迫る霧、迫る時間。

2011年1月14日 § コメントする

「問題。サッカーWカップ、2006年に開催されるのはどこの国?」

パン!

「神奈川工業」
「フランス」

ブー!

「残念。正解はドイツです」
「・・・へえ。そうだったんや。2002年までしか興味なかったなあ」

「問題。読売ジャイアンツのMKT砲、3人の背番号を足すといくつ?」

「・・・全くわからん。興味ないでなあ、巨人には。おっしーは?」
「俺もわからん」

2人とも、アンチ巨人である。

「・・・ええとね、全部足すとね、84やわ」
「・・・よくわかったね、かっちゃん」
「任せて。松井が55、清原が5、高橋が24やでね。あーもう、なんで押せへんのや?」

 

・・・ブー!

 

清水は窓の外を見た。川の水が、静かに流れている。とにかく、落ち着かねばならなかった。古賀のランプが点灯し-相変わらず、心拍数を一番早く下げるのは彼であった-、押金のランプも続いた。

「さあ、川越は解答権を得るまであと1人です」

 

そんなこと、自分が一番よくわかってる・・・。

 

・・・ティロリロン!

「さあ、出だしの悪かった東大寺学園が俄然勢いづいています」

 

単に勢いづくという表現では役不足なのは、隣にいたクイ中達が一番よく知っていた。その勢いは、パスタの問題でのミスをクイ中達の頭から完全に消し去るに充分なものであった。しかし、そんな彼らを尻目に、解答権を得ることすらかなわないクイ中達3人。なんとも不甲斐ないものである。押金が清水に声をかける。

 

「かっちゃん、腹式呼吸をするとええぞ」
「おう、そうか」

 

藁にもすがるような思いの清水は、さっそく試してみる。

 

「なんかええかんじやわ」

 

清水は下を向き、静かに呼吸を繰り返す。そしてしばらくして・・・

 

「かっちゃん、消えたで」

 

押金の声に、清水が顔を上げると、確かに数字が消えていた。この瞬間は、大きな感動をもたらしてくれる。何か音くらい流して然るべきだろうに。清水は深呼吸をして、気合を入れなおした。

 

 

「問題。三角形で、1つの角が90゚より大きい三角形のことを特に何と言う?」

パン!「川越高校」一瞬、鋭角三角形しか頭に浮かばなかったが、すぐに正解が現れてきた。「鈍角三角形」ティロリロン!「ナイス!」
「さすが!」
「数学担当ですから」

押したのは清水だった。・・・こっちは答えたくても押せなくて、クイ中の禁断症状が出そうなんだ。

 

「問題。歴代総理で、名字が一文字なのは、原敬、桂太郎、岸信介、そしてあと1人は誰?」

 

[桂太郎]の時点で、清水は[岸信介]が問われることを予想していた。そのような過去問を、彼は解いた経験があった。その[岸信介]が問題中に読み上げれた瞬間、彼は記憶を再検索する必要に迫られた。

 

パン!

「東大寺学園」
「森喜朗」ティロリロン!

 

・・・しまった、そこを突いてきたか。

 

高校生クイズらしい問題だなと思いつつ、清水は隣の東大寺学園チームを見た。彼の脳裏に浮かんだのは、もう2日前の出来事になってしまった、日野春での46チーム早押しクイズであった。

 

『トリプルってことは、2択や3択の問題は出ないってことだな』

 

川越の左隣にいた彼らのつぶやきが、それを聞いた時自分自身が抱いた思いと共に蘇ってきた。

その冷静さと、出だしの不味さを微塵にも感じさせない勢いは、自分達がまだ身に付けきれていないものだろう。

 

「問題。今年施行された介護保険制度で、第一被保険者は何歳以上?」

 

「かっちゃんわかる?」
「ゴメン、わからん!くそっ、ホームプロジェクトで介護保険のこと調べとったのに忘れてまった・・・」

 

ホームプロジェクトとは、平たく言えば家庭科の夏休み課題である。押金と古賀はエプロン作りを、そして清水は介護保険のレポートを選択。この旅から帰ったらすぐの8月20日、全統模試の日に提出の課題で、旅立ち前、3人共に必死になって終わらせていたのであった。

 

・・・ブー!

 

「時間切れです。正解は65歳以上でした」

 

「あ・・・。くっそーっ!そうやった。あれだけやったのに・・・」

 

自分の担当であろう問題だけに悔しさは強く、すべての知識を確実にしておくことの大切さをあらためて思い知らされた。

 

 

「問題。元素記号、硫黄・窒素・酸素・タングステンを並べて出来る英単語は何?」

・・・水兵リーベ、僕の船(記録班注:元素記号語呂合わせ法。詳しい説明は、長くなるので割愛)・・・。

3人共に、昨年取っていた化学ではそれなりの成績をマークしていたのだが、文系寄りの2号と3号のそれに関する記憶はかなり錆付いていた。即座に出たのは、タングステンがWだということだけである。

 

パン!「川越高校」

 

押したのは、理系担当の1号であった。硫黄・S、窒素・N、酸素・O、タングステン・W・・・「SNOW」

 

ティロリロン!

「よっしゃ!」
「さすが理系」
「任せて。酸素が聞き取れやんかったけど、他の人に答えられたくなかったで押したった」
「タングステンがW、だけは出たんやけどねえ」
「ここは理系担当としてカットされて欲しくないわ。久々に会心の一撃やったでな」

 

「問題。豆腐を作るときに必要なにがり、これは何の副産物?」

 

パン!「川越高校」

 

古賀は、だいぶ前に、TVで昔ながらの豆腐作りの番組を見たことがあった。

そのとき職人さんが天然のにがりを使っていたのを思い出しながら、彼は答えた。

「海水」・・・2種類音があるはずのブザー、そのどちらも鳴らないまま1、2秒が過ぎた。一体どうしたというのか?

 

「・・・正確に言って下さい」と、羽鳥アナは告げた。

 

聞こえなかったのか?

いや、そんなはずはない。全く予想していなかった状況を、古賀は処理し切れなかった。

海水ではダメ・・・。

塩?

いや、塩は単純に塩だ。混じりけがなければ、副産物なんて出てこない。

だからあの職人さんは海水からにがりを作ってたんじゃないか・・・。しかし、何かを言うべきだった。

・・・とりあえず、[塩]、と。ようやくその結論に達した古賀の言葉が、腹で力を得、喉に達し、空気を震わせて声になろうとしたとき・・・、・・・ブー!

 

「時間切れです。海水では少し不十分でした。正解は塩、塩化ナトリウム、NaClのいずれかです。それではペナルティです」

言葉にならなかった。2度のペナルティをパスし、折角清水の心拍数も戻って勢いもつき始めて、これからというときに、やってしまった・・・。

古賀は、穴に手を入れ、札を引いた。[50]だったのは、彼にとってまだ救いだった。ここでもし[150]だったら、自分の力から、運から、とにかく全てを呪うしかなかった。

「何か言っておけばよかったなあ」
「そうやなあ、もったいないことしたわ。」
「次にああいうことがあったら、自信なくてもいいで何か答えとこな」
「うん、そうしよ」

 

階段を下りながら、ちょっとした反省会。

クイズも終盤に入り、いつもの調子を取り戻し始めていた。しかし、清水には不安があった。…このまま心拍数が下がらずに終わってうちが敗退、みたいなことになったらどうしよう。

洒落にならんでこれは・・・。よし、絶対に下げてやる!
・・・これだけミスっていても、ランプが点灯するのだけは3人の中で1番なんだよな。

1人だけ早くても、2人、特にかっちゃんへのプレッシャーにしかならないのに・・・。光射す、外の谷川を望みながら古賀は思った。

 

「やはり、川越は1人残ってしまいますねえ」相も変わらず、羽鳥アナは清水にプレッシャーをかけてくる。押金は、手に持ったクイ研団扇で清水を扇ぎ始めた。階段の往復で、体にはだいぶ熱がこもっている。

 

時折背後から涼しい風が吹いてくるのは、なかなか気持ちいいものである。清水は再び窓の外を見ながら、今までの出来事を思い返していた。鯨波で別れを告げることもできず去っていった、中部の戦友、磐田南と岐阜北。

 

また全国大会出場を支えてくれた人達、特にクイ研のみんな。そう、みんなの支えと応援があるから僕らはここにいられるんだ。

中部大会、あのYES/NOのとき、理事長らが自ら不正解側に行ってくれたから、僕らはここにいられる・・・。「よしっ」清水は誓った。このままでは終わらない、終わらせてはいけない・・・。

 

「問題。妊婦さんが着る服のことを、英語で何ドレスと言う?」

 

パン!「神奈川工業」

・・・マタニティドレス。

考えるだけでやり切れなくなってくるが、それでも、例え無言でも答えずにはいられなかった。

「マタニティ」

ティロリロン!

最初のアドバンテージを生かしたいであろう神奈川工業と、出だしの不味さを実力でカバーしリードを奪った東大寺学園。トップ争いはこの2チームのものだということに、クイ中達が疑いを挟む余地はなかった。

「おっ、ついた」

見ると清水の前のランプが静かに点灯していた。最初の462段。続いて3回のペナルティ。すべてにおいて下がるのがダントツに遅かった清水にとって、このランプがついた瞬間というのは、やはりかなりの感動をもたらす。「もうあと少しや。集中してこな」
「おうっ」残りわずかとなったであろうここでの時間に、3人はすべてを賭けるしかなかった。

 

「問題。作業手順を、絵や記号などを用いて模式的に表したものを何と言う?」

 

全くわからなかった。清水にはそんな過去問をやった記憶がなくはなかったが、全くの不鮮明であった。

・・・パン!「神奈川工業」
「フローチャート」

ティロリロン!

