理。あんなもん、1回しか当たらんて」

 

そこに、矢野さんがペットボトル2本とコップを持ってきた。

「とりあえず、飲もか」

 

「あ、俺[なっちゃん]のリンゴがいい」

「はいはい。・・・コップ足らんね」

 

部屋にいるのは15人、コップの数はたぶん10に満たない。

「あ、僕らいらない」

と、言うチームもいたが、やっぱり足らない。

「うちら3人で1つ使うから、そっちで3つ使って」

と、クイ中達は山梨英和にコップを譲った。

「そう言やさ、これって当たってるのかな?」

 

「え?古賀ちゃん、それ当たり?」

古賀のつぶやきに反応した2人、その2人の声に反応した左隣の神奈川工業。

「・・・いや、『当たってるのかな?』って言っただけで、当たってるとは・・・」

「古賀ちゃーん、紛らわしいこと言わんといてー!」

「俺かー?やっぱり俺が悪いのか?」

 

「今のは古賀ちゃんが悪いやろー」

 

いつもの流れである。

「結構くさいよね」

とは、清水が聞き逃さなかった、東大寺学園のつぶやきである。彼らは、この旅の間ずっと同じ服のため、かなりきているらしい。だが、この部屋の中で着たきりでないのは、神奈川工業くらいであろう。

山梨英和も憶えている限りずっとあの[WeLove朗]のピンクシャツであったし、加治木高校もあのサウナスーツは暑くないのだろうか、少し心配である。

無論、川越クイ中もずっと同じ服装-アロハシャツもジーパンもパンツも-である。

 

山梨英和の1人が、背中の障子の向こうが気になったらしく、それを開けた。

 

「あ!なにかいる!」

ん?ゴキブリか?クイ中達がそう思っていると、

「あ、蝉だ」

とのこと。一昨日の、押金の予測どおり、彼女達はいいキャラクターを持っている。その押金も背中の襖の奥の部屋が気になったらしく、開けてみる。

「お?なんや、こっちの方が涼しいやん!」

「あ、ほんまやねえ」

 

「ん?なんかあるで」

 

見ると、床の間には武者人形が飾られていた。

 

「これは鑑定するといくらになるんでしょうかねえ?」

 

「50万くらいっちゃう?」

「マジっすか?」

 

あまり騒ぐのもよくないと思い、これくらいにしてもとの場所に戻る。

 

「ところでさ、なんでこんなところにトマトケチャップが置いてあるの?」

 

「なんでやろ?酒のつまみっちゃう?」

「えらいつまみやねえ。・・・ちょっとトイレ行ってくるわ」

「またトイレか、古賀ちゃん」

「これで今日は40回目やな?」

「記録更新おめでとう!」

「誰がそんなに行くかい!」

 

と、古賀は座敷を出た。恐らくこれはただの移動待ちではなくて、昨日と同じ、一種の[監禁]だろう。

と、古賀は思った。階下の会場を見る窓は全て曇りガラスか障子で-意図的であるにせよないにせよ-塞いである。たぶん、敗者復活クイズだろう。

「それ、もらっていいのかな?」

アルバイトスタッフの矢野さんが、高校生達に尋ねた。

 

「いいんじゃないすか?でもどれがどれだかわからんですよ」

 

「うまいこと当ててよ」

 

「もう2回目は無理だと思いますよ。・・・なんとなくこれかな?」

「ありがと。・・・」

「どうですか?」

「・・・あんまりおいしくない」

「あ、すいません。それならたぶんハズレのやつですわ」

「ところでさ、お世話になったうちからここに来るときに渡されたライトって返してくれた?」

 

矢野さん曰く、まだ見つからないらしい。現在何時か、時計を見るのも面倒くさいが、結構経っているのは確かであった。

「この扇風機、使えないのかなあ?」

と、神奈川工業の1人が部屋の真ん中に持ってきて、スイッチを入れた。

「あれ?これ動かない・・・」

「どうしたんすか?」

「スイッチが入らないの」

 

「ちょっといいですか?」

 

と、スイッチをひねるクイ中。だが、ひねれども回せども羽は回らずである。

 

「それじゃ高校生、出発しますよー」

と呼ばれたので、扇風機はそのままであった

 

「お!電波が立った!」

「え、ほんま?あ、留守電入っとる」

 

先の遠藤さんの言葉通り、原地区に泊まらない高校生達はその夜の宿舎に向かっていた。

「近くにコンビニあるかなあ?」

「なんで?」

「パンツと靴下買おうかなあって思って。特に靴下」

 

「ああ、2人は綱引きのときに脱がなかったもんね」

「ちょっと聞いてみよ。・・・すいません」

「何?」

「泊まるところの近くにコンビニってありますか?」

「うーん、たぶんないなあ。ありましたっけ?」

「ないね」

 

