右か左か、降りるか乗り続けるか。
2011年1月10日 § コメントする
『問題、和食で焼魚などの魚料理が皿の上に正しい置き方で置かれるとき、頭は右側?左側?どっち?』
「左」
清水が答えた。
「うちの母さん高校が家政科やったで、結構そういうの気にしていつもしてるから」
「それじゃ左や」
二者択一、どっちどっちクイズは再び始まっていた。
『問題、切手の[見返り美人]、振り返っているのは右側?左側?どっち?』
「左!」
「そやね」
「うん、左や」
『問題、七福神の恵比寿様、鯛を抱えているのは右手?左手?どっち?』
「ええと・・・」
「左!」
「そうや、左や!」
『問題、キティちゃんのリボン、ついているのは右の耳?左の耳?どっち?』
「・・・どっちやった?」
すしあざらし、キティちゃん。
この手のキャラクターものには、クイ中達よりも他のクイ研メンバーの方が詳しい。
「やったぞー、これ前にやったぞー」
と、清水はうなる。喉の付け根くらいまできてはいるのだが、なかなか出てこない。
「よし!左や!」
「大丈夫?」
「おう!」
『問題、鬼門と呼ばれる方角、北を向いて右側?左側?どっち』
「ええと、鬼門の方角は・・・」
「国語の総覧で調べようか?」
「いや、ええと、北東は北を向いて右だ!」
「大丈夫?」
「大丈夫!」
『問題、通称越後富士と呼ばれる山は右にある?左にある?どっち?』
もう、この手の地元人にしかわからんような問題は勘弁してくれ。クイ中達の心の叫びだった。
もみーさんじゃあるまいし、自分達はそんなのがわかるほど山岳愛好者じゃあない。
「わからん!なんか富士っぽいで左や!」
「おう!」
『問題、上杉謙信の居城春日山城があったのは進行方向右?左?どっち?』
右には山が、左には平野が広がっていた。
「戦国時代なら、平野に城は造らんよ。山があるのは右方向やで右やと思う」
「それでいい?」
「おう」
『みなさん、右側の田んぼをご覧下さい!』
脇野田駅にて停車したFIRE号。車窓の向こうには、それぞれ赤と青のラインで区切られた田んぼがあった。
『問題、1俵分のお米が収穫できるのは右の田んぼ?左の田んぼ?どっち?』
「んなもんわかるわけないやん!」
文句を言いつつも、田んぼをよく見てみる。左の方が狭い。
「どう思う?」
「右は広すぎるのとちゃうん?」
「そやねえ。でも1俵分の米ってどんなもんの量かあらためて見たことはないけど、けっこうあるんじゃないかなあ」
「・・・右かな?」
「・・・そやね」
そこでも下車することはなく、FIRE号は北へと進む。このまま進めば、行き着く先は日本海だろうか・・・。
問題は終了。ようやく高校生達に、身支度をする時間が与えられる。古賀も先客が終わるのを、洗面所のカーテン越しに待っていた。と、カメラが現れ、カーテンを少し開き、洗顔中の女の子を映し始めた。
古賀は、ライトで気付くだろう、と思っていたが、洗顔に集中しているらしくなかなか気付かない。「あっ!」その子が気付いたのは、洗顔終了後のことだった。
歯を磨き、「どうぞ」と言って彼女は席に戻っていった。そして古賀は考えた。
カメラの前、自分は何をすべきなのだろう?カメラスタッフは、どうやら自分も映す気らしい。
この場合、気にしない振りをするのは逆にわざとらしい―何せ、もう撮影風景を見学しているのである―ので、彼は思いっきりカメラを意識することにした。
「これ、ライオンのヤツですよね?」
「そうだよ、スポンサーさんの提供だよ」
よし。古賀は、手にしていた歯磨き粉の商品名を確認した。PCクリニカ・・・。
「プラークコントロール、頑張ってます!」
カメラを前に、古賀が出した結論はその言葉だった。恐らく放送されることはないだろうな。放送されても困る。それは、席に戻りながら古賀が出したもう1つの結論だった。
「海っていつ頃見えるんかなあ?」
「どうやろ?もう少しやと思うけどなあ」
しかし、海を見るより先にFIRE号は停車した。
『ここでの脱落チームを発表します!』
「くそっ!ついに来たか!」
「頼む、呼ばんでくれ!」
「来るなよ!」
まだ早い時間だった。今FIRE号を降りれば、それはこのクイズ列車の旅が終わること、つまり敗者を意味する。まだまだ問題を解きたい!そうクイ中達は願っていた。
『・・・鳥取県、米子東高校!・・・この1校です!』
「よしっ!」
いつものガッツポーズが決まる。
「でも、抜けるのは米子東か」
「思ったよりも早いよな」
「・・・名門が常に強いとは限らんてことでしょ」
「そっかあ、残念やね」
得心した3人が駅舎の方を見ると、こちらに向かって手を振る女性スタッフがいた。
「あっ山名さん、ここで降りるんや」
「米子東についてくんやな」
「そうみたいやね・・・」
TV的には置き去りだが、脱落チームにも引率がついてきちんと東京まで送り届けられる。
ライバルとの別れは、お世話になった人々との別れでもあるのだ。戦友への敬意と恩人への感謝を込めて、3人は力の限り手を振った。
直江津駅。路線表で見る限り、ここは交通の要所である。クイ中達は番組がこの駅で何か仕掛けてくると予想していた。停車したからには、何かあっても不思議ではない。
「あぁ、あの売店で買い物してーなー」
「ここって何かおいしい駅弁売ってるんかねえ?」
物欲しそうに外を眺める押金に古賀は尋ねた。
「どうやろ?でもジュースくらいは売ってるやろ」
「あぁ、ジュースかぁ」
古賀は、押金が敢行しようとしていた夜の脱走計画を知らない。
「[頑張れ高校球児]やって。クイズは応援してくれやんのかなあ?」
清水はホームの立て看板を見てつぶやいた。そういえば今年の高校野球はまったく見てない。
「にしても何も仕掛けてこやんねえ」
「大きい駅では仕掛けてこやんのかもしれんね」
「なるほど・・・」
そのとき窓越しにベルの音が聞こえ、FIRE号は走り出した。やはり、駅の規模はあまり関係ないのだろうか?針路は東である。
直江津を発って数十分、FIRE号はまた停車。ダイヤ待ちは先程終え、どっちどっちクイズの脱落チームも既に発表された。
「いよいよ全員下車か・・・」
[犀潟]と刻まれた立て札が見えた。乗客の高校生達は昨日の日野春駅のようなセットが近くに組まれていないか、車窓の向こうを見回した。
『ここでの脱落チームを発表します!』
「はあ!?」
「さっきの駅で終わったんとちゃうの?」
嘆きにも近い声。
『それでは発表します』
クイ中達は手を組んで、祈った。
『・・・大分県、中津北高校!』
「っしゃーっ!」
「おしっ!」
今までの選択、右か左か、どちらが正しくどちらがが誤っていたのかを知る術はない。
だが、選択はこの列車に乗り続ける結果につながった。朝が常識外れに早かったせいか、太陽の位置はまだまだ低い。長い一日になりそうだ、と誰もが思った。但し、このまま残り続けることが出来ればの話である。