「・・・あっ!そうやった。やっぱ過去問でやったわ。はー、やっぱカタカナはあかんなぁ」

 

彼が唯一自信を持っているカタカナは、ジャン・ベルナール・リヨン・フーコー(記録班注:地球の自転を発見した学者、フーコーのフルネーム)である。彼曰く、「逆に長い方が憶えやすくない?」

 

「問題。小林一茶の俳句、『楽しさも 中くらいなり おらが…』さて、この後に入る言葉は何?」

 

どのチームもボタンを押さなかった。古賀の中ではマイナーな句である。小林一茶と言えば、『雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る』や『やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり』の2句辺りが知識の限界である。

しかし、心当たりもなくはなかった。『春』という言葉が、妙に頭についたのである。何処かで聞いたことがあったのかもしれない。『おらが春』、俳句としてもしっくりきている。だが、もう危ない橋は渡れなかった。この問題、どのチームもわからないようである。無理をすることは…、

 

パン!「東大寺学園」・・・!

 

「春」ティロリロン!

 

「・・・マジすか?押しときゃよかった・・・」

 

「問題。左を向いている椅子を、右に2回転半、左に3回転半すると、椅子はどの方向を向いている?」

 

こんな状況のとき、ある意味で一番難しいのはこのテの問題である。焦りで、いつもなら簡単なはずのイメージがすぐに出てこない。必死でイメージしようとする古賀。そんな古賀を、清水は手を差し出して遮った。

 

「・・・やめとこ。こういう問題は、手を出すと引っかかりやすいから」
「・・・そやね」パン!

 

「加治木高校」
「左」

ティロリロン!

 

どこからともなく音がしたと思ったら、加治木高校があっさりと正解をさらっていった。

「気にしやんどこ」
「おう」確かに、手を出すと容易に罠にかけられてしまう問題である。

 

背中に感じる風が、涼しい、と言うよりも寒い、と言った方が適切なレベルになってきた。先程まで団扇で扇いでいたのが嘘の様である。たまらずポカリのタオルを肩に掛けようと、古賀がそれが置いてある背後を見たとき、深い底から白い霧が昇ってきていた。見るからに、冷たい。

 

「ねえ、この、下りホームから、冷たい空気が白い霧と共に上がってきました」

雰囲気からして夏仕様の服装をした川越にとって、決して洒落にはならない。古賀は、その風を受けながら今までの旅を考えていた。鯨波での[夏の大三角形]問題、ここでの2つの誤答、その他諸々、冷たい風に吹かれていると、本当に自分が情けなくなり、もうワンパンチ喰らったら確実に泣いてしまいそうなところまでいってしまった。ここで終わりなのだろうか?今までで一番悲観的になった。どうしても、抜けられる気がしない・・・。

ふと、使う必要がなくなって手元に置いていた団扇を見た。中部大会を一緒に戦った仲間、クイ研で共に頑張ってきた仲間達の言葉があった。・・・ここで俺がヘコんだままで終われば、泥が塗られるのは自分の顔だけじゃない。

ここまでの失敗が取り返せるのなら、今に賭けなくてはならない。

もし取り返せないのなら、あと1つ2つ上塗りしても大した違いじゃないだろう。やるしかない・・・。

 

「問題。お妃のために、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが建てたインドの世界遺産は?」

 

パン!

『お妃のために』、『ムガール帝国』、この2点が出た時点で古賀は押そうとした。

が、危ない橋は渡れない。それでも、『インドの世界遺産』で、正解を確信した。

 

「川越高校」
「タージ・マハール」古賀の唯一の心配は、タージ・”マハール”か、”マハル”かという発音の問題だった。ティロリロン!「よっしゃ」
「よし」
「ナイス」静かに拳を突き合わす3人。正解したことを喜んでいられるだけの状況ではない。「それでは、これが最後の問題です」

 

 

羽鳥アナは30分だと言ったが、それにしては、長すぎる30分であった。霧によって幕を開けた戦いは、その冷たさを漂わせながら、冷酷に迫る時間によって最後の問題を迎える。

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時間も鼓動も止まることなく。

2011年1月14日 § コメントする

「よかったねえ。さっきここ昇りながら、『もっかい全部昇れって言われたらどうしよう』とか思ってたからねえ」
「ほんまほんま。それにしてもここ、声響くねえ」
「ほんとやねえ。何か歌いたいねえ」
「SPEEDとか?」
「理事長らみたいに?・・・あかん、こないだ理事長らが歌ってた曲の歌詞忘れたわ」
「やっぱ[さよなら]ですか?」
「やっぱそれになるんですかねえ。縁起悪いなあ」
「ええやんええやん、ええ曲なんやで」

『問題。数を数えるときには折り、欲しくても手が出ないときにはくわえる体の一部分は?』

 

パン!

『加治木高校』

 

『指』

 

ティロリロン!

 

 

『さあ、加治木高校1ポイント目です。東大寺はまだ消えませんね』

「東大寺、まだ下がらんのやね」
「だいぶ走ってたでなあ」

 

この出だしの遅れはどう響いてくるのだろうか?

 

「お?もう150やん」

 

胸から伸びたコードをクルクルと回しながら古賀がつぶやいた。彼と清水は踊り場を踏むと、即座に踵を返した。押金はすぐに戻っていいものか決めあぐね、「戻っていいんですか?」とスタッフに尋ねたが、「いいよ」と言われたので2人に追いつく。

 

「・・・今カメラ独占だよね?」
「ペナルティ1番だし、ここはカットしにくいやろね」

 

まだこんなことを話す余裕もあった。

 

『問題。小麦粉を水でこね、発酵させて、薄く伸ばします。壺型のカマドの内側に貼り付けて焼けば…』

「チャパティ、かね?」

 

解答台のかなり後方にて、古賀の解答。但し、目の前にあるのはボタンではなく、階段のみである。

 

・・・パン!

 

『山梨英和』

 

『チャパティ』

 

「あ、正解やね」

 

ブー!

 

『残念、正解はナンです』

 

『あ、ナンだ!』

 

「・・・あ、どっちか迷ったんやけどねえ。あれってさ、どう違うの?」

 

『それでは山梨英和、くじを引いてください。・・・50段ですね。それでは行ってきて下さい』

 

「・・・ええなあ、うちらの3分の1やん」

「結構ラッキーっちゃう?」
「ほんまやなあ」

 

クイ中3人は、山梨英和のペナルティ段数である50の看板を通過。上からは、その看板を目指す3人が降りてきた。

 

「頑張れー」
「50なんてすぐやで」
「そうそう」

 

彼女達にそう声をかけ、川越はようやく解答台フロアに到着しようとしていた。

 

「我々は帰ってきた」

 

と言った直後に、昨日の金大附属のマネになっていることに気付いて独りで失笑した古賀。その彼が、階段にあった石らしきものを見つけた。こんなところに転がっているには、少し大きい。目を凝らしてよく見てみる。

 

「うわっ、なんやこのでかいカエルは」

 

「うわっ、ほんまや。何でこんなとこにおんねん」

 

そして、ついに150段を往復した3人は、それぞれのプラグを機械につないだ。古賀、120。押金、130。そして、清水は140

 

「問題。オスマン帝国となってからイスタンブールとなった、この都市のある国はどこ?」

パン!

 

「東大寺学園」
「トルコ」

すぐ横には東大寺。プレッシャーは大きい。

 

「問題。平均気温の基準は過去何年間の気温?」

パン!「神奈川工業」

「30年」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業が独走しています。でも皆さん、焦ると心拍数が上がりますよ」

 

「問題。何の種類か、わかったところで答えなさい。カッペリ、ダンジェロ…」

 

パン!

「東大寺学園」
「マカロニ」

ブー!

「残念。正解はパスタでした。東大寺、ペナルティです。川越は、まだ解答権がありません」

「よし!」
「ヨッシャ!」

 

・・・長かった。ようやく戻った心拍数。今度こそ正解させる、という気合がクイ中達-特に清水-にみなぎっていた。

 

「問題。俗に三国一の花嫁と言われるときの三国とは中国、日本、天竺のことですが、この天竺とは現在の…」

パン!「川越高校」

 

かなりフリの長い問題、というのが古賀の印象だった。彼は、押すべきかどうか、だいぶ迷っていた。先程の[東照宮→茨城県]は自分でも信じられない位の-しかし、一番自分らしいとは思える-ミスであった。

時間はまだあるだろう。だがこれ以上2人に苦労と足労をかけるわけにはいかなかった。自分のすぐ上に置かれた手に、強く力が込められたのは、そんなときだった。
・・・ノーマルな問題のときは早とちりしちゃいけないんだよな。問題文が読まれている間、清水は頭の中で今回のクイズの傾向を思い返していた。

 

 

簡単な問題ほど一つひねりが加えられる、それが清水なりに分析した結果である。

 

…ひねりの部分は、もう読まれた。ここしかない。日野春以来、約40時間ぶりに彼は早押しボタンを押した。

 

「インド」

ティロリロン!