天満さんにも土居さんにもそう言われてはどうしようもない。勝ち抜け、脱落合わせて全10チームを乗せたバス-行きと同じようなバス-は、広い道からだんだんと細い道に入っていった。

なるほど、コンビニはなさそうである。そして、左手に見えてきたのは小出という駅であった。昨日に引き続いてか?嫌な予感はしたが、今夜は車中泊ということではなさそうである。駅前の[川善旅館]という旅館に到着した。時刻は11時を回っていた。

「なんかまともに風呂に入るのも久しぶりやなあ」

と、服を脱ぐクイ中3人。押金と清水は、ついでに靴下も洗うつもりらしい。

「うわ、ポケットにめっちゃ砂入っとる!」

「砂浜で結構倒れこんだでねえ」

「よっしゃ、一番乗りや」

と、扉を開ける。

 

「でも狭いねえ」

 

「こんなもんでしょ」

 

途中、矢野さんや、他のチームの面々も入ってくる。

「なんか、スタッフの人と風呂に入るのって面白いですねえ」

そういえば、今までまともに他チームやスタッフの人々と風呂に入ったことはなかった。押金と清水は出ても、相変わらず古賀は遅風呂である。久しぶりに、まともに湯船に浸かる古賀。左足の傷に、熱い湯がしみた。

「すいませ-ん、トイレってどこですかあ?」

風呂から出て、洗面所で靴下を絞っていた清水は、ふとトイレに行きたくなって、近くにいた加治木高校のメンバーに尋ねた。

「すぐそこですよ」

その言葉に後ろを向いて突き当たりまで行こうとした清水に、彼は再び言葉をかけた。

「・・・すぐそこですよ」

「え?」

「いや、後ろ・・・」

 

清水はその言葉に従って辺りを見回した。確かに、すぐ横にそれらしき扉がある。

「・・・あ、どうも」

 

「ちょっと、飲み物買いに行っていいですか?」

「あ、いいよ。あんまり遠くに行かないでね」

玄関の土居さんと天満さんに一声かけて、クイ中たちは旅館の外に出た。靴下は諦めたが、飲み物ぐらいは買っておきたい。

「遠いも近いもすぐそこなんやけどね」

「それな」

新潟の夜は、8月といえどもだいぶ涼しかった。それぞれ目的を果たし、3人は自室に戻った。

「明日何時起き?」

「6時半には出発らしいよ」

「んじゃ6時前、5時45分くらいか」

「ん?理事長からメール来てるわ。[どーよ?]だって。どーよ?」

「そやなあ、[爆勝コシヒカリ!]とでも入れといて。爆発の爆に勝利の勝やで」

「あ、笑うじゃないのね。了解」

と、古賀は押金の言葉に従って[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]と打ち込んだ。

「理事長、なんのこっちゃ?って感じやろね」

「それでわかったら凄いよ」

「まあ、残ってるってのはわかるでしょ。あ、プロ野球ニュースやってる?巨人どうなった?お!勝っとるやん!」

「なんや、負けりゃええのに。それにしてもTVもなんか久しぶりやわ」

「ズームインも見れやんもんね」

「明日もたぶん見れやんね」

「そやなあ。てか、靴下乾くかなあ?」

「どうでしょ?エアコンつけてりゃ乾燥するで乾くんちゃう?」

「だとええんやけどなあ。乾かんかったら乾かんかったやな」

清水は立ち上がって、再びアロハシャツの横に干してある靴下の状態を確かめた。3人とも、さすがにアロハで寝る気にはなれず、もう一着持ってきていたスペアのTシャツに久々に袖を通していた。但し、変わっているのはシャツのみで、ズボンもパンツもスペアはなしである。

「これってさ、目的地は東京じゃない?」

久しぶりに路線図をチェックしたクイ中達は、このままの針路を維持すれば、FIRE号は東京に向かうと判断した。

「佐渡ヶ島はなしかあ」

「ちょっと興味があったんだけどなあ」

「わからんよ。またスイッチバックするかも」

高校生クイズが養うものの第一には、疑う心がある。

「それじゃあ寝ますか」

「ん、おやすみ」

「おやすみー」

川越クイ中、その日の起床は午前5時55分-もしくは45分-、就寝は日付も変わっての午前0時30分であった。

川越高校、朝は早く夜も遅いという、長い長い2日目をようやく通過。無事に、という形容動詞をつけるには、あまりにもハードで、あまりにも大きな別れがあった1日である。ただ、それを越えるくらいの優しさにも助けられた。苦しい戦い、戦友との絆、旅先の恩、つくづく濃い1日が終わった。そして新潟の夜も更けて、3人が今するべきことは、やはり眠ることである。

 

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