綱の先の可能性を信じて。

2011年1月10日 § コメントする

「青チームに負傷者が出たから、赤から1人抜けてちょうだい」

との富田氏からのお達しが下った。それに従い、岐阜北の棚橋君が応援に回る。

「誰がどんな怪我したんやろ?」

「ハードやでねえ、このクイズ」

相槌を打ちながら、古賀はしゃがんでズボンをまくり上げた。そして自分の裸足姿を見て、さっきのガラス片を思い出した。ここには落ちていないだろうな?

この状況で足を切ると、いろんな意味でかなり痛そうだ。そんなことを考えて、綱を握った。前には押金、左には清水、後ろにはラブニューこと、岐阜北の武藤君だった。
本日何度目かの笛が鳴り、両チームが一気に引き始め、押金も足を思いっきり後ろに踏ん張った。その瞬間、靴底に何かを踏んだ感触があった。
パン!

 

ブザーが鳴り、皆が砂に崩れ落ちた。

「くっ!」

「大丈夫か、古賀ちゃん?」

「ん、たぶん大丈夫やと思う。気にせんといて」

「うん、ごめんな」

「うん」

 

うなずきながら、古賀は、押金の靴底に踏まれた傷を見た。不慮の事故である。血がにじんでいたが、今抜けるわけにはいかなかった。
ここは砂浜、海は目の前であり、砂には当然塩分が含まれていた。その塩分は、地味にではあるが確実な痛みを古賀の傷口に与えていた。

「オーエス!オーエス!」

引くことだけに集中できない綱引きには苦しいものがあり、

「・・・すいません!」

古賀は試合の合間を縫って、ついに手を挙げた。

「ちょっと、傷の手当てしてもいいですか?」

「怪我か?」

「はい」

「それじゃ、赤には控えの子がいたよね、その子と交代して、あっちのスタッフのところに行って」

「はい」

富田プロデューサーの指示で古賀は戦線離脱、拍手で迎えられた棚橋君と交代し、全員の荷物がまとめてあるスタッフのいるところへ行った。

「すいません、消毒液ありますか?」

そこにいたのは天満さんだった。

「ええと、ちょっと待っててね、救急箱は・・・・・・ないなあ。看護婦さんもさっきの怪我した子の方に行っちゃったからなあ。とりあえず、その傷は洗った方がいいね」

と、彼女はジュースや茶の入ったポリバケツから水の流れるホースを取り出し差し出した。

「あ、どうも」

古賀はそれを受け取り、傷に付いた砂を流した。早いうちに消毒した方が良さそうだが、これはかなりしみそうだった。ふと胸を見ると、名札が壊れているのに気が付き、近くにいたスタッフに渡す。あれだけのハードな勝負なら壊れても不思議じゃないな。そう思いながら、救急箱を探しに行った天満さんを待った。綱引きの掛け声を聞くのが、とてももどかしかった。
数問、古賀の叫びが砂浜に響かぬままで綱引きは続いた。

「もう大丈夫か?」

と、富田プロデューサーが尋ねた。

「はい」と、尋ねられた方は小さくうなずいた。

「古賀ちゃん!」

「もう大丈夫なん?」

古賀は、拳を顔の前の方で静かに握り締めた。だが、古賀がこんな状況で静かなとき、その後にはもっと大きな声が来る。

「よっしゃぁ!!絶対引き勝つぞっ!!」

「問題、音楽記号で、隣り合った同じ音程の音符をつなぐ曲線はタイ。では、音程の違う音符をつなぐ曲線は何?」

ピー!確か[スラー]だったな、そんなことを考えながら3人は綱を引き始めた!と、先頭がこちらを向いた。

「おおっと、赤チーム裏切りだー!」

「立命館が裏切ったぞっ!」

「絶対負けるなあ!」

「おっと、これは両チーム共に裏切ってるぞ!」

パンッ!

「青チーム!」

「スルー!」

ブー!

・・・とりあえず、青側から抜けることはないか。
ピー!