「よし!」
「ナイスかっちゃん!」

 

やっとつかんだ1ポイント。まずい雰囲気を引きずることなくここで正解できたのは、精神的に大きな安心をもたらした。今日初めてのタッチを、3人は交わした。

 

「問題。今年、作家の町田康が芥川賞を受賞した作品は?」

パン!「加治木高校」
「きれぎれ」

 

ティロリロン!

 

「・・・しまった。逆なら、中部の朝に新聞で調べてたのに・・・」

 

 

今年の問題で必ず触れられるだろうと、古賀は朝の時間ギリギリまで新聞を読んでいた。結局中部大会では発揮されることなく、そのまま虫に食われていた記憶が、こんなところで蘇る。

 

「問題。JISマークのJIS、略さずに、日本語で言うとなんと言う?」

 

パン!「川越高校」

 

清水には全くわからなかった。押したのは古賀だということはわかっていたが、かなり心配なのは事実であった。
一方、古賀にとっては久方振りの得意ジャンル問題であった。いささか問題の転じ方が多少強引に感じられ、それが不安ではあったが、大丈夫だろう。

 

Japanese Industrial Standard・・・「日本工業規格」

 

ティロリロン!

 

「ィヨッシャッ!」
「ナイス」

 

「問題。英語では『メイフライ』、儚い命の代名詞として用いられる、この昆虫は何?」

パン!「神奈川工業」

 

押したタイミングは、[儚い命]。古賀は躊躇から後の文章を待ってしまい、コンマ数秒差で押し負けてしまった。

 

「カゲロウ」

ティロリロン!

・・・トンボはドラゴン、

ホタルはファイア、

そしてカゲロウはメイ・・・。

 

危ない橋は渡れないとはいえ、悔やまれる躊躇である。

 

「問題。[バイオハザード3]で、路面電車を動かすのに必要な道具は、電気コード、混合オイルと、もう1つは何?」

・・・今、今何故[バイオ3]

一体いつ出たゲームだと思ってるんだ?

押金と古賀は、そう胸の中で毒づいた。2人とも、[2]ならばやった経験がある。・・・どのチームも、押す気配を見せない。

・・・ブー!「わからなかったんでしょうか?正解はヒューズです」

 

・・・帰ったら、[3]をやろう。そう心に決めた押金であった。


「日本の祝日で、漢字だけで表されるのは、天皇誕生日、憲法記念日と何?」

パン!「川越高校」

 

押したのは清水だった。その瞬間、クイ中達は正解を確信した。

1号の得意ジャンルが記念日であることは、自他共に認められている。一年最初から1つ1つ確かめてもいいが、早押しでそんなことはやってられない、と清水はその計画を頭の中で却下。

それに最近こんな感じの問題をやった覚えもある。ということで答えは、「建国記念日」・・・それしかないでしょ。次に来るはずのブザーの音が、3人の脳裏には既に流れていた。

・・・ブー!

思わず清水は舌を出し、押金もそれにつられた。・・・なんで違う?

 

おかしいところなんてどこにも・・・

 

「・・・!あ、そうや!建国記念”の”日やった!」

 

古賀がそう気付いたのは、「正解は元日です」と羽鳥アナが言う少し前だった。

 

「川越高校、ペナルティです」

 

今度は50段。救いがあるとすれば、前のペナルティの3分の1だということくらいだった。
・・・よりによって自分が不正解してしまうなんて。清水は階段を歩きながら、何度もこの言葉を思いの中で繰り返していた。…自分が1番心拍数下がるの遅くて、1番迷惑かけてるのに、その自分が間違えてしまうなんて、ごめんな、おっしー、古賀ちゃん。しかし謝っていてもしょうがない。

また必死になって、というか落ち着いて心拍数を下げるしかない。そのことは2人にも十分わかっていた。

 

「グリコでもやってこか?」
「よし、ジャンケンポン」
「チ・ョ・コ・レ・ー・ト…やっぱ辛いでやめにしません?」
「…そやね」

さっきのカエルはどこかに行ってしまったようだ。

…あいつはのんきでいいな。お前にもこの緊張感を分けてやりたいよ。

そう、どこにいるとも知れないカエルに語りかけながら、3人は再び解答台のところへ戻ってきた。

古賀、120。押金、130。清水、140。

 

「問題。仕事をサボる、のように使われる言葉[サボる]。もともとは、フランス語のどんな言葉を略した言葉?」

「・・・サボタージュ」

 

クイ中達は、誰ともなくつぶやいた。その声を、ボタンを押した上で言えないのが、彼らにはとてもやり切れなかった。

 

パン!「山梨英和」
「サボタージュ」

ティロリロン!

 

問題があり、答えがわかり、ボタンが目の前にある。しかし、それを押すことは出来ない。答えることに情熱を注ぎ続けてきた3人にとって、これほどもどかしいことはなかった。

 

 

時間と鼓動、日頃止まることのない、また、止まってはならないものだと理解はしている。だが今、その事実ほど、素直に受け止め難いものはない。

ボタンまでの遠い道と長い時間。

2011年1月14日 § コメントする

「さむーい」
「寒いなあ。凄いね、霧がかかってるよ、ホームに」

長い道のりであった。一行が到着したプラットホームは、明かりと言えば古びた蛍光灯ぐらいの、暗い空間であった。8月だというのに、白く冷たい霧が漂っていて、昨日の妙法高原を超えてアロハのクイ中達には辛い環境であった。

「みんな、上を見てごらん」

と羽鳥アナが指す方向を、高校生達は見上げた。光は、遠い。

「これは遠いねえ。戻るには、1回は昇らなきゃいけないねえ」

「え?『1回は』って?」

少しずつ、疑念も渦巻き始めてきた。

「・・・ん?君、湯気立ってない?」

意外な一言に、一同は振り返った。神奈川工業チーム、市村さん。羽鳥アナの言う通り、彼女の肩からは、何かオーラのように、白い湯気が立ち昇っていた。それを見たその場の全員は、大爆笑。

息を吐くと、白い。確かに、それなりの運動をすれば湯気も出てくるような環境である。

「向こうの方は真っ暗だねえ。ちょっと行ってみたら?」

そんな言葉に従い、暗闇の向こう側を向いて歩いてみる。

「なんか滑りそうやなあ」

真っ暗な上に、霧や染み出した水で、何かと滑りやすそうな足元である。本当に、こんなところに電車が停まるのだろうか?

とんでもないところにホームなんか建設したものである。

何も知らない乗客がここに降りたらどう思うのだろう?

そんなことを考えながら、ホームの端までやってきた。

小さな階段があり、点検用の通路に出られるような造りになっていた。

「映画にでも出てきそうな場所やね」
「ほんまやなあ。それじゃ戻ろうか」

スタッフがいる、階段下を振り返って歩き出した。そんなとき、ふと古賀が思ったこと。

ここには時刻表すら見当たらない。不意にトイレに行きたくなったとき、まずは462段-と、改札口までの道のり-をクリアしなきゃならんよな・・・。

「いやあ、みんな来ましたね。それでは、ここでクイズを行います」

 

・・・やっぱり、である。

 

「詳しいことは後で説明しますが、とりあえず、上の解答ボタンを目指してこの階段をもう一度昇ってもらいます」

 

・・・再びやっぱり、である。

 

「それじゃあ久しぶりに、私が福澤アナに代わってFIRE!をやらせていただきたいと思います。・・・それじゃあみんな、燃えていけ、FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「よし、それじゃみんな、上で待ってます」

全チーム、各メンバーに何やら妙なベルトのようなものが渡された。そのベルトからは、謎のリード線、さらにその先にはもっと謎なプラグが付いている。

「それじゃあ、それを胸の肌のところに着けてください」

要するに、心電図のようなものらしい。だんだんと、このクイズの趣旨が理解できてきた。

 

「それじゃ、女の子はこっちの方に来てね」

と、神奈川工業と山梨英和の6人は男子チーム-と、スタッフ-から少し離れた場所に連れて行かれた。

 

「それじゃ、まずはこの濡れタオルで胸を湿らせて、そして胸の真ん中にこの金属の部分がくるように付けてね」

 

との説明。

 

見ると、確かに銅らしき色をした金属板がはめ込まれていた。手渡されたタオルで胸を拭き、ベルトを合わせる。濡らすことで体表にナトリウムイオンが発生し、電気が通りやすくなって、などと、古賀が埒もないことを考えながらベルトをいじっていると、カメラが彼の胸を映し始めた。

何も、こんな貧弱な体を映すことはないだろう。古賀は、胸の内、というより頭の中で思った。清水は少しサイズが合わなかったらしく、スタッフのお姉さんに調整してもらっていた。

 

「これぐらいでいいかな?」
「はい、大丈夫です」

 

と答えた清水。心なしかきついような感じがしたが、緩いよりはましだろうと思って気にしないことにした。

彼がその両の眼をベルトから正面の方に戻すと、富田プロデューサーが女子チームの方向を見ていた。

・・・おっさんおっさん。清水は無言のツッコミを入れてみた。

まあ、女の子が気になるのか、時間が気になるのかは、暗かったのでその眼からは判じかねたのだが・・・。

「詳しいルールはもうすぐ説明されるけど、上には解答台とボタンがあります。そこには、皆さんがさっき着けたベルトのプラグの差込口が3つあります。1人ずつの名前が書いてあるので、必ず自分の名前が書かれた穴に差し込んでくださいね」

