失意を知る者、知らぬ者、笑う者
2011年1月10日 § コメントする
海が見えたかと思えば視界から消え、また現れてまた消える。そんな繰り返しで新潟の日本海沿いを行く特Q!FIRE号。今度は何の用事だか、柿崎駅で停車。やはり周りには何も設営されていない。
『しばらくここで停車いたします。新鮮な空気を吸いたい人は、外に出ても構いませんよ』
・・・新鮮な空気。全員の脳裏に昨日の四方津駅での出来事が浮かんだのは想像に難くない。
しかし、
「何か大丈夫そうやね」
「かっちゃんどうする?」
「僕は中におるわ」
「おっしーどこいったん?」
「トイレっちゃう?」
「ん、それじゃちょっと外に出てみるわ」
「あ、前の方は来ないで」
「あ、すいません・・・」
そういえば、この豪華列車と一緒に写真に写ってなかった、と思った古賀は、押金に撮影を頼んだ。
車両前方部は演出の遠藤氏に禁止されてしまったので、後方に向かう。
「よしっ!激写すんで!!」
「激写はあかん。フィルムには限りがあるんやでな」
「えぇー、そんなんつまらん」
古賀は昨日押金に撮影を頼んだとき、4枚分もフィルムを使われていた。ただ、押金に言わせればその4枚は「全部アングルが違う!」らしい。
「それじゃ、このFIRE号と一緒のやつと、あの高校生クイズのロゴと一緒のやつ、合わせて2枚でどう?」
古賀が妥協案を示した。
「しゃーないなー、全くー」
と、押金は古賀からカメラを受け取った。
「この膝の曲げ具合がええやろ?」
「おっしー、そこまでこだわるん?」
「あほーっ!あたりまえやろ!激写するんやで!!」
[激写]カメラマンは、普通のそれと撮影の姿勢から違うらしい。パシャッ、パシャッ。
「ん、ありがとう。なんか向こうのホームに自販機あるらしいんやけど」
古賀は、押金がよからぬ気を起こす前にカメラを受け取って言った。
「マジで?いこいこ!」
「[Dakara]お願いしまーす!」
「僕もお願いしまーす」
自販機はホームと言うより、駅舎の外にあった。高校生達は駅舎の外に出るわけにもいかず、スタッフの人に頼んで買ってもらうことにした。と、駅の方へと自転車でおじさんがやってきた。
「新潟チームのリーダーの父親です」
とのこと。そう言えばここは新潟だった、と思い出した2人は、ジュースを持って反対側に戻ろうと階段に向かった。
そのとき、とあるチームがジュースの1.5Lペットボトル数本と、結構な量のお菓子を持ってやってきた。名札を見ると、新潟チームだった。
「どうしたの、それ?」
「ちょっと里帰りしてね、差し入れもらってきた」
質問にそう答え、柏崎高校は2人にペットボトル1本と、ケーキらしきものが入ったパックを2つほどを差し出した。
「え?」
「もらって。たくさんあるから」
「ほんとに!?めっちゃうれしいわ。ありがとう!」
2人は礼を言ってFIRE号に戻った。
「どうしたん、それ?」
清水は、いきなり届いた大物に驚いた。ジュースを買いに行くとは聞いていたが、ペットボトルとは聞いていなかった。
「新潟チームが里帰りしたらしくってね、もらってきた差し入れをお裾分けしてもらっちゃったんやわ」
「新潟の人達、ここが地元らしいねえ」
この停車の理由の1つであろうものが判明した。しかし、3人で頂くわけにはいかないだろう。
「みんな飲むやんね?」
清水は後ろの岐阜北、磐田南にも声をかけた。
「どうしたの、それ?」
「なんかねえ、新潟からのお裾分けらしい」
「ほんとに?新潟に感謝だねえ」
「ほんまやねえ。ところでコップどうする?」
「洗面所に水飲み用の簡易紙コップがあったやろ?」
「持ってくるわ」
「そのパックは?」
「バナナクレープ」
「それはどうしよう?」
「あ、割り箸持ってるよ」
と、磐田南チームが割り箸を取り出した。
「さすが!」
紙コップもやってきて、ペットボトルのふたが開けられたが、自分達だけで盛り上がるのはどうかと思い、後ろにも声をかけてみる。
「ジュースいりますか?」
「どうしたの、それ?」
「新潟からの差し入れです」
「欲しい!」
と言うことで、ペットボトルとバナナクレープが車内をまわった。
「バナナなんて久しぶりだねえ」
「ほんまやなあ」
「新潟最高!」