「また裏切った!」

相次ぐ裏切り。

この場合、裏切りは単に1チーム3人分の力がマイナスになるという問題には留まらない。

そのうえ相手方に3人分の力がプラスされ、結果的に6人分のハンデを背負うことになる。

「引け!行けるぞ!絶対に負けるな!頑張れぇ!!」

その声を聞いて、押金は小さく驚きを覚えた。

「持ちこたえろ!今だ!よっしゃ行け行け行けぇ!」

すぐ後ろの古賀が大声を張り上げていることは驚くに足らない。声はいつも大きいうえに、彼の性格上、こんな場面で黙らせるのは不可能に近い。だが、今まで清水は古賀と違って、声を荒げることは滅多になかった。喜びを表現することはあっても、たいていは、激しがちな他の2人―特に古賀―を押さえるくらい落ち着きがあった。

「よっしゃ!ボタン押せぇ!」

ここまで声を荒げる清水を見たのは、恐らく初めてだった。彼の心には、何か思うものがあったのだろう。

 

パンッ!

「赤チーム!」

・・・ブー!

「よっしゃ。・・・ところでおっしー、俺あんなかっちゃん初めて見たわ」

「おう、俺もや」

「問題、三大栄養素を答えなさい」

「ええと、まずビタミンやろ・・・」

「違うで、古賀ちゃん」

「え!?」

「脂肪、タンパク質、炭水化物やろが」

「あ、なんかそんな気もしてきたなあ。よう知ってたねえ」

「よく言うわ。去年の家庭科でやったやん」

「うそさー!」

「嘘ちゃうて聞いとってみい」

「・・・ビタミン」

「炭水化物」

「脂肪」

ブー!

 

 

自分達ならビタミンが2番目にきてたな、クイ中達はそう思った。

「デュマの長編冒険小説、[三銃士]。三人の名前を答えなさい」

「ぜんぜんわからん」

「これわかったらすごいよね」

「ええとね、前に[仮面の男]に三銃士出てたんだよなあ。なんだっけ?ダルタニアンは三銃士プラスワンのプラスワンの方やったし・・・」

台上には、沖縄尚学高校チームである。

「先鋒」「・・・ジョン」

「中堅」「・・・マイケル」

「大将」「・・・ポール」

ブー!

「うちらもさあ、全くわからんだら諦めて何か言っとこに」

「何言おか?ベッケンバウアーとか?」

「そやねえ、ぼくはシーステにしとくわ」

と清水。

「シーステ?」

「ステーシーのことやて」

「あ、なるほど。おっしーは?」

「それなら俺はイライジャやな」

「んじゃ俺はジェイコブか」

どれも、1学期終了後に川越高校を去ったALTと留学生の名である。彼らは元気にしているだろうか?

「問題、非核三原則を全て挙げよ」

「うわっ!めっちゃ欲しかったよ、この問題」

「やねえ」この問題に臨んでいたのは、ヘルメット軍団金大附属高チーム。

「つくらず!」「持たず!」「持ち込まず!」

 

・・・この沈黙の後にくるのは濁った方のブザーだと、かなりの数の人間が思っていた。その中には、クイ中達も含まれていた。・・・ティロリロン!大喜びでステージから降りる金大附属高チーム。しかし、その横では今までにないほどの怒気のこもったブーイングが上がった。

 

「絶対に間違いだ!!」

「つくらず、持たず、持ち[込ませず]でしょうが!」

大会規約に『判定は運営委員会-つまり制作者側である-が下し、いかなる抗議も認めない

とあったのを古賀は思い出したが、そんなもの彼らにとって知ったことではなかった。誤答を正解にされたらこっちはやってられない。

 

「・・・ええ、申し訳ありません。みなさんのご指摘通りでした。非核三原則は、つくらず、持たず、持ち込ませず、です。従って、先程の[持ち込まず]は誤答となります。金沢大学附属高校は列の後ろに戻っていただきます」

「すいません」

と、平身低頭で戻ってきた金大附属高チーム。彼らにかける言葉は誰にも見つからなかった。ただ、悪いのが彼らではないのは確かだった。誤った判定は絶対に下ってはならない。この場合、悪いのは製作者側だった。