と、遠藤さんの説明。

「この靴下はまずいよねえ?」

「う~ん、マズいんじゃない?それこそ放送禁止になりそうやでなあ」
「じゃあカバンの中に入れとこう」

クイ中達は、ポケットなどに入った不要なものをカバンの隙間に押込み、ポカリのタオルをそれぞれ肩に担いだ。

・・・一応、体力担当は俺だからな。そう思いながら、押金はカバンの持ち手を両肩にかけ、リュックを背負うような形にした。・・・462段、なんとかなるかな・・・。

『それでは、クイズを始めたいと思います。皆さんには、この目の前の階段を昇って、上の解答台まで来てもらい、そこで、それぞれのプラグを装置に差し込んで頂きます。すると、自分の心拍数が表示されます。一定数になると自分のランプが点灯するようになっていますので、そしたらコードを抜いてください。全員のランプが点灯して、初めてボタンを押すことが出来ます。勝ち抜けチーム数は、4です』

 

階段の両脇に設置されたスピーカーから、上にいる羽鳥アナの声が届いてきた。

いよいよ始まりである。

・・・どうやらこの場合、必ずしも一番で上に行く必要はなさそうだ。

クイ中達がそう考えていたとき、羽鳥アナは付け加えた。

 

『敗者復活の石橋高校には、厳しいですが特別ルールです。君達は、1・2・3フィニッシュで上に到着しなければその時点で失格となります』

 

・・・!

 

クイ中達は、そのとき初めて、昨日原地区で脱落したはずの石橋高校がいることに気が付いた。敗者復活というものはもっと劇的な手段を以って発表されるものだ、と思っていたクイ中達は、口には出さなかったにせよ、不意を衝かれたような心持ちであった。

本当に、いつの間に彼らはいたのだろう?

朝からあまり他チームと交流することがなかったので、ずっと一緒だったのか、つい先程現れたのか、3人には全くわからなかった。

 

「どうします?一気に行きますか?」
「いや、いいでしょ。多分このクイズは、心拍数が高いと困る方のクイズだと思う。だから、そんなに急いでもいかんよ

 

確かに、心拍数を上げるだけなら、その場でスクワットでもすれば済むことである。

「1・2・3フィニッシュか・・・。かなり厳しいルールやね・・・」

「そやね。他チームの誰か、1人でも石橋よりも早く着けばその時点で失格やもんな」

 

今までの復活組の中で最も厳しいハンデだろうなと思いつつ、川越は階段前のラインについた。

「おい、そこ!!映るぞ、下がれ!!!」

トンネルにベテランスタッフの怒声が響いた。相変わらず、現場は緊迫している。

『それでは位置についてください。まず問題を発表します』

全員が、上の光を仰ぎ見た。

『問題、キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は何番目?それでは、用意、スタート!』

一瞬、それぞれのチームは様子見のためか、二の足を踏んでいたが、ラインを越えて階段に第一歩をかけ始めた。

「・・・やっぱり行くよね、石橋は」
「うん。走らなきゃ、もう終わりだもんね」

 

そんな彼らにつられてか、クイ中達の足も速くなりつつあった。

「・・・落ち着いて、ゆっくりいこうさ」

急ぎ足は止めたが、一段飛ばしで昇る。全体から見れば、川越はやや先行気味である。やはり先頭は石橋高校であったが、その彼らをかなりのスピードで追う3人がいた。

「・・・東大寺、勝負かけてきたね」
「うん」

 

正直、クイ中達は、石橋を落としにかかるのなら、一番スポーツマンらしい加治木高校だと予想していた。神奈川工業と山梨英和は、やはり女子チームということで1着狙いは無理だと思っていたし、自分達が狙うなんて、体力なしを自認するクイ中達には及びもつかないことであった。

その点、加治木高校は、メンバーの服装からスポーツマンらしく、体力もありそうだった。さらに、かなり失礼ではあったが、東大寺学園チームが体力勝負をかけてくるとは考えていなかったのである。

「ふう、やっと半分か・・・」

 

長い道のりである。上の2チームを見ると、それぞれスピードが落ちているようにも感じられた。

「大丈夫か、おっしー?」

 

清水が声をかける。

 

「・・・おう。大丈夫」

 

3人が後ろの位置関係を見ることはなかったが、思う限りではそれほど変化もなさそうだった。ただ、スピードが落ちてるとは言え、東大寺が石橋追尾を諦めたわけではなさそうである。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 
先頭争いも気になったが、それ以上にクイ中達には先程の問題の方が気になった。・・・キシャの記者が汽車でキシャする。押金には最初と最後のキシャがわからなかったが、乗り物の汽車が何番目かを聞く問題なのだから、それは不要な部分だった。正解は[3番目]、である。

 

あとはボタンを押すだけ。残りの階段は、あと半分か・・・

 

「さあ、最初に来たのが東大寺学園!東大寺学園が3人揃いました!残念ながら、石橋高校はここで失格となります!!」
「・・・失格しちゃったか」
「やっぱルール厳しかったよね」

 

石橋高校は、がっくりと肩を落としながら、それでも上の方へと歩いていた。

「・・・ちょっと先行するよ」
「うん」

いつも歩みの速い古賀は、2人を置いて先に行き、上で落ち着くことにした。・・・きっと俺、長生きしないだろうな。後ろの2人に心の中で謝りながら、古賀は最上段を目指した。

しかし、それもそんなに遠いものではなかった。できるだけ早く落ち着いて、2人の足を引っ張らないようにするため、古賀は動かずに集中したかった。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 

・・・汽車の記者が汽車で記写する・・・。

 

鉄道旅行の記事でも作るつもりなのだろうか?

 

・・・聞かれていたのは[幾つ]かだったっけ?

 

[何番目]かだったっけ?

 

・・・汽車が2回出てきているなら、普通は[幾つ]かだよな・・・。

 

「さあ、心拍数上がってますねえ。さあそして、川越高校が1人来ました。そして、加治木高校」

 

古賀は、向かって一番右側の解答台に[川越]と記されているのを見つけ、さらに3つの差込口のうち左のそれに自分の名前が貼ってあったので、説明どおりにコードを接続した。眼前に現れた数字は、163。

 

それにしても、この、ボタンの手前にある穴はなんだろうか?作業用か?

「お疲れ」
「やっと着いた」
「さあ落ち着いて、心拍数を戻していきましょう」

 

時間を追うごとに、各チームのメンバーが揃ってきた。

川越の心拍数は、今のところ押金が140台、清水は170台、古賀は130台である。右隣の東大寺の数字を覗いてみると、先程までのハイスピードが効いたのだろうか、古賀が着いてからずっと、3人とも180台のままである

しばらく、静かな戦いが続いた。

ただし、「さあ、落ち着いていきましょうね」羽鳥アナを除いてである。

「このクイズは、電車の時間もあり、30分で終わらせて頂きます。ここを勝ち抜けられるのは、時間内に稼いだポイントが一番多かった順から4チームです。皆さんがさっき計ってもらった心拍数、これを早く下げることが出来れば、それだけ有利になるわけです。さてこの場合、不整脈は有利になるんでしょうか?」

焦りによって心拍数を乱してやろうという魂胆が見え見えである

そのとき、観光客が来たらしく、その人たちを通すために一番端の石橋の解答台が外されることとなった。その石橋チームは、他5チームの陰となる場所に座り込んでいた。

折角の敗者復活だったのに、相当悔しいところだろう。何もあんなところに座らせなくてもいいのに、と古賀は思った。

「おい、モタモタすんな!早くしろ!!」

ベテランらしきスタッフが、作業中の若いスタッフをどやしつけていた。なぜかこちらが怒られているような気がして、心拍数も上がりそうだった
「よし」

100前後になり、古賀の心拍数表示が消えた。

急いでプラグを抜いた彼は「俺って、さっき計ったときにはこんなに高かったっけ?」と、つぶやいた。

 

・・・確かに、と押金が思ったとき、彼の表示も消えた。確かに、さっきのとは違う。一方、清水の心拍数はまだ下がらなかった。

 

右側を見てみる。東大寺はまだまだ高いが、その向こうの加治木と神奈川は自分達と同じく2人の表示が消えていた。一番向こうの山梨英和の表示は見えなかったが、そんなに差はないだろう

・・・なんで下がらないんだ?

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。汽車の記者が汽車で帰社するのだから、乗り物の汽車はつだ。あとはこの表示さえ消えてくれれば・・・。

押金が注視していた清水の表示が、108を指した。先程の測定のときに出て来た数字である。これで押せる、と彼は思った。しかし、その表示が消えることはない。

 

・・・なぜ?

一体幾つまで下げればいい?

 

とりあえず、今の彼にとっては、清水の心拍数を下げる方が重要であった。

 

「かっちゃん、数字は見やんほうがええで」
「さあ、川越高校もあと1人ですね」

 

・・・羽鳥さん、余計なことを言ってくれる。

 

・・・それにしても心拍数というものはこんなに下がらないものなのだろうか?