久しぶりに果物を口にして宴もたけなわの頃、列車は柿崎を後にした。しばし海沿いを行くFIRE号。ジュースは一回りし、中部勢の方に戻ってきた。ちびちびやりながら、新潟に感動する。
「新潟に足向けて寝れやんね」
「ほんまやね」
そのとき、フリップが配布された。再び始まる・・・。
『みなさん、そろそろ出てきますからよーく見ていて下さい』
全員が窓の外を注視したが、まだトンネルの中だった。
『問題、国土地理院で灯台の地図記号として定められているのは右?左?どっち?』
トンネルを抜けたが、見えたのは海だけだった。と、スタッフが昨日の防火標語のときと同じようにボードを持って現れた。右側は歯車のような、左側は太陽の真ん中に点を入れたようなデザインだった。
右は工場の記号、正解は左。3人はそう思った。しかし、手元に清水の地図帳があるのだから、それで確認するに越したことはない。
『あ、大漁旗に描かれているあれがそうですねえ』
見ると、波に揺られた漁船の上に、風で煽られた大漁旗があった。そして漁船は2隻、旗も2本あった。とりあえず、3人は地図帳へと目を戻す。あった。
「左やね?」
「間違いないでしょ」
「うん」
「それじゃ回収します」
「え?」
ほぼ全員が次の問題を予想していた矢先、フリップは回収された。
「たった1問?」
当惑を隠せない乗客達。その脇を、富田プロデューサーが通り過ぎた。
「次は一気に降ろすぞー」
との言葉を、意味ありげな笑顔と共に残して。
一気に降ろすのならば、自分達はもう終わりだろう。清水はそう考えていた。実力から言えば、ここらへんが関の山。悔いはない。運で来たのなら、ここらへんがもう潮時だ。
「はあ、ここで終わりか」
押金も寂しそうだった。まあ、ここらへんならキリもいいところだろう。
だが、「残りたいな」誰ともなく、そうつぶやいた。
『次の駅で、自分のチーム名の書かれた札が立っていたら、そのチームは降りて頂きます』
その言葉は、今までのどの言葉よりも彼らを落ち込ませた。しかし、残りたかった。この列車から乗り換えて、東京に直行。その車内で、どんな言葉を互いに掛け合えばいいのか?
今まで出来るだけ封じ込めていた悲観的な考えが脳裏をよぎり始めた。
列車のスピードが緩まってきた。祈っても祈り足りないくらいだったが、それでも祈った。
だが、既に判定は下っていた。白地に黒でチーム名の書かれた札が通り過ぎていく。
千葉の船橋、山梨英和、磐田南、岐阜北。・・・それに続いて、川越高校の札も立っていた。
「・・・くそっ!」
「やっぱりか・・・」
降りろと言われれば、降りるしかなかった。3人は忘れ物に気をつけて、FIRE号を降りた。岐阜北に磐田南、みんな一緒なら悪くないな・・・。だがそれも、自分を強引に納得させようとする言葉でしかなかった・・・。
「あれ?降ろしすぎたかな?」
富田プロデューサーはそう言ったような気がした。前方車両のチームもかなり降ろされていた。みんな共倒れならしょうがない。そう考えれば楽だった。これなら言い訳も立つだろう。
ふと、前方の方から歓声があがった。誰ともなく、「降りたチームが勝者」と言った。
「…え?マジで!?」
「ィヨッシャーッ!!」
「オッシャーッッ!!」
「ウオー!」
「キャーッ!」
JR鯨波駅、失意の後だけに、喜びの叫びはいつも以上だった。後ろを見ると、先ほどとぼけていた富田プロデューサーの顔に、満面の笑みが浮かんでいた。高校生をだますことを楽しんでいるに違いない。このオッサン、この仕事絶対好きでしょうがないのだろう。さぞかしいい画が撮れただろうに。彼を見た誰もがそう思った。
「あのさあ・・・」
「ん?どうした、古賀ちゃん?」
「これってもともと、降りた人が勝ち抜けって決まってたんじゃないの?」
「え!?今まで『終わった~』とか全然考えてなかったの?」
「何かみんなの顔から喜びが感じられないなあとは思ってたけどねえ。ここで降りた人は負けってことになってたん?」
古賀は、いつも何かがワンテンポ遅い。
知った者、知らなかった者、笑った者、いろいろいたが、失意は喜びに変わった。だが、降りたということは、今度こそ何かが仕掛けられてくるということを示している。それを考えると、喜びもあまり続かない。