「おや?赤チームは1周しましたねえ」

「・・・よし、2周目やで」

「よっしゃ、行くでぇー!」

「問題、音階を表す言葉、イロハニホヘトは日本語、ではドレミファソラシドはどこの国の言葉?」

ピー!先頭は川越高校。自信は全くなかった。しかし、裏切ってまで安全策を取るつもりはなかった。

「ラブニュー知っとるかー?!」

清水はすぐ後ろ、岐阜北の武藤君に聞いてみたが、

「わからーん!」

と返された。普通、他チームと相談するなんてありえないことであったが、中部の仲間にはそんな分け隔てはなかった。押金と古賀が考えていたのは、中部大会決勝でのダックスフントの問題だった。

あの失敗を教訓にして、こういう問題に対しての答えはだいぶ前から用意されていた。

 

パン!「赤チーム、川越高校」

「アレでいくよ。ええね?」

 

3号が問いかけると1号と2号はうなずいた、それを確認すると彼はガンマイクに口を近付けた。何語かわからず、しかも明らかに英語でもないときには・・・

 

「ドイツ語!」理由は、登山、医学、音楽などの専門用語には結構ドイツ語が多いからである。

 

・・・ブー!

「やっぱし!」

 

ドイツ語らしからぬ響きであったのは確かである。

「残念、正解はイタリア語でした」

「あ!そういや、なんか以前に聞いたような気が!」

「イタリアがきましたかぁ」

 

だが、3人の顔に後悔の色は見えなかった。3人が納得の上で出した結論だったのだから。

「よっしゃぁ!3周目行くぞっ!」

「絶対にもう一度先頭に行くでなぁ!」

「問題、Jリーグで通算100ゴールを達成しているのは三浦和良ともう1人は誰?」

ピー!

「オーエス!オーエス!」

「おおっと!赤チーム裏切りだ!あ!青も裏切った!」

「なんでやー!」

「思いっきりゴン中山やないかー!」

「絶対負けるなー!」

パン!

「青チーム、山梨英和」

かなりこちらの方が引っ張り込んでいるようなのに、全然ブザーが鳴らない。

「縄の長さおかしいんとちゃう?」

そんな言葉も口をつく。

「ていうか、めっちゃ地元だし」

と、磐田南高校。

「そうやったなあ。答えたかったやろ?」

「そうだねえ」

山梨英和、女子チームだけに、サッカーには疎かったのだろうか?

「・・・中山」ティロリロン!

「キャー!」

どうやら半ば勘だったようだ。

「当ててびっくり山梨英和です。さあ、それではステージに上がってください」

「問題、ピアノ三重奏に使われる楽器3つを答えなさい」

「これは結構なものやねえ」

「古賀ちゃんわかる?」

「ピアノは当然やろ?あとはバイオリンだったかな?もう1つがわからんのさ」

「過去問に出たような気はするんやけどなぁ」

「なんかあの子ら知ってそうな雰囲気やけどねえ」

山梨英和、背中を見ると、順序は違うがWeLove朗の字があるチームである。

「ピアノ」

当たっている。

「バイオリン」

その次が問題だ。3つ目はなんだったか?

管楽器ではなかったと思うが・・・

 

「・・・チェロ」そうだ!チェロだ!―クイ中の記憶が蘇った。

 

・・・ティロリロリロン!「キャー!!」

 

砂浜の高校生達は大喜びの女の子達を見送った。「・・・さすが、チェロまで全部当てるとはねえ」

「ええ、ここでみなさんの健康状態を考えまして、一旦休憩を入れたいと思います」

 

との羽鳥アナの言葉に、クイ中達は自らの耳を疑った。

「マジで?休憩できるの?」

「意外やなあ。サバイバルって言うから、休憩なんて言葉も忘れてるかと思ったのに」

「なんか気味が悪いなあ」

 

NTVも相当信用を失っている。


来たときにはどちらかと言うと海の方に近かった太陽が、今は頭上近くにまで昇っていた。このサバイバルクイズは、あのNTVが休憩を入れるくらいの長丁場に突入していた。

次に来るであろうチャンスを逃せば、ここを勝ち抜けることは絶望的である。それどころか、そのチャンスすらやってくる保証はない。クイ中達に出来るのは、綱の先にある可能性を信じて引き続けることだけだった。

たとえ、それが他チームのチャンスになるのだとしても。

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