清水は自問自答していた。他の2人のランプが消えてから、かなりの時間が経っている。

多少の焦りも感じていた。ふと清水は、旅の間ずっと持ち歩いてきたクイ研特製団扇を手にし、そこに書かれたメッセージを読み始めた。

『よく考えれば1番喜んどんのはかっちゃんやね。だって1番危険やもん』

・・・確かに、今危険なんだよ諸岡さん。

 

『私はかっちゃんが何かやってくれることを信じております。』

・・・よっちゃん、ほんと何かやっちゃったよ。みんないろんなこと書いてくれてるなあ・・・。

多少気分も紛れたところで心拍数を見てみると、「130」

無常な電光掲示板によって映し出された数字は、清水にかなりのダメージを与えた。

「あまりさっきと変わってないじゃないか・・・」

一旦下がっていたはずの心拍数が、再び跳ね上がってしばらく経っていた。

もう、下がり始めてくれてもいい頃なのに・・・。清水は他の二人からも団扇を貸りることにした。

「おっしーたちのも貸してもらえる?」
「うん、いいよ。かっちゃん、落ち着いてな」
「おう」

 

そんなやりとりの中、羽鳥アナの声が響いた。

「さあ、神奈川工業が3人とも消えました!では行くぞ!」

「問題!キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は…」

パン!

「神奈川工業」

「3」

 

ティロリロン!

 

「・・・え?」

 

清水と古賀は軽い驚きを覚えた。順番を聞いていたということは、自分の考えていたキシャのどれか1つが違っていたということである。

2人は言葉を交わさなかったが、ほとんど同じ間違いをしていた。だが、今の清水にとって、そんなことはどうでもよかった。相変わらず心拍数は120~140をいったりきたりしている。

「フゥー」

 

深いため息が漏れる。まだ、神奈川工業以外に、全員のランプが点灯したチームはない。いつまで、神奈川工業の独壇場が続くのだろう?

 

「問題。興奮すると騒ぎ、兄弟の間柄では分け、人間的にあたたかいと…」

パン!

 

「神奈川工業」

 

「血」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業2ポイント目です。あ、川越高校と、加治木高校も消えましたね。それでは3チームで参りましょう」
「よーし!」
「よーし、よっしゃよっしゃ!」

 

ボタンに手をかけるクイ中達。特に、清水の喜び様はひとしおである。

 

「問題。昨年、酪農家から出荷された生乳生産第一位は北海道。では、第二位の、日光東照宮で有名な県はどこ?」

パン!

「川越高校」

 

押したのは古賀だった。酪農うんぬんは知らないが、日光東照宮と言えば・・・

 

「茨城県!」

ブー!

 

「残念、正解は栃木県です。誤答・お手つきにはペナルティがあります」

 

その瞬間、ボタン手前の穴の意味に3人は気付いた。

 

「その解答台に手を入れる部分がありますね。それではその穴から札を引いてください

 

古賀は手を突っ込み、4つほどある札の中から1つを選んだ。クイ中達が予想する最悪は、[全段降りる]であった。

 

「何と書いてありますか?」
「150」
「それでは150段戻って、再びこの解答台に戻ってきて下さい」
「なんや、150でええの?」
「ラッキーやね」
「おや?川越高校、嬉しそうですねえ。あ、荷物は置いていっていいですよ」

 

3人は、番組がしていたであろう予想よりも軽い足取りで、再び階段を降り始めた。

150段、462段を予想していた人間に言わせれば、半分にも満たない数字である。
必ずしも1番になる必要はない。だからそんなに急ぐ必要はなかった。

 

3人は、ただ問題を答え、勝ち抜けられればよかったのだが、その前に、ボタンへの道は遠く、まだ長い時間がかかりそうだった。

 

 

そして、清水にとってそれは、さらに長い時間が待ち受けていることを意味していた。

眼下の暗闇、眼上の陽光。

2011年1月14日 § コメントする

一度は抜けた改札口をまた通る。向かって右手に進めばもと来たホームへ進む。だが、ここまで待たせといてそっちに進むことはないだろう。他方、左手の通路を見ると、曲がり角があって、そこから先をうかがうことはできない。

外での[トイレ休憩]中にこの駅の外観を眺めていると、駅舎から屋根付きの通路が伸びて、駅前の道路を横切り、その先の川が流れているらしい谷まで横切って、山にぶつかって、そこから先もまだ伸びているような、そんな雰囲気が認められた。恐らく、この改札口左手通路はその通路なのだろう。

その先がクイズの舞台であることだけには、疑いを挟む余地はない。

「それでは参りましょう」との羽鳥アナについて-このときもクイ中達はちゃっかりと彼の側にいた-高校生一行は歩き出した。

 

スタッフの指示から、「何か話しましょう」ということになる。

「それにしても君、そのアロハは凄いねえ」と、羽鳥アナ。

「それって金魚?」その話の話題は、リーダー2号の黄色い金魚アロハである。

「そうっすよ、凄いでしょ?どうですか?」
「う~ん、それは放送ギリギリだねえ」
「マジすか!?」
「フフ、どうするよ、おっしー?」
「放送禁止は困るなあ」

押金を始め、清水と古賀も大ウケである。

「そう言えば、改札口の方に[日本一のもぐら駅]ってあったけど、どういう意味だろうねえ?」
「さあ、どうなんでしょうねえ?」
「モグラでもいるんじゃないんですか?」
「どうなんだろうねえ?・・・なんか、だんだん涼しくなってきたねえ」

羽鳥アナの言葉にうなずく一行。彼ら彼女らは、少しずつ理解し始めてきた。この先に何があるのかを、[もぐら]という言葉の意味を、この先に待つのは、トンネル、しかも普通じゃないトンネルだろうということを。

「それにしても、これはカナリ気合の入ったトンネルやなあ」

と、押金。だが、壁にはガラス窓があり、思いっきり陽の光が射し込んでいた。

「ここ、まだ外ですよ」

とツッこむ古賀。

「あほー!わからんのか!?だからこそ気合入っとるんじゃあ!」
「・・・そういうもんなんですか?」
「そーゆーもんなんじゃあ!」
「・・・すいません、わかりました」
「よし、それならいい」

 

いつもの冗談トークである。そして、細い通路を抜けると、急に広い空間が広がった。横の窓からの光もまぶしいその空間だったが、一行の眼前を塞いだのは、斜めになった天井であった。

「はい、それじゃあここで一旦停まってね」

と、後ろのチームを待つ。恐らく、ここから地下に下っていくのだろう。だが、この下り通路の横幅は、クイ中達が普段利用しているような駅の階段のそれの比ではなかった。

細くて長い通路はたくさんあるが、広くて短い通路は意外と少ないものである。その幅から、地下への道のりの長さを察することは比較的容易であった。

そして、一行が入ってきた空間に目を転じて見ると、スタッフ一同がスタンバイし、かなりの数の機材が準備されている。目の前の深そうな通路と、これだけのスタッフ。少し勘が働けば、おぼろげながら予想というものもついてくる。そして、それはあまり楽しいものでもないということもわかっていた。

 

「それでは、皆さんにこの駅の日本一たる由縁をお見せしましょう!」

高校生達十数人がフロアに到着し、羽鳥アナについて再び歩きだした。

 

「・・・うわ」
「さあ、この駅の日本一!」
「おおー!」
「長さが338m。全部降りると、462段。これがこの駅の日本一です!」

 

今まで、これほどまでに深く伸びる階段を、3人は見たことがなかった。眼下の暗闇は、深く、重く、冷たい。

「はい、みなさん。降りるのは少し待って下さいね。この旅も3日目、かなりハードな日程でしたので、番組としては皆さんの体調が心配です。ですので、ここで看護婦さんに健康診断をして頂きます。それじゃあ、お願いします」

 

目を転じると、ナース服姿の女性がこちらに向かって歩いてきていた。古賀が見る限り、確かにその人は看護婦さんであった。あの、足を挫いた柏原高校のメンバーの具合を診ているところを、何度か目撃している。

他のスタッフも「看護婦さん」と呼んでいたのだから、正式な看護婦のはずである。古賀の脳裏に引っかかったのは、そちらに対する疑いではなく、その服装についてであった。何も、ナース服は白よりピンクの方がいいというような話ではない。

彼女は、今の今まで、他のスタッフ同様私服姿だったのである。なぜ、この期に及んでわざわざナース服を着る必要がある?

「それじゃあ、最初は山梨英和の伊東さんから」

彼女は、羽鳥アナに指名された英和チームの1人の手を取って、脈拍を測り始めた。先の問いに対する答えは明白だ。この場面には、放送の可能性があるということである。なぜ放送する?普通の健康診断なら、ひっそりとやってもいいではないか。やはり、答えは明白である。

これが、この次のクイズに関係あるということだ。

「どうですか?」
「はい、脈拍は問題ありません」
「それじゃあ次の人にいこうか」

脈拍だけで終わるのが、この健康診断に対する疑念をさらに強めさせた。普通、健康診断というものは、下まぶたの裏側の色を診てみたり、喉の方を診てみたりと、いろいろするものである。

以上の様々な要素から弾き出された答え、それは、NTVは高校生達の健康なんて(本格的には)気にしていないんだろうなあ、ということであった。
・・・とまあ、なんだかんだと言っても、健康診断と言われて脈を測られるのは、やはり緊張する。

「はい、もういいですよ」
「どうも」
「彼の脈拍はどうでした?」
「93ですね。問題ありません」

そして、「問題ない」と言われればやはり安心する。安心した古賀の次は、リーダーの押金である。

「86、問題ありませんね」

やはり一安心。3人のトリは清水。

「108ですね」
「108、少し高いですね。大丈夫なんですか?」
「はい、特に問題はありません」

お墨付きも得て、清水は小躍りした。

「脈拍トップやで~」
「やりましたねえ」
「おいしいなあ」

こういうところでは、何はともあれおいしいもの勝ちである。

「108ですね」
「あ、彼も少し高いですねえ」

 

最高脈拍数を清水とタイの数字で飾ったのは、東大寺の田部君であった。

「かっちゃん、並ばれたねえ」

古賀がそうつぶやいたとき。同じ東大寺の安達君には更なる診断が下された。

「ちょっと不整脈がありますねえ」
「・・・それって、大丈夫なんですか?」
「はい。あまり問題はありません」

[あまり]とはどこまでを[あまり]と言うのか、医療用語は[オペ]や[クランケ](記録班注:オペは手術、クランケは患者の意)くらいしか知らないので、それこそ[あまり]安心できるものではない。

だが、本人には嬉しいことではないだろうが、安達君に対する不整脈診断はTV的においしいものと感じられた

「それでは参りましょうか」

と、(とりあえず)問題なしとの診断を受けた一行が羽鳥アナについてようやく階段を降りようとしたときだった。

「観光客が来るから少し待って!」

との遠藤氏の声。

故に、高校生達はその家族連れに道を譲る。

「はい、そっちに観光客が行くから少し待ちます。どうぞ」

無線で下に指示を送る遠藤氏。撮影スケジュールが押しているのかどうか知る由はないが、時間が有り余っている、とまではいかないだろう。この中断も、あまり愉快なものではないはずである。

だが、「折角の夏休みなんだから、思い出作ってもらわなきゃいけないだろう」と遠藤氏は言った。

「全員下まで降りた、はい了解。それじゃ本番、カメラスタンバイ。それじゃ高校生、降りるからね」

遠藤氏の号令で、全員が荷物を持って階段の第一段目に立つ。

「ハイ、それじゃ本番行きまーす。5秒前、4、3・・・」
「それじゃあ行きましょう。みんな荷物ちゃんと持ってるよね?持ってるね」

一行は、それぞれの荷物を携えてぞろぞろと階段を下り始めた。

「いやー、すごいねえ。駅の構内とは思えないよねえ」

とは羽鳥アナの弁。クイ中達、全く同感である。普通、こんな階段には、エスカレーターの類があって然るべきなのだ。それどころか、古賀にはここならケーブルカーを走らせてもイケるんじゃないのか?などという考えまで浮かんだ。

進行方向左手には、赤い看板に白抜きの文字で段数が示されていた。ようやく50。[終着駅]のプラットホームなど、見えるべくもない。

「みんな、ちゃんと付いてきてる?後ろの方が少し遅れてるね。じゃあちょっと待とうか」

 

数十段おきかに置かれている踊り場、それも上から数えて何番目のものだろうか、ようやく道のりの半分を示す数字が白字でペイントされた所までやってきた。

ふと両脇を見てみると、地下水が染み出てくるのだろう、それを流すための水路-と言うよりも斜面-があった。それにしても、かなり気温が下がってきた。

「まだ底が見えそうにないねえ。それじゃ、後ろの人達も追いついたみたいだから行こうか」

ふと清水は、当初掲げていた友達を作る計画を思い出した。そこで、大きな荷物を抱えた神奈川工業のメンバーに話しかけてみる。

 

「荷物たいへんそうやね」
「うん。けっこう重いんだよね」
「袋破れちゃったの?」

 

途中で破れてしまったのか、荷物袋を東京都指定ゴミ袋に入れて担いでいる。

「そうなの。だからスタッフにゴミ袋をもらったんだけど、誰かがほんとのゴミ袋と間違えてゴミ入れていったんだよねー。違うって!って感じやった」
「へぇーそれは失礼な話やな」

こうして、また友達の輪を広げることに清水は成功した。一方古賀は、今まで下ってきた道を振り返ってみた。まだ、闇の底に足を踏み入れているわけではなかったが、しかしそこから見る陽光は、遠く、そして、小さかった。
高校生達の心には、同じような思いがあった。次のクイズは、眼下の暗闇の中なのか、それとも眼上の陽光の中なのか。どちらに転んでも確実なことが一つ。

 

それは、自分達が踏んでいるこの階段は、クイズの素材として、無視するにはあまりにも惜しいものだということである。

土合、山々に囲まれての長過ぎる休息。

2011年1月11日 § コメントする

駅に降り立った高校生一行。右方向には駅舎があったが、すぐにはそこに行くなとのお達し。何かの準備をしているのだろう。と、すぐ近くにいつの間にやら羽鳥アナがいるのを発見したクイ中達。この千載一遇のチャンスを逃すテはなく、果敢にもアタックを敢行する。

 

「羽鳥さん、結局昨日は魚沼のお米、食べられましたか?」

 

「いや、結局食べられなかったんだよねえ。おいしかったんでしょ?」

「はい、めちゃめちゃおいしかったですよ」

「いいなあ」

そのとき、撮影スタッフからゴーサインが発令され、羽鳥アナからも

「それじゃ行こうか」

ということになる。思いがけず、司会者のすぐ側を歩くというベストポジションを手に入れたクイ中達は、張り切って羽鳥アナに付いて進み始めた。

「いやあ、こんなところまで来ちゃったけど、どうみんな?ここに来たことある人っている?」

誰の口からも、[YES]の意がこもった答えは出てこない。

「だよねえ。こんなこと言うとアレだけど、普通は来ないもんねえ、こんなとこ」

「そうっすねえ」

そして、駅舎の中へ入る一行。

「・・・はい、それじゃこれくらいでOKでーす!」

と、撮影-恐らくクイズの前置き部分と思われる-は終了。

トイレ休憩ということで、改札口と待合室を抜け、駅の出入り口へ。そして、出入り口の隣にあるトイレへと、かなりの人数が向かった。

越後湯沢で一度行っているはずのクイ中2号と3号も、その中の2人である。用を済ませ、手を洗うべく蛇口をひねると、かなり冷たい水が流れ出た。ここの標高は、かなり高いに違いない。

土合駅の改札口に駅員は見当たらず、もしかしたら無人駅なのでは?という疑問も湧いてきた。その改札口前にある待合室、そこのテーブルには書類やペットボトルといったものが並び、その側で羽鳥アナとスタッフが打ち合わせをしている。

そこに近付くこともできず、駅舎に入れない一行は、それぞれその前の階段に座り込んで時間をつぶしていた。クイ中達-どのチームでもきっとそうだろうが-の話の槍玉に上がったのは、入り口の上に掲げられた[日本一のもぐら駅]という看板であった。

「モグラって、漢字で土の竜って書くんやで」

と、古賀。こんなキャッチコピー(だかなんだか)を掲げている駅で出題されるにはちょうどいい問題だと彼は踏んでいた。

「へー、そうなんや。土の竜ねえ。…それにしても、どんな意味なんやろ?」

と、清水。

「モグラ・・・地下・・・あれや、日本一アンダーグラウンドな駅なんやわ。ショッカーみたいな地下組織が暗躍しとるんやで、きっと。なあ、おっしー?」

「そうそう、かなりアンダーグラウンドやでなあ、ヤクの密売なんか余裕でやっとるんやで。武器の取引とかもきっとやってる危険なブラックマーケットやわ」

古賀と押金は、そんなありもしない方向に話を拡大していった。

「・・・まさか、モグラの動物園があるなんてことはないだろうしねえ」

 

「わからんねえ。それにしても、長い休憩だねえ」

 

待ちくたびれたのか、もともとくたびれていたのか、神奈川工業チームの藤田さんはコンクリートの上で睡眠中であった。他にも、コンクリートを割って生えてきている雑草をいじっていたり、ボーっと景色を眺めていたりと様々である。

と、矢野さんがクイズミリオネアについて話しているのをクイ中達は聞きつけたので、その話に加わってみる。

「簡単だとかなんだかんだって言ってますけど、やっぱり1000万って凄いですよねえ」

 

「破産せんのかねえ?」

 

つい最近、シニアクイ中-と失礼にもクイ中達が勝手に名付けてしまった-の1人である永田喜彰氏(記録班注・・・の必要もない、はず:FNSクイズ王、第13回アメリカ横断ウルトラクイズの準優勝者である兵庫県在住の会社員の方)の1000万円ゲットをTVで見てしまった3号は、ふとフジTVの心配をしてしまった。

ちなみに、周知の事実だが高校生クイズは日テレの番組である・・・。

「そう言えばね、あの1000万って数字には少し秘密があるんだよ」

と、矢野さんは言った。

「え?なんなんですか?」

「景品法ではねえ、何かの賞金とかの最高額は、200万辺りが望ましいみたいになってるんだよね」

「え?マジすか?ミリオネアぶっちぎりじゃないすか」

「ところがさ、あれ、建前は5人で1組でしょ」

「あ!」

「・・・きたねー!」

 

200万×5=1000万である。

「ふふ、そんなもんだよ、TVって」

興味深い話である。あの、妙に不自然で強引な5人1組制にはそのような裏があったらしい。こういった裏話が聞けるのも、高校生クイズのいいトコなのだろう。話も一段落した時、クイ中達は目の前で羽ばたく赤い何かを見付けた。

「お、トンボや」

「赤トンボが飛んでるなんて、やっぱり涼しいんやねえ」

「よし!捕まえるで!」

 

押金の呼びかけで、クイ中達は久方ぶりの昆虫採集に励むことになった。

「よし、もし捕まえたらジュースおごったろ」

「マジで!?よっしゃ、なんかヤル気出て来たで~!」

 

高地の土合駅舎前、なかなかトンボを捕まえられない1号と2号を見くびった-と言っても、当の本人はとっくにトンボ捕りをギブアップしていたのだが-3号は、思わず口を滑らせた。

「なあ、トンボって英語で何て言ったけ?」

 

「ドラゴンフライやろ?」

 

古賀が答え、こうも加えた。

 

「ちなみに、蛍はファイアフライって言うんやで」

 

「へえ、そうなんや。・・・よし、これはもらったで~。・・・よっしゃ!古賀ちゃん、ジュースね」

清水、トンボのキャッチに成功。

「え、かっちゃん捕まえたん?負けてられへんなー」

と、さらに燃え始める押金。数分後、結局2人ともトンボを捕まえてしまう。

・・・長いトイレ休憩やなあ。時計を見た押金は、自分達がこの駅に降り立ってから余裕で30分は越えていることを確認した。本当に、トイレ休憩にしては長過ぎる。

まあ、古賀ちゃんあたりにはちょうどいい-ちなみに押金と清水が確認しただけでこの休憩中に2回は行っている-のかも知れないが。

そんなことを考えながら、ふと駅舎内の待合室を見てみると、羽鳥アナがシャドーピッチングをしていた。羽鳥さんも暇なのか・・・。そういえば彼、高校時代はピッチャーやってたんだよなあ。一方、古賀は特に何かを考えることもなくたたずんでいた。何の気なしに辺りを見回していると、近くにいた東大寺学園チームの左腕が目に付いた。忘れもしない、福澤アナが

「なかなかいい品」

と言った、あのCITIZEN製太陽電池腕時計(高校生クイズロゴ入り)である。

「あ、その時計してきたん?」

「うん、これしかいいのがなかったからね」

と、東大寺チーム。古賀も持ってこようか最後まで迷っていたのだが、なくすと大変なので、結局は大事に部屋に飾ったままにして置いたのであった。

そのとき、ついにスタッフから呼び声がかかった。

一体何の準備をしていたのかは不明だが、ようやく何かが動き始めた。

『何か』とは何か?全く予想がつかない。あの日本海の砂浜と違い、ここがどのような場所かを知る余地すら与えられていない。

 

唯一のヒントは、ただし、もしそれがヒントとなるのならば、この駅が[日本一のもぐら駅]であるということだけだった。

 

新潟から群馬、トンネルを抜けるとそこは山国。

2011年1月10日 § コメントする

乗り込んだ列車内は、微妙な込み具合。先客の人々の中には一行に向かって、どこのどいつだ?と言いたげな視線を投げかけてくる人もいたが、あまり気にせずに着席しようとする。

クイ中達も席を探すが、その車両には4人がけのボックス席が並んでいて、どのボックスにも大抵1人が座っていた。

 

「すいません、ここ、よろしいですか?」

 

仕方がないので、引け目を感じつつも、ある男性に相席を頼み込み、ようやく着席。天満さんは、各チームに朝食を配り始めた。透明なパックに入った朝食は、おむすび2個と、なぜか鶏の唐揚げ1つ、そしてウーロン茶である。

食事時間の飲み物は、スポンサーの関係からか今までジャワティやポカリスエットが配られていたが、ストックが尽きたのか、そんなことは元々どうでもよかったのか、全く別の会社の製品であった。

 

「…絶対足りんぞ」

 

古賀のそんなぼやきを、他の2人はそりゃそうだろうと思いながら聞いていた。しかし、グチっても得るものはないので、古賀も観念しておにぎりを口に運び始めた。

 

「これは魚沼産?」

「ふふ、どうなんやろねえ?」

 

相席の男性が降り、やっとリラックスし始めた3人。次の駅辺りで地元の女子高生達-もし中学生だったのならば、かなり老け顔ということになる-が乗ってきたのに古賀は気付いた。

とりあえず、彼女らを見て思うことは幾つかあったのだが、聞こえてしまうとアレなので、しばらく黙っておくことにした。押金にとっては、そんなことよりもトイレに行くことの方が重要問題となっていた。

 

「すいません、降りるまであとどのくらいですか?」

 

「どうしたの?」

「いや、トイレに行きたくなっちゃって」

 

「あ、おっしーも?俺もなんやけど」

 

天満さんに尋ねた押金に、古賀も同調する。

 

「ちょっと待っててね」

 

と、彼女は他のスタッフに相談しに行った。

 

「また古賀ちゃんトイレかー?」

 

と、清水。

 

「なんで?おっしーもやん」

 

「古賀ちゃんと一緒にしたらあかんよ。おっしーはまだ1回目やろ?」

 

「そうやて。一緒にせんといて」

 

「・・・は~、またイジメや」

「え?イジメってのは心外やな。そんなんうちらに対するイジメやん。なあ、おっしー?」

 

「なあ」

 

「はいはい、ごーめーんなさーいー」

 

結局いつもの負けパターンにはまった古賀がキリのいいところで白旗を揚げたとき、天満さんが戻ってきた。

 

「もう少ししたら通過待ちでしばらく停まるらしいから、そのときに行っておいで」

「はい、ありがとうございます」

 

「で、停車時間は?」

「大体5、6分」

 

「トイレはどこに?」

「階段上って、右に曲がって、左手の階段を下りたホーム」

 

「よっしゃ、行くぞおっしー」

「おう!」

 

「急いでねー」

 

「はい」

 

矢野さんに道順を聞いて、トイレにダッシュ-時間以外、特に切羽詰まっていたわけではないが-するクイ中2号と3号。まず階段を駆け上がる。

 

「右やな。どの階段を下るんや?」

 

越後湯沢駅、JR上越新幹線も停まり、冬にはスキーで賑わう駅である。

 

「あっち、表示があるわ」

 

 

 

「急げー!」

 

と、今度は駆け下りる。

 

「あった!」

 

ここまでで、大体1分半である。

「セーフ!」

「よし!間に合った!」

 

出発までに余裕を残して、2号と3号は無事帰還。

 

「みんないるね?」

「はい」

 

列車は再び出発した。走ること大体3分、列車が次に停まったのは、岩原スキー場前駅。スキー場前と言う割に、先程の女子高生を含めてかなりの数の高校生が下車していく。列車の扉が閉まり、動き出した風景の中で固まって歩くガン黒女子高生を見た古賀は、押金に呟いた。

 

「秋田とか、新潟とか、こういう雪の多い地方には、色白の美人が多いって聞いてたんですけどねぇ」

「ホントですねぇ」

「それじゃ、次の駅で降りるからね。荷物まとめて、忘れ物のないように」

 

そろそろ降りるとは聞いていたので、既に荷物はまとめてあった-と言ってもこの車内では一度もカバンを開けていない-3人。さて、どんな駅なのだろうか?と考えていた矢先、いきなりトンネルへ。

ここまでに結構な数のトンネルがあったためにそれほど気にはしなかったのだが、それでもかなり長いトンネルである。

 

「あ、もう群馬入りなの?」

 

時折蛍光灯が光を覗かせる、車窓の外の壁を見ていたクイ中達は、光に照らされた[新潟⇔群馬]という表示を見つけた。新潟と聞けば、県民の方々には大変失礼だが、東京からだいぶ離れているような、つまり、旅の終わりからはまだまだ遠いような気がした。しかし、群馬と聞けば、一気に東京に近付いたような気がする。

そう、既に、とうの昔にこの旅は折り返しているのである。勝ち抜けるにしろ、脱落するにしろ、始まりよりも終わりの方が近いところまで旅してきたことを考えると、3人の胸には驚きと寂しさがやってきた。

楽しい旅、素晴らしい旅ほど、終わりが近付くごとに何とも言えない思いが大きくなっていくものである。だが3人は、それぞれその思いを口にすることなく、自分の胸にしまいこんで、次の関門に向けての覚悟を固め始めた。そんな思いと裏腹に、列車を新しい光が包み込み始めた。名実共に、群馬県入りである。

 

トンネルを越えると、そこは山国。空の雲は白く、山の頂きは青かった。

周りの木々も緑鮮やかな一筋の線路、そこにまた、1つの駅。誰かが乗り込むことはない。

 

周知のことだが、この旅は非情なものである。駅がある限り、誰かが降りなければならない。

 

8月16日、朝陽は昨日と変わらず見えても。

2011年1月10日 § コメントする

[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]

・・・どういうことになっているのだろうか?

川越クイ研理事長、諸岡麻由子は古賀からの返事の意味を判じかねていた。

しかし、彼女を悩ませていたのは[爆勝コシヒカリ!]の部分ではなく-この点では、送った当人である古賀の予想と反していた-、後半の[明日早いのでもう休みます。]の部分であった。

[爆勝コシヒカリ!]なんて、どうせおっしー辺りが思いついた言葉だろう。だが、[明日早い]とはどういうことだろうか?クイ中達がNTV側から受け取っていたスケジュールを信じるならば、明日-いや、もう既に今日か-16日は大会3日目、17日は予備日となっていたからもう最終日ということになる。

今まで彼らからはほとんど連絡がなかったので全く様子がわからず、よしめぐと

「別に負けてきたって聞いても怒らへんのになあ」

と話していたほどである。負けてきたのが恥ずかしくて、帰っているのに連絡できないのか、それとも本当に連絡できないのか。[もう寝ます。]と送られてはそれ以上問い詰めることも出来ず-出来たとしても上手くはぐらかされるような気はするが-、仕方ないので彼女も3人の無事を祈りつつ眠りにつくことにした。

 

「・・・あ、おはようございます」

 

「お、おはよう」

「はよー」

 

「今何時?」

 

「5時45分くらい」

「・・・ちょっとトイレ行ってきます」

 

「お?早くも今日の1回目やな?」

 

「今日も記録を更新しそうな勢いやな」

「・・・なんでやねん」

起き抜けでテンション低調の古賀は、洗顔がてらトイレに向かう。どこのチームの部屋かは憶えていなかったが、ドアの外に昨日の祭会場で選んだ写真を飾っている部屋があった。

クイ中達が選んだあの集合写真は、いつの間にやらスタッフに回収されてて行方知れずである。記念に欲しかったなあ、と思いながら用を足し、洗面所に向かう。鏡を見ると、幸いにも寝癖はついていなかった。

大きなあくびをする自分の間抜けな表情を鏡で見たあと、古賀は蛇口をひねって水を出す。この辺り、夏でも朝晩はかなり涼しいようで、蛇口からほとばしる流水も結構冷たく感じられた。

顔に冷水を浴びせて頭を少しずつ覚醒させていると、右手に誰かの気配がした。タオルを取るついでにその方向を見てみると、ピンクのシャツ姿の女の子がいた。山梨英和のメンバーである。

「おはようございます」

先に挨拶してきてくれたのは彼女の方だった。

「あ、おはようございます」

古賀も挨拶を返し、着替えをするために部屋に戻った。今日も一日、あのアロハのお世話になるだろう。この一夜、スペアのシャツを着てはいたが、朝にはアロハに着替えるつもりであった。今更、アロハ以外のシャツに袖を通す理由などない。

「乾いてない・・・」

「俺のもや」

 

清水が昨晩風呂場で洗った靴下は、6時間弱の睡眠時間中に乾くことなく朝を迎えていた。

「どうするの?靴下はそれだけやろ?」

3人の中で古賀だけは、砂浜で靴下を脱いでいたので汚れることもなく、従って洗うこともなかったので無事-裏を返せば、初日からずっと履き続けている-であった。

「しゃあないで、手で持っていくしかないでしょ。ま、そのうち乾くんちゃう?」

「夏だしね」

とりあえず、靴下の乾燥については、太陽と時間とに下駄を預けることとなった。

 

「今日って16日やんね?」

「ん、そやで」

「もう日付があやふやになってきてるわ」

「やろなあ。ほんとにそういうのとは無縁の生活やもんね」

 

「・・・今日で決勝までいくのかなあ?」

 

「もらった日程表やと、もう明日は予備日になってたからね」

 

「やっぱり東京ですかね?」

 

「その可能性は大きいね。でもそうと決まったわけじゃないからね」

 

「先のことは考えやんと、1つ1つがんばってこ」

 

「やね。よっしゃ、忘れ物ないね?」

「ん、ないよ」

「じゃあ行きますか」

日が変わってもそのコンパクトさは一向に変わらないカバンを持って、クイ中達は部屋を後にした。6時間弱寝ただけの部屋だったが、それでも泊まった部屋を出るときには何か寂しいものを感じる。

川善旅館前で点呼をとり、高校生クイズ一行は目と鼻の先にある-道1本をまたげばすぐ、30秒で行ける距離である-JRの小出駅の入り口前に移動。皆、とても眠そうな面持ちである。クイ中達は、てっきり電車を待っているのだと思っていたが、彼らを迎えにきたのは列車ではなくバスだった。

「またバスかよ~」

と、クイ中2号はぼやいた。話を聞くに、一度原地区に戻って記念撮影をするらしい。確かに、一晩泊まらせてもらった-ことになっている-のだから、番組としては別れの挨拶くらい撮っておきたいのだろう。クイ中達も、昨晩渡辺さんと写真を撮ることができなかったので、それについての否やはなかった。

勝ち抜けチームだけが連れて行かれ、朝焼けに染まる昨晩の祭会場であった公民館前広場へ。時刻はまだ7時頃だというのにも関わらず、もう既に、何名かの地元の方は集まっていた。しかし、まだ渡辺さんの姿はない。

「それじゃあこっちの方で撮影するから」

とのスタッフの声に、各員集合。

「あ、渡辺さん!」

クイ中達が待ち侘びていた渡辺さんもやってきて、他のチームの方も揃ったようだ。スチール撮影かと思ったらそうではなく、スタッフ曰く

「映像を撮影して、それを写真みたいに使う」

らしい。

「それじゃあみなさん、カメラの方を向いてください」

との指示に従い、築山の上にセッティングされているカメラに全員が注目する。

「それじゃ行きまーす!5秒前、4、3、」

例のごとくのカウント後、数秒。

「はい、オッケーでーす!」

なんだか実感は湧きづらいが、撮影は終了。もう移動するようだが、各チームは地元の方との別れを惜しんでいて、少し間があるようだった。今しかないということで、クイ中達は昨日撮りそびれた渡辺さんとの写真を撮るために

「渡辺さん、一緒に写真に写ってもらっていいですか?」

とお願いする。奥さん共々快くOKしてくださったので、近くにいた人を捕まえてシャッターを押してもらった。

 

「それじゃあ、頑張ってね」

 

「はい!」

 

「ありがとうございました!」

 

「お世話になりました!」

 

心からの礼を言って、クイ中達はバスに戻った。

再びバス上の人となった高校生クイズ一行。つまり、クイ中2号のテンションは下がりっぱなしである。

彼につぶれてもらうわけにはいかないので、1号は彼の横に座ってなんとか彼の気を紛らわせようとしていた。

一方3号は特にすることもなく、窓際に座って外の風景を何の気なしに眺めていた。彼の隣では、山梨英和の1人-古賀の頼りない記憶によれば、この子は確かリーダーである-が、揺りかごを大きく揺らしているかのように気持ちよく寝ていた。

古賀も可能ならば寝ておきたかったが、枕か何かに頭を預けないと眠りづらいタイプなのでそれも難しかった。

横の壁やら窓に頭をつけると、バスの振動が直接伝わってくる。2号ほどではないにせよ、彼も乗り物には強くなく、乗合バスの比較的エキサイティングな振動を頭に受けてはただでは済みそうにない。

バスの車窓ではいろいろな風景が浮かんで消えてを繰り返していたが、最も古賀の目を惹いたのは、[田中真紀子] (記録班注:当時自由民主党所属の衆議院議員。元科学技術庁長官で、故田中角栄元総理大臣の娘) と大きく書かれた後援会の看板である。・・・そう言えば、あの人の地元は新潟だったなあ。ひょんなところからも、自分達が参加している旅のスケールの大きさを知る3号だった。

バスが停まったのは、昨日高校生達が降り立った浦佐駅であった。…結局、発つのはここからなんやな。クイ中達は思った。あの原地区はこの浦佐駅から結構離れた場所にある。

気のせいなのかも知れないが、川善旅館のすぐ前にあった小出駅の方が、幾分か原地区に近かったように思われた。

わざわざ浦佐に降りたのには何か理由があるのだろうか?勝ち抜けチームが乗ったバスから十数名の高校生達が降り、早朝の-昨日の昼間もそうであったのだが-閑散とした構内へと向かった。

脱落チームはどうしたのだろうか?たぶん、見送り場面撮影の詳細辺りをスタッフに聞かされているのだろう。未覚醒の頭でそんな風に見当付けながら、クイ中達は矢野さんの先導に付いて改札をくぐった。

当然ながら新幹線のホームには進まず、前日に降り立った在来線のホームへ向かう階段を下った。冬は雪国としてその名を響かせる新潟県。夏の夜-少なくとも昨晩は-でも、クイ中達にとってはなかなか涼しいものであった。とはいえ、やはり8月である。朝の陽射しは既に鋭く、熱かった。

「もうすぐ電車が来るからねえ。朝御飯は電車の中で食べてもらうから」

と、天満さん。その言葉の通り、弁当とお茶が入っているらしき段ボール箱が階段を下りたところの横に置かれていた。電車と言えば、FIRE号。高校生たちは当然のようにそう考えていたことだろう。無論、クイ中の3人もそうであった。

「はい、電車来たから下がってねえ」

との言葉に、ふと電車がやって来る方向-日本海側、つまり北-に一同は目を向けた。銀のボディに黄緑のライン、見紛う事なき、各駅停車の在来線である。

「はい、それじゃこれに乗ってねえ」

…え?特Q!FIRE号でぶらりクイズ列車の旅、ではなかったのか?多少は困惑した一同であったが、ここまでNTVの撮影に付き合っていると[こういうことになっているのだ]という妙な悟りも開けてくるらしく、素直にその言葉に従って水上行きの列車に乗車した。

8月16日、全国大会4日目。

今日も、どんな駅に降ろされるか、そこで何が起こるのか、全くわからない旅の始まりである。昨日と変わらず陽は昇っていたが、そう見えるだけだ。昨日と同じことなんて、今日という日には何一つ、そう、何一つ起こりはしない